☆9月2日★ その4
「考えてみたら、マジックハウス程出オチなアトラクションも無いよな」
「そうよね、マジックハウスなのに、マジックのタネは最初から分かってるんだから」
雅人と里美が、手にしたソフトクリームを舐めながら楽しそうにそんな事を言い合っていた。
ついさっき乗っていたマジックハウスを思い出す。
最初に部屋が振り子のように動いたかと思ったら、すぐに自分達を取り囲んでいた壁がグルグルと回り始める。自分達が部屋を回っているように錯覚させたいのだろうけれど、あまりにも古典的な作りの為、申し訳無いが少しもそんな感じはしなかった。
寧ろ僕は、自分が何かの実験に送り込まれた被験者のような気持ちになった。
グルグルと回転する部屋によって、その部屋に入り込んだ双子は、出てくる時には一人になっているのだ。
本当の意味で二人は一つになったのだ。
これでもう、哀しい歴史を繰り返す必要は無いのだ。
外へ出ると、白衣を着た誰かが声高にそう叫び声をあげてくれる。
僕は雅人の中に入り込み、雅人と共に、これからも生き続けられる。
それは、とてもとても甘美で、危険な妄想。あまりにも蟲惑的で、とり憑かれてしまいそうになる、醜悪な妄想。
だけどそんな僕の妄想は、やっぱり単なる妄想でしかなくて、マジックハウスの外は確かに遊園地で、僕の隣には、やっぱり大したこと無かったなと欠伸をする雅人がいる。
至極当たり前の話だけど……。
ソフトクリームを食べ終わった所で、僕達はお弁当を広げる事にした。
母さんが作ってくれたお弁当には、玉子焼き、キュウリの漬物、ウインナー炒め、一口ハンバーグ、それにスパゲティとアスパラのベーコン巻が入っていた。
由香里達のバスケットには、ぎっしりとサンドイッチが詰まっている。
「これ、あたし達が作ったんだよ」
里美が得意気に笑う。
テーブルの上に広がったお弁当を、みんなで好き勝手に摘む。
こんな事でも無いと、おにぎりとサンドイッチを同時に食べる事なんて無いだろう。
「これ美味いぞ!」
雅人がサンドイッチを頬張りながら、そんな称賛の声を上げる。
微かに由香里の頬が染まるのを見て、今雅人が食べている玉子サンドは、由香里が作ったものなのかもしれないと推測した。
『由香里ね、雅人の事が好きなんだってさ』
里美の言葉をぼんやりと思い出した。
雅人は雅人で、そんな由香里の様子には露ほども気づかずに、母さんが用意してくれたおかずを頬張っている。そこに更にサンドイッチを頬張り、ついにはおにぎりまでも含み始めた。恐らく今雅人の口の中は、大変な事になっているだろう。
僕もハムとレタスのサンドイッチを口に含んだ。
マヨネーズがしっかり含まれたそれは、とても美味しかった。
「美味しい」
里美から、でしょーと言う大袈裟な声が返ってくる。
お返しと言う訳ではないが、おにぎりもどうぞと二人に促した。
中身は何? と聞かれたので、鮭だと返す。母さんは、おにぎりに鮭しか入れない。
二人の口には少し大きいおにぎりの評判はすこぶる良かった。後で母さんに報告しておこう。
粗方食べ終わった所で、雅人と里美が連れだってジュースを買いに行ってくれた。
「今日の里美は、いつにも増して元気だね」
後片付けをしながらそう由香里に告げると、彼女は嬉しそうに笑った。
「里美、昨夜からすっごい楽しみにしてたから」
「そうなんだ」
「うん、どこ行くにしても、お弁当は作らなきゃって、昨日家に帰ってから急いで買い物に行ってさ。里美凄い頑張ってたのよ」
楽しそうにそう笑っていた由香里の手が、ふと止まった。
一つ息を吐き出したかと思うと、浮かせていた腰を椅子に落ち着け、トーンの落ちた声を漏らした。
「雅人君、里美と仲良いよね」
「そうだね、クラスも同じだし」
「雅人君、里美の事好きなのかな?」
「え?」
由香里の突然の問いかけに、僕は答える事が出来なかった。
由香里は、雅人の事が好き。
これは前に里美から聞かされた事だ。だけど、雅人が誰かに好意を寄せているかどうかなんて、正直考えた事も無かった。
「叶人君、何か聞いてる?」
「いや、僕は、そういう話しは何にも……」
「そう、そうよね……」
由香里が残念そうに呟く。
雅人は僕とは違い、活発な男の子だ。
元気に友達と遊びまわっている方がいいだろうし、女の子事をそこまで深く考えているようには思えない。
そこは寧ろ、僕と同じと言っていいかもしれない。
僕も女の子に対して、恋とか愛とかと言う、そう言う難しい気持ちはまだ分からない。好きだと言ってもらえば、悪い気はしないのかもしれないけれど、それよりは友達と遊んでいる方が楽しい。
