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第二十五話 ひとりで生きる


フランクに、正式に婚約の解消を申し出たのは、その翌週のことだった。


フランクを書斎に呼んで、向かい合って座った。窓から午後の光が差し込んでいた。フランクは最初から、何かを察しているような顔をしていた。


「二年もお待たせしてしまったのに、申し訳ありません」


「……理由を、聞かせてもらえますか」


フランクの声は、穏やかだった。怒りも、責める気配もなかった。それが、逆にローズには堪えた。


「私は、あなたにふさわしくありません」


「そんなことは、ありません」


「いいえ」


ローズは、正面からフランクを見た。


「あなたは、誠実なお方です。だからこそ、正直に言わなければなりません。私の心には、別の人がいます。もうずっと前からです。そのことに、気づかないふりをしていました。でも、あなたにはちゃんとした幸せを掴んでほしいから、このまま続けることはできません」


フランクは、しばらく黙っていた。窓の外で、小鳥が鳴いた。光が少し傾いた。


「その方は、今、どこにいるのですか」


「どこにいるか、わかりません」


「その人に、二度と会えるという保証はないのですよ」


「たぶん、会えることはないと思います。会ってはくれないと思います」


「それに、たとえ会えたとしても、その人には、すでに家族があるかもしれないではないですか」


「はい。きっとそうです」


「それでも」


「それでも、です」


「ただ思い続けて、一生暮らすのですか」


「忘れなければだめですか。でも、その人のために、ひとりでいるというのではないのです。たぶん、私は結婚というものには向いていない人間なのです。私は自分ができることに生きがいを見つけて、自分らしい人生を歩んでいきたいと思います。幸い、私には土地も屋敷もありますから、誰かを頼って生きなくても、生きていけます。そのことには、感謝しています」


フランクは、ゆっくりと息を吐いた。


「そうですか。……わかりました」


その目には、悲しみがあった。しかし同時に、何か諦めたような、穏やかな色もあった。ずっと前から、こういう日が来ることを、感じていたのかもしれなかった。


「ローズ、あなたが歩かれる道が、幸せであることを願っています」


ローズは、深く頭を下げた。


「本当に、申し訳ありませんでした。あなたの二年間を無駄にしてしまいました。ごめんなさい」


「無駄なんかじゃないですよ。待っているのは辛い時もありましたが、楽しいことのほうが上回ります。ぼくの器量の小ささが、あなたを振り向かせられなかったのです。だから、あなたが謝ることはないのです」


「それは違います。悪いのは、全部私、私のわがまま……」


「ローズ、最後くらい、ぼくの責任にしてください。恰好をつけさせてくださいよ」


フランクが部屋を出ていった後、ローズは泣いた。あまりにフランクがよい人すぎたから胸が痛かった。


あんなにいい人を、傷つけてしまった。力が抜けて、しばらく椅子に座ったままぼんやりとしていた。


窓から差し込む光が、床に四角い影を作っていた。その影が、少しずつ動いていく。時間が、静かに流れていた。


でも、正しいことをしたのだと思った。自分の心の中に、消えない人がいるのに、その人のことを想いながら、別の人と生きていくことは、その人に対しても、自分に対しても、不誠実だ。


でも、正しいことが、楽しいこととは限らないけれど。


本当に、どうしようもない女。ひとりで生きるっきゃないわね。


ローズは立ち上がった。庭に出ると、バラが風に揺れていた。


アンリオンが手入れをしていたバラ。今は、別の使用人が手入れをしているが、アンリオンほど丁寧ではなかった。花びらの色が、少し褪せてきているような気がした。


「アンリオン、今どこにいるの」


ローズは空を見上げた。青く、高い空が広がっていた。今、どこかで、同じ空を見ているだろうか。


「ギャリュビョ、ギャリュビョ」







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