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第十七話 棘のあるバラ


ビクター王子の犯罪は、王の判断により、極秘のうちに処理された。王族の醜聞が国中に広まれば、民の信頼が揺らぐ。それは国にとって、何より避けるべきことだった。ビクターは王族の身分を剥奪され、ひっそりと国外に追放された。


数日後、第一王子が、ソーントン伯爵のもとに謝罪に訪れた。


「このたびは、弟が取り返しのつかない過ちを犯し、誠に申し訳ございませんでした。伯爵家にご迷惑をかけたこと、王家として深く恥じております」


「いいえ、王家の方々に罪はありません」


伯爵は丁重に応対した。


「むしろ、真実を明らかにできたことを、私は誇りに思います。娘も、これで前を向けるでしょう」


第一王子は、深く頭を下げた。その姿を見ながら伯爵は思った。同じ王家に生まれながら、これほど違う。人というのは、生まれではなく、何を選んで生きるかで決まるのだと。


謁見が終わり、伯爵が屋敷に戻ると、ローズは庭にいた。バラの咲き乱れる庭の、石造りのベンチに、ひとり座っていた。膝の上に手を置いて、ただ花を見ていた。


伯爵はそっと近づいたが、声をかけられなかった。娘の横顔が、あまりにも静かだったから。泣いているのでも、怒っているのでもなく、ただ静かだった。その静けさが、かえって胸に痛かった。


以前のローズは、感情がそのまま顔に出た。うれしければ声を上げて笑い、悲しければ声を上げて泣いた。今のこの静けさは、それよりずっと深いところにある悲しみだと、父にはわかった。


ローズは気配に気づいたように顔を上げた。


「お父さま」


「邪魔だったかな」


「いいえ」


伯爵はローズの隣に腰を下ろした。しばらく、二人で花を見ていた。風が吹くと、バラの花びらが揺れて、甘い香りが漂った。


「きれいな花」


ローズが静かに言った。


「私の名前と同じ。お母さまが百合で、私がバラ」


「そうだな」


「でも、私はバラのように美しくも、強くなかったわ。簡単に甘い言葉に騙されて、真実を見ようとしなかったのです」


伯爵は何も言わずに、娘の髪をやさしく撫でた。


「アンリオンは、最初からわかっていたのです。ビクター王子には嘘くさいにおいがある、と。私はそれを、嫉妬だと思って、怒鳴りつけてしまいました。私が顔も見たくない、出ていけと、言ってしまったのです」


「……」


「アンリオンのことを、どうして信じなかったのでしょう。あんなにずっと、私のそばにいてくれて守ってくれた人なのに。馬が暴走した時も、お母さまが亡くなった時も、いつも、いつもそばにいてくれた人なのに」


「ローズ」


伯爵が、静かに娘の名を呼んだ。


「人は、見たいものを見る。信じたいものを信じる。それは弱さではなく、人間というものだ。おまえだけが愚かだったわけではない。だれでも、そういうことを繰り返して、成長していくものだ」


「でも、アンリオンは……」


「アンリオンは、おまえを責めてはいないだろう」


ローズが唇を噛んだ。


「それが、かえってつらくて」


責めてくれれば、まだよかった。怒ってくれれば、謝ることができた。でも彼は、「楽しかった」と書いて、静かに出ていった。それが、どれほど彼らしいか。そして、どれほど、胸に刺さることか。恨んでくれれば、どれほど楽だったか。


ローズはバラを見つめた。


いつか、アンリオンが言ったことがある。庭仕事をしながら、独り言のように。


「美しいものには、棘がある。でも、棘があるからといって、美しさが失われるわけではない」


あの時、ローズは何気なく聞き流していた。今になって、その言葉が、じわりと胸に染みた。棘があっても、美しい。傷つけても、美しい。


私は、アンリオンを棘で傷つけた。


それでも彼は、私のことを美しいと思ってくれていたのだろうか。今でも、そう思ってくれているのだろうか。


風がまた吹いた。バラの花びらが一枚、ローズの膝の上に落ちた。彼女はそれを、そっと手のひらで包んだ。


アンリオンは、いつか帰ってきてくれるだろうか。


そして、私の愚かさを、許してくれるだろうか。


答えは、風の中にも、バラの香りの中にも、どこにもなかった。ただ、空は高く、青く、どこまでも続いていた。


同じ空が、アンリオンの頭上にも広がっているはずだと思った。肩を並べて、一緒に空を見られた、あのなんでもない幸せな日々のことを思い、ローズは涙を流した。




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