「どうなんだろう。里美は雅人にとって、男友達みたいなものなんじゃないかな?」
「男友達かぁ……」
由香里は、納得をしていないと言う顔を暫く作っていたけれど、不意に後片付けを再開しながら、クスリと笑った。
「里美はね、男の子みたいなところもあるけど、本当はすっごい可愛いんだよ。だから、里美が相手だったら、きっと、私は敵わないんだろうなって、思っちゃうんだ……」
目を細めながら続ける。
「私はいつも、里美の一番近くにいるから、よく分かるの。里美はきっと大人になったら、私なんかよりももっともっと可愛らしく、素敵になると思う。他の人は、里美の活発だったり、元気だったり、そういう男の子みたいな所に目が行くんだろうけど、私は里美の、可愛らしいところも一杯知ってる。将来、私以外にその可愛さを知ることになる男の人が現れるのが、とっても楽しみだし、ちょっぴり、寂しくもある、かな……」
細くなっていた由香里の目が、ゆっくりと閉じていった。
「だって、その時には、私はもう……」
「由香里!」
僕は彼女の言葉を堰き止める為に呼びかけた。
彼女の目の端に光るものが見えたのもあるけれど、それよりも、その先の言葉を聞くのが、僕自身怖かったと言うのが、一番の理由だろう。
「……ごめんなさい、私……」
「ねぇ、由香里。今日はさ、暗い考えは全部捨ててさ、思いっきり楽しもうよ、ね?」
自分に言い聞かせるように、そんな言葉を投げかけると、彼女は小さく首を縦に振り、目元を拭ってから微笑んだ。
「でも、今日は私、もう思いっきり楽しんじゃってるよ?」
「ああ、それは見てたら分かるよ」
そうやって二人で笑い合った所で、売店の方から手ぶらの里美と、両手で缶ジュースを4つ持っている雅人の姿を見つけた。
雅人と里美は、わいわい騒ぎながら近づいてくる。確かにその様子は、知らずに見たら羨ましくなる程、仲睦まじく映っていた。
恐らく由香里は、里美に少しだけ、嫉妬をしてしまったのだろう。
そして、大好きな里美に嫉妬をしてしまった自分を、許せないでいるのだろう。
由香里は、きっと、里美が自分に近い存在だと言う事を、頭でも心でも、しっかりと理解している。
だからこそ、雅人と仲良く言葉を交わす里美が、自分と同じように雅人に好意を抱くのではないかと、怯えているのかもしれない。
それは、鏡に向かって唾を吐きつけるような、愚かな行為。
自分も同時に激しく傷ついてしまう、哀しい行為。
雅人以上に、由香里は里美の事が大好きなのだろう。だからこそ、そんな自分の感情が、許せないのかもしれない。
「お待たせ~」
手ぶらの里美が、一足先に到着する。
少し遅れて雅人がやってきて、テーブルの上にジュースを並べた。
「また里美に負けちまったよ。あぁ、手が冷てぇ」
ぶぅぶぅと手を振りながら雅人が文句を言う。
「それじゃ、雅人の苦労の証を頂きますか」
そう言って里美は目の前のジュースに手を伸ばした。
「ありがたく飲めよ~」
雅人もジュースを取ったのを見計らい、僕と由香里もそれに倣った。
一口飲んだところで、時計を見た。
時間は2時を少し過ぎた辺り。
「これからどうするの?」
朝からフルパワーで回ったせいか、アトラクションは粗方制覇し終わってしまった。
僕の問いかけに、由香里が答える。
「観覧車は?」
「だ~め、観覧車は最後のシメに乗るの」
由香里の案が、さも当然のように言う里美に却下された所で、雅人がポケットから一枚の紙片を取り出した。
「じゃーん!」
大仰に言いながら、テーブルの上に広げる。
見るとそれは、この遊園地のイベント紹介のチラシだった。
今日の日付の所に『大道戦隊ジャグレンジャー ヒーローショー』と書いてある。
「3時からこれ行こうぜ!」
その隻眼をワクワク色で一杯に染めながら、雅人はこちらをぐるりと見渡して、にやりと笑った。
「雅人、あんたこういうのあるならもっと早く言いなさいよ」
「さっき知ったんだから仕方ないだろ? 行くだろ?」
「これは、行かない訳にはいかないわね」
里美が予期していなかったサプライズに、嬉々とした笑みを浮かべる。
「だけど、3時からならまだちょっと早いよね」
「じゃあさ!」
僕の声に、由香里の声が重なる。
「ショーの前に、もう一回だけ、ジェットコースター乗らない?」
由香里のアクティブな発言に、僕達3人は同時に吹き出した。
「え? どうして笑うの?」
里美が由香里を後ろから抱きしめながら言う。
「何でもないよ。じゃあ、ジェットコースター行こうか」
まるで小さな子をあやすような里美と、笑みを隠そうとしない僕達を見て由香里は、え~、何~? と言いながら、困った表情を浮かべていた。




