第二十一話 白い天井
数日後、アンリオンが目を覚ますと、白い天井が見えた。
体を起こそうとして、左腕に鋭い痛みが走り、思わず息を吐いた。包帯が肘から肩まで巻かれている。
隣のベッドでは、誰かが静かな寝息を立てていた。ここは野戦病院らしかった。
「目が覚めたか」
誰かの声がした。
声のほうを向くと、椅子に腰かけたハルベルト将軍が、こちらを静かに見つめていた。
「……将軍が、わざわざ」
アンリオンは驚いて身を起こそうとした。
「動くな。まだ血が足りていない」
将軍は立ち上がり、水の入った椀をアンリオンに差し出した。その手は大きく、節くれだっていて、無数の古傷があった。
「わざわざ、ここまで来てくださって、すみません」
「用があって来た。気にすることはない」
将軍は再び椅子に座り、アンリオンをまじまじと見た。
その眼差しが少し奇妙だとアンリオンは思った。何か探るような目をしている。
「名前はアンリオンといったな」
「はい」
「どこの出身だ」
「孤児ですので、故郷というものがわかりません」
将軍は少し間を置いた。
「いくつの時に、孤児になった」
「……二歳か、三歳か。自分でも、よくわかりません」
「両親のことは。顔は覚えているか」
「覚えていません。気がついた時には、街で物を盗まされていました」
「そうなのか」
将軍はそれきり黙った。
しばらく、遠くを見るような目をしていた。
アンリオンには、将軍が何を考えているのかわからなかった。沈黙が少し重くて、口を開いた。
「将軍は、こういう場所に足を運ばれることは、よくあるのですか」
「いや。めったにない」
「それなのに、なぜ」
「実は、おまえが気になったからだ」
将軍はそう言って笑い、アンリオンの顔を、また正面からじっと見た。その眼差しには、確かめたいものがあるようだった。
「アンリオン、一つ聞かせてくれ」
「はい」
「おまえの名前は、もしかしたら、アンリ・オリオンではないか」
アンリオンは驚いて瞬きをした。
「……アンリ・オリオン」
聞いたことのない名だった。
いや、そうとも言い切れない。幼い頃、夢の中で誰かに呼ばれた記憶が、遠く遠くにある気がしていた。でも、それが本当の記憶なのか、夢が作り出したものなのか、確かめる術がなかった。
「わかりません。私はずっとアンリオンと呼ばれてきましたが、窃盗団の親分がそう呼んでいたのです。本当の名前かどうかは……」
「窃盗団か」
将軍が低く繰り返した。
「そこには長くいたのか」
「七歳まで」
「おまえは、大変な苦労をしたのだな」
その声には、驚きよりも、悲しみに近い色があった。




