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暗緑色の絨毯に、クリーム色の壁。壁一面には大きな本棚が設置してあり、本がぎっしりと並べられている。招き入れられた書斎の中央には、大きな扇形のソファが置いてあり中央には一人の男性が腰かけていた。その男性は、すごく年を取っているようにも見えたし、角度によっては若々しくも見える。彼は、部屋に入って来たナスリとアリスンを見ると、「やあ、アリスン。はじめまして」と立ち上がって挨拶をした。
白いスタンドカラーのシャツに、黒の細身のパンツ姿。背はすらりと高い。薄い金色の髪が、艶々と光って見えた。
「マガリテの第二王女、アリスンです」
アリスンは男性に向かって礼をした。男は、アリスンにソファに座るように言うと、隣に並んで座る。アリスンは緊張した面持ちで、リュビサスに話しかけた。
「失礼ですが、あなたは《秘密の森》の一族の当主様なのですか?」
「そうだよ。私は《秘密の森》の一族の当主、リュビサスだ。そして、君は……マガリテのブラゴジとローザの娘、アリスンだね。もう、第二王女ではない。罪人だ」
リュビサスの言葉に、アリスンの身体がぎくりと固まる。
「罪人? 私が?」
「そうだ。マガリテ国の大切な宝物を盗もうとして捕らえられ、牢で自死したことになっている」
リュビサスが片手を上げると、後ろで控えていたナスリが書斎の机の上からあるものを持ってきた。それは、一部の新聞だった。
「これを見たまえ」
差し出された新聞の一面記事は、ブラゴジ王の崩御を伝えるものだった。そこには、亡くなる寸前に王が後継として、末子エミールを指名したと書かれている。
「ここと上の世界は、若干時間の流れが違うんだ。君と第一王女のことは、裏面に記事になっている」
アリスンが裏面を読むと、そこには【新王が父王から受け継ぐ約束だった国の神器を、第二王女アリスンが盗んで逃亡をはかったため、近衛によって捕らえられた】、【罪を告白することなく、隠れ持っていた毒をあおって自死した】となっている。
「わたし、生きています!」
「そうだね、その記事はまったくの嘘っぱちだ」
アリスンは、驚いたまま新聞の記事を目で追う。
記事には、第一王女リリアについても触れられていた。
【以前より、隣国ガレスから皇太子スヴェトの妃に相応しいと望まれていたため、このたび輿入れが決まった。すでにリリア王女を乗せた馬車はマガリテを出発し、ガレスとの国境を越えた】
何度読んでも、目が滑って記事の内容が頭に入ってこない。
「かくして、王太后ローザの垂簾政治がスタートしたようだ。実質的なマガリテ王国の支配者の誕生だね」
リュビサスは、ふざけた調子で新聞をアリスンの手から取り上げた。
「王太后はブラゴジ王の寵臣サンカルを、国境沿いから呼び寄せて虎符(軍を動かす際に必要になる割符)を取り上げたらしい。五日前のことだ」
「サンカル将軍から虎符を? なぜ?」
サンカルは、代々将軍を多く輩出するサザビー家出身の、まだ三十にもとどかない年若い将軍で、他国でも名を知られ、獅子将軍という異名を持っている。軍の演習行事でアリスンも、何度も顔を合わせ、言葉を交わしたことがある。
「サンカル将軍が第一王女を担いでクーデターを起こす、という密告が彼の部下からあったらしい。都にあるサンカルの本宅からは証拠も見つかっているらしいが……、まあ捏造されたものかもしれない」
サンカル将軍から取り上げた虎符を、王太后は自らに近い臣下に渡したらしい。
「王位継承権を持つ娘二人を国から追い出し、権力を掌握するとは恐ろしい女だな。まあ、これからマガリテがどうなるかなんて、《秘密の森》の我々からしたら知ったことではないがね」
リュビサスは、ゆったりとソファから立ち上がると「さて、アリスン。君は他に行くところもないだろうから、ここに置いてあげよう」と、右手を差し出す。アリスンとしては、彼の手を握るしかなかった。
リュビサスはにやりと笑う。
「秘密の森といえば、君らマガリテ王国人からしたら御伽話の中の住人みたいなものだろう。なんせ、建国記や創世記くらいにしか出てこない、伝説上の場所なんだ。しかし、ここ以外に君たちが行くところは、今はないだろう。この邸宅の空いている部屋を割り当てるように、ナスリには言ってある。ただし、ただで置いてやるわけではないんだ。条件がある」
「どんな条件ですか?」
「そんなに身構えなくてもいい。簡単な条件だ。私の息子の話し相手になって欲しい。それだけだ」
「リュビサス様の……」
息子がいるようには見えない、と言いそうになって慌ててアリスンは口をつぐむ。さすがにそれは失礼すぎる。
「ぜひ、ご子息の話し相手を務めさせていただきたいと思います」
リュビサスは満足そうに頷くと、アリスンに手を振った。もう話は済んだのだから、出ていけということらしい。




