第十八話 兵士になる
アンリオンが屋敷を後にしたのは、夜が明ける前のことだった。
荷物は少なかった。着替えが一枚と、わずかな金。それ以外には、何も持たなかった。
持っていきたいものは、いくつもあった。
ローズが子供の頃に庭で拾って、「きれいな石だからアンリオンにあげる」と言って渡してきた、小さな青い石。それから、リリィ夫人がアンリオンに初めてかけてくれた、あの葡萄色のショール。でも、それらはすべて置いていくことにした。
持っていけば、いつまでも引きずるだろう。引きずっていては、前に進めない。
とにかく仕事を見つけようと町に向かって歩いて行った。その晩は野宿をしたが、翌日、歩いている途中で、兵士募集の看板が目に入った。
兵隊になると、衣食住付きで、給料までもらえる。それで、彼は兵士に応募してみることにした。
「志願か。年齢は?」
「十八です」
「剣の腕は?」
「多少あります」
「馬は」
「乗れます」
厳しい目でアンリオンを見た兵士長は、彼の可能性と、その目に宿る強い意志を見て取った。
「よし。明日から訓練に参加しろ」
アンリオンは当面の宿と食事を確保してほっとした。
しかし、兵士としての生活は過酷だった。
早朝から夕暮れまで、剣の訓練、馬術、戦術の勉強。だが、アンリオンは一度も弱音を吐かなかった。
ローズを守れなかった自分への罰。そして、強くなるための修行として。体を動かしていれば、ローズのことを、あれこれ考えなくてすむ。
夜、床に倒れ込んで眠れば、夢を見る間もなかった。それが、一番、よかった。
半年後、彼は優秀な成績で、ある小隊に配属された。
「見慣れない顔だが、新入りか。名前は?」
「アンリオンです」
「変わった名だな。どこの出身だ」
「孤児なので、故郷のことは知りません」
「まあ、いい。ここでは実力がすべてだ」
北部の国境紛争に派遣された時、アンリオンは初めて実戦を経験した。
剣を交え、敵と対峙したのだが、不思議と恐怖はなかった。
それは、もう守るべきものがないからなのだろうか。
いや、違う。
遠くにいるローズを、この国を守るために戦っているのだと思った。
アンリオンの活躍は、すぐに上官の目に留まった。
「お前、戦い方が違うな。誰に習った?」
「軍隊に来て、習いました」
「嘘をつけ。その動き、貴族の剣術だ」
アンリオンは何も答えなかった。ローズと一緒に習った剣術。あの日々は、もう戻らない。
一年後、アンリオンは小隊長に昇進した。
日ごとに、部下たちからの信頼が増し、それが、アンリオンの新しい生きがいとなった。




