第七話 舞踏会の招待
その春、アンリオンは十八歳、ローズは十六歳になった。
庭でバラの手入れをしていたアンリオンに、ピンクのドレスを着たローズが息を切らして駆け寄ってきた。
「アンリオン、大変よ」
「どうしました?」
「来月、王宮の舞踏会に招待されたの! 私、舞踏会に行くなんて、初めてよ。私が年ごろになったから、お父さまが手配してくださったのだわ」
「それはすばらしいことですね」
アンリオンは笑顔で答えたが、心の中では複雑な思いが渦巻いていた。
ローズが社交界に出れば、多くの貴族の青年たちと出会うだろう。
そして、いつかは誰かと結婚する。それは、わかっていたことだ。でも、その日がこんなに早く来るとは、思っていなかった。
「舞踏会には貴公子がたくさん来るのよ。ちゃんと踊れるかしら。私、田舎育ちだから、都会のマナーがちゃんとできるかしら。間違えて、みんなから、笑われたりしないかしら」
ローズが不安な眼をして、アンリオンを見つめた。
「ギャリュビョ」
「ははは。大丈夫ですよ。誰も笑ったりなんかするはずがないですよ。ローズは賢いし、美しいから、貴公子の誰もが振り向きますよ」
幼い頃のお転婆な少女は、優雅な令嬢へと成長していた。
金色の髪は絹のように輝き、青い瞳は宝石のよう。その姿を見ると、アンリオンの胸は、甘く、そして苦しく締め付けられた。
「アンリオンも一緒に来てくれる?」
「僕がですか」
「そうよ。ひとりでは不安だわ。ギャリュビョ」
「わかりました。伯爵から許可が出たら、僕は従者として、お供させていただきます」
「うれしい。それなら安心だわ」
ローズは嬉しそうに笑った。
「ねぇ、来週から、ダンスと礼儀の先生に来てもらうのだけれど、私のパートナーになって、一緒に習ってくれる?」
「ダンスですか。僕は、そういうのは苦手で」
「ギャリュビョ」
「またですか。連発しすぎますよ」
「だって、助けてほしいのだから、仕方がないわ」
実は、アンリオンは「喜んで」と言いたかった。
一緒にダンスを踊れるのはうれしかったけれど、同時に寂しさがこみ上げてきた。ダンスを練習するということは、その先に、誰か別の人と踊るためのダンスを練習するということだから。
それから先生が来るたびに、ふたりは広間でダンスの練習をした。
先生は厳しい老婦人で、足の角度から手の位置まで、細かく指導した。ローズは最初のうちはすぐに笑い出してしまい、なかなか真剣にできなかった。
「ローズさま、もう少し真剣に」
「だって、アンリオンの顔がおかしいんだもの」
「どこがおかしいのですか、僕の顔は」
「真剣すぎて、おかしいの」
こらこらと先生が咳払いをした。ふたりは慌てて姿勢を正した。
しかし練習を重ねるうちに、ローズは上手になっていった。
もともと身体の使い方が巧みで、リズム感もよかった。アンリオンと息が合ってくると、ふたりの動きは自然に滑らかになった。
その日、練習の終わりに、先生が珍しく満足そうな顔をした。
「結構です。このまま本番でも踊れますよ」
先生が帰った後、ふたりは広間に残った。夕日が窓から差し込んで、床を橙色に染めていた。
「先生に褒められたわね、これで、舞踏会でも、恥をかなくてすみそう」
ローズがうれしそうに言った。
「アンリオンのおかげよ。あなたが上手だから、私も上手に踊れるの。私、ダンスが大好きよ」
「ローズが上手なのですよ」
「ふたりとも、上手なのよ」
ローズがそう言って、もう一度手を差し出した。
「もう一曲だけ踊って。音楽はないけれど」
アンリオンはその手を取った。音楽のない広間で、ふたりはもう一度踊った。夕日の中で、ふたりの影が床に長く伸びた。
この時間がずっと続けばいい、とアンリオンは思った。
でも、続かないこともわかっていた。舞踏会に行けば、ローズは多くの貴族の息子たちに囲まれる。そして、いずれはどこかの王子か、貴族の妻となるだろう。その思いを、アンリオンは胸の奥にしまった。
夜、一人になると、アンリオンは自分の気持ちと向き合った。
いつから、ローズを妹としてではなく、一人の女性として見るようになったのだろうか。
それでも、この想いを口にすることは決してできない。自分は孤児で、もと窃盗団にいて、今はただの使用人。どんなに背伸びをしても、この身分の差は、決して埋まることはないのだ。
だから、この想いは、胸の奥にしまっておくしかない。




