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城の中央にある《王の間》に入ると、誰もが天井と壁に描かれた壮麗なフレスコ画に目を奪われる。東の帝国ガレスから独立し、マガリテ王国を打ち立てた建国の祖・アスランの雄姿を描いたもので、フレスコ画のアスランの姿かたちはブラゴジ王と瓜二つだ。
だが、この日すべての者の眼にはフレスコ画など映らなかったであろう。
《王の間》の奥の玉座に、まだ幼いエミールがちょこんと座っていたからだ。そして、王妃ローザと王弟セダトが、その後ろに並んで立っている。
アリスンは驚いて、「お母さま……」と声を掛けようとしたが、先導していた侍女から「臣下の列へとお並びください」と強く言われ、わけのわからないまま玉座の前に整列している男たちの列に混じって並ばされる。
誰もかれもが動揺し、落ち着きがなかった。
後ろに付き従っていたパティが、そっと「第一王女様がおいでです」とアリスンに耳打ちをすると同時に、リリアが勢いよく《王の間》に入って来た。一人ではなく、数人の壮年の男性を従えている。そのうち一人は、王の寵臣だということがアリスンにもわかった。
リリアは不機嫌な顔で玉座の前にまで進むと、「なぜ玉座に王ではなく、弟が座っているのですか」と厳しい声を上げる。
王妃は、落ち着いた声で話しはじめた。
「我が君、我が王が、明け方に崩御されました。王は命を引き取る寸前に私と王弟セダトを枕元へと呼び、そこで後継の指名をしたのです。ブラゴジ王の次代は、王の末子であり長男のエミールです」
《王の間》に集まった者たちの動揺の声が、さざ波のように広がっていく。
「エミール様、万歳! 万歳!」
いきなり、アリスンの斜め前に立っていた若い男が大きな声で叫んだ。すると、その声につられるように、何人かの者が「エミール様、万歳!」「エミール様の治世に、幸あらんことを!」と、興奮した声をあげる。
そんな中、リリアは引き下がらなかった。
「そんなこと、信じられるわけがないでしょう! マガリテでの後継は、基本的に長子が優先されるはず。そうでない場合には、直筆の書面がマガリテ国教の大聖堂に保管される。もし、後継がエミールなのであれば書面が遺されているはずです。その書面はどこにあるのですか?」
「書面はありません」
リリアの言葉に応えたのは、王妃ではなかった。紫のローブを身に纏った長身の男が、するすると《王の間》に入って来た。ローブの下から、薄い茶色の髪と紫の瞳が鈍く光っている。彼こそが、マガリテ国教の最高指導者・パヤームその人だった。
「わたくしも王の崩御に立ち会い、その場で王の口から後継者の名前を直接聞かされたのです。エミール様に後を託す、とおっしゃいました。国教の最高指導者である私が立ち会ったのですから、今回に限り書面は必要ないでしょう」
落ち着き払ったパヤームに、王妃は頷く。
「急な事であるから、娘たちが動揺するのもおかしくない。だが、エミールの即位を祝って欲しい」
「何を白々しい……!」
リリアが吐き捨てた。
リリアが手を振ると、私兵たちによって一人の男が王妃の前に突き出される。
「では、この男は何なのですか⁉ 明け方に、城から抜け出そうとしているのを捕らえました」
その男は、複数いる王の侍医の一人だった。アリスンも、彼の顔に見覚えがある。侍医は真っ白な顔で、よたよたと床にへたり込んだ。
「この男が、王に毒の香を嗅がせたと言っています! しかも、懐にはこんな(・・・)も(・)の(・)まで隠し持っていたのです」
リリアが床に投げ捨てたのは、革の袋に入った旅券と金貨だった。
「王妃から受け取ったと言っています。この後継者指名は、密室で決められたもので極めて不透明よ」
その言葉をうけて、王妃が素早く命を出した。
「侍医を捕らえなさい!」
王妃の命を受け、《王の間》に控えていた近衛たちが素早く医師を取り囲んだ。
リリアが何か叫んだと思ったら、近衛のうち一人が突進するように侍医にぶつかる。非力で哀れな男は無様に床に四肢を投げ出すと、動かなくなってしまった。その心の臓に、短剣が突き刺さっている。侍医の命の火が消えてしまったことは、誰の目にも明白だった。
「なぜ殺したの⁉ 大切な証人よ!」
「お黙りなさい。ここは神聖な場ですよ」
王妃は落ち着いていた。すぐに、近衛たちが医師の骸を外へと運び出していく。
「第一王女、お前が『かんしゃく王女』として振舞うのなら、私にも考えがあります」
すっと片手を上げた王妃は、近衛たちにリリアを拘束するように告げた。リリアの私兵は多く見積もっても三十人くらいしかいない。対して、近衛はよく訓練された軍人たちで、百は下らない。あっという間に制圧されたリリアたちは、引きずられるようにして《王の間》から退出させられてしまった。
恐ろしいくらいの静寂が、その場に広がっていく。
「これにて朝議を解散する。新しい統治については、明日以降公布することとする。これからのマガリテの更なる発展を!」
王妃の声が響きわたり、臣下たちが礼をする。
その中で、アリスンとパティだけが立ち尽くしていた。




