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第二十三話 名前はローズ


その後、三年間、アンリオンはハルベルト将軍のもとで戦略、戦術、そして人を率いることを学んだ。


将軍は厳しかったが、決して理不尽な人ではなかった。


失敗しても、感情的に怒鳴りつけることはせず、なぜ失敗したのかを一緒に考えた。


褒める時は短く、叱る時はもっと短く、しかしその言葉は、いつまでも心に残った。


アンリオンは、この人の下で戦えることを、誇りに思った。



そんなある日、将軍が珍しくアンリオンの部屋を訪れた。


「昨夜の宴にも、来なかったな。今夜は来るのか」


「申し訳ありません。人が集まる宴は苦手です」


「女性が嫌いなのか」


「そういうことではないです」


「女性には、関心がないのか」


アンリオンは少し黙ってから答えた。


「好きな人が、います」


将軍が眉を上げた。


「おお、そうか。いても、不思議ではない。その女性との結婚は考えているのか」


「いいえ」


「なぜだ」


「その女性はもう結婚しているはずです」


「申し込んだけれど、だめだったのか」


「そんなところです」


「つまり、彼女に、振られたということか」


「はい。そういうところです」


「なにか曖昧だが、なぜ、振られたのか」


「身分が違いました」


「それが問題だったのか」


「一番の問題は……嫌われたことです」


「そうなのか」


「はい。顔もみたくないと言われました」


将軍は苦笑いをした後、しばらく黙っていた。


部屋の外では、遠くから宴の音楽がかすかに聞こえていた。


「その女性が結婚していても、嫌われても、まだ思い続けているのか」


「思うのは、こちらの自由ですから」


アンリオンが窓の外を見た。


「しつこいですか。追いかけてはいません。他の女性のことを考えたくない、ただそれだけです」


「彼女の名前は何という」


「……」


「名前を知ったからといって、焼いたり食ったりはしないぞ」


将軍が低く笑った。


「ローズと言います」


その名を口にしたのは、久しぶりだった。


声に出すと、胸の奥が、古傷みたいに痛んだ。


「そうか。美しい名前だ」


将軍はそれ以上は何も言わず、ただ、頷いた。


その沈黙が、アンリオンには、何よりもありがたかった。


*


あれから数年が経ち、ローズは父の領地経営を手伝うようになっていた。


ビクターの罪が暴かれてからはしばらくの間、アンリオンへの後悔と罪悪感で、何も手につかなかった。


朝起きても、何をすればよいかわからなかった。


食事をしても、味がしなかった。


庭に出れば、アンリオンが手入れしていたバラが目に入り、胸が痛んだ。バラを見るたびに、あの言葉を思い出した。棘があるからといって、美しさが失われるわけではない、と言ったあの声を。


後悔の日々は続いていた。


そんなある日、馬車で領地を回っていると、道端で老いた女が座り込んでいた。足が悪いらしく、重い荷物を抱えたまま動けないでいた。


ローズは馬車を止めて、自ら荷物を持ち、女を近くの村まで送った。


「ありがとうございます。ローズお嬢様が、こんなことをしてくださるなんて、夢にも思っておりませんでした」


老婆が涙を流して感謝する姿に、ローズの胸は締め付けられた。これまで、私は自分のことしか、考えていなかった、と。


それから、ローズは変わっていった。


領民の声を直接聞き、問題を解決する努力をした。


村々を回り、何が足りないか、何に困っているかを自分の耳で聞いた。井戸を掘り、学校を建て、冬には食料が足りない家に物資を届けた。


最初は、贖罪のつもり。アンリオンを傷つけた自分への罰として、とにかく誰かの役に立ちたいと思っていた。


しかしいつの間にか、その仕事に、夢中になった。


人々の喜ぶ顔を見るのが、生きがいになった。問題が解決した時の、あの表情。その顔を見るために、次の朝も早く起きて、がんばろうと思った。


「ローズ様、ありがとうございます」


その言葉が、ローズの心の空白を埋めていった。


ありがとうを言うのは私のほう。学ばせていただいて、ありがとう。手伝わせてくれて、ありがとうとローズは心から思った。


「こちらこそ、ありがとう。力になれて、うれしいです」



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