☆9月2日★ その3
メリーゴーラウンドは比較的空いていた。
幼い子共達を連れた家族に紛れて列に並ぶ。10分程した所で、早々に順番が回ってきた。
「うっし、じゃあ覚悟決めて乗るか!」
「そんな危ないもんじゃないでしょう」
雅人の意気込みに、里美から当然のツッコミが入る。
各々好きな馬を選んでいる時に、雅人は、里美に似ているから、と言う理由で黒い馬に決めた。
「どういう事? 酷くない?」
里美の抗議の声が、ジリリリリと言うけたたましい開始ベルにかき消される。
僕も慌てて、雅人の後ろの白い馬へと跨った。
回転木馬はゆっくりと動き始め、徐々にスピードを上げていく。
周りの景色が動き、徐々にグラデーションとなって溶けていく。
「雅人君達~、こっち向いて~」
由香里の声に従い、彼女を見るべく後ろを振り向くと、カメラのファインダーが僕達を捉えていた。
「は~い、チーズ」
いつに無く浮かれた由香里の声が、僕の手に慣れないピースサインを作らせる。
シャッターが切られた直後、運転中は座っていて下さい、と言うアナウンスが響いた。途端に後ろから、ハーイと言う声が聞こえる。
目線を前に戻すと、どうやら僕の前に座っていた雅人は、由香里の写真に写る為に馬の上に立ちあがっていたようだ。
スタッフの人には悪いが、現像された写真が楽しみだ。
「じゃあ、次はジェットコースターだな」
「いいわよ、じゃんじゃん行きましょう!」
メリーゴーラウンドを満喫して気分がいいのか、里美はそのままグングン一人で行ってしまった。
追いかけるようにして走ると、ジェットコースターの乗り場にはすぐに到着した。
入り口で身長を計られる。
115センチに満たなければ乗ることは出来なかったが、幸い全員が突破した。
だけど、列に並ぶ由香里の顔は若干曇っている。
「由香里、ジェットコースター苦手なの?」
小声で尋ねる。
「初めて乗るから、良くわからないんだけど、あんまり得意じゃない気がする」
そう小声で返してきた由香里は、上空から聞こえて来た悲鳴に対して身震いをした。
気持ちは分かる。
僕も前に一度、小さいのに乗った事はあるのだけど、あまり得意とは言えない。
里美と雅人は嬉々としてレールの上を走るコースターを見つめていた。その目のキラキラを見れば、由香里も乗るのを止めようとは言いだせないだろう。
幸か不幸か、僕達はコースターの1番前と2番目に座らされた。
深く腰掛け、安全バーを下ろす。
僕の隣には、由香里が座っていた。若干青い顔をしている。
「由香里、大丈夫?」
そう声を掛けると、由香里は僕の手をぎゅっと握ってきた。その手はじっとりと汗ばみ、微かに震えている。
少ししてから、コースターがゆっくりと動き出し、徐々にレールの上を登って行く。
空が近くなるにつれて、視界はクリアになっていく。
ふと横を見ると、小さくなった街並みと、太陽に照らされた海がキラキラと輝いて、とても綺麗だった。
反対側には、深呼吸をしている由香里の姿。余裕の無いその姿を可愛いと思ってしまうのは、彼女に悪いだろうか?
「来た来た来た来た」
前方で、雅人が嬉しそうに声を出した。
目の前にあった白いレールが、姿を消し去る。
本当に少しだけ、僕の膝も笑い始めた。だけど、怯えている由香里の横でそれを露わにすることはしない。
僕だって、一応男だ。
次の瞬間、猛スピードでコースターはレールを落下し出した。
襲ってくる暴力的な風圧とスピードとが、僕の頭から思考を吹き飛ばしていく。
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
隣から、由香里の断末魔とも思える叫び声が聞こえて来た。
ああ、由香里、こんな声出せるんだな……。
不謹慎にも、そんな事を思ってしまった。
「すっごいよかったね! 後でもう一回乗らない?」
「ええ?」
乗り終わった後に、恍惚とした表情でそう呟いた由香里に、僕は心底驚いた。
「由香里、怖がってなかった?」
「うん、すっごい怖かった」
嬉しそうにそう言って来る由香里の瞳が、キラキラと僕を見つめる。
「とりあえず、今日は一通り制覇したいから、後で時間があったらでいい?」
里美の提案に、由香里は肯く。
僕はそこで、こっそりと里美に耳打ちをした。
「由香里、乗る前はすっごい怖がってたのに……」
「ああ、そう言うもんだよ。私も最初はすっごいビビっちゃったけど、一回乗ったらはまっちゃってさ」
「どうして?」
「怖いのがいいのよ。女ってそういうもんだよ」
里美がクスクス笑いながら、意味ありげに呟く。
いつもはあっけらかんと笑う事の方が多い里美が、そんな風にクスクスと笑う姿を見て、改めて由香里の双子なんだと実感する。
その後僕達は里美を先頭にして、沢山のアトラクションを回って行った。
コーヒーカップ、フリーフォール、大迷路、ミラーハウス、バイキング、お化け屋敷、ゴーカート……。
里美は今日一日で全部のアトラクションを巡る気らしく、雅人でさえ彼女に引っ張られる形になりながら、とにかく目についたアトラクションに片っぱしから乗りまくった。
テンションの高い里美と、元気一杯な雅人、いつになく大はしゃぎな由香里を眺めながら、ふと思ってしまった。
こうやって楽しく遊ぶのも、今日で最後だからな……。
思い返し、自分の頭をコツンと叩く。
今日はそういう事を考えずに、精一杯楽しむと決めたはずだ。
だけど、どれだけ振り払ったとしても、ふとした思考の隙間に、闇が忍びこんでくる。
頬を両手で叩く。
否定的な思考と言うのは、どうしてこうも連帯感が強いのだろう。一つ浮かび上がってくると、まるでホラー映画のゾンビのように、次から次へと押し寄せてくる。
「おぉい叶人! こっちこっち!」
いつの間にか距離が開いてしまっていた雅人が、遠くから僕を呼んだ。
暗い考えを置き去りにして、皆の元へ駆け寄る。
行きついた先は、奇妙な造形の建物の前。
例えて言うなら、そう、まるで失敗したお菓子ばかりを集めて作った家のようだ。
「これ何だ?」
雅人が家を見渡しながら、不思議そうな声を出す。
僕は建物の横に立っていた看板を読み上げた。
「マジックハウス、だってさ」
「マジックハウス、ってどんなのだったっけ?」
僕の声に里美が反応する。
「あの、部屋が回る家の事じゃないかな?」
由香里の発言に、里美と雅人が同時に、あぁ、と声を出した。
「これも入るの?」
「勿論、じゃ、どんどん行きましょう」
里美がずんずんと中に進んで行くのを、皆で追いかける。
そう、マジックハウスだからって、悪い魔法使いがいるわけじゃないんだから……。
不意にそんな事を思った自分自身に、ふと笑いが込み上げて来た。




