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リリアとのやりとりを思い出していると、王がアリスンに声を掛けた。
「アリスン、渡したいものがある。受け取ってくれるかな」
「何?」
「ナイトテーブルの一番上から、ベルベットの細長いケースを取っておくれ」
そういわれて、アリスンはいわれた通りケースを取り出した。
紫の光沢あるケースは、何が入っているのかわからないが奇妙なほど軽い。
王に渡すと、「これはアリスンに渡そうと以前から考えていたのだ」と言って、黒く丸い石が数珠つなぎにになった首飾りをケースから取り出した。
「これは、ジエトという素材でつくられたネックレスだ」
「ジエト、ですか?」
はじめて聞く素材だった。
「ジエトというのは、この国の地下に広がる《秘密の森》に生えている毒の大樹が、長い年月をかけて炭化したものだ。樹の化石だと思ってもいいだろう。持ってみなさい」
アリスンは、ジエトのネックレスを王から手渡されると、両手で持ちじっくりと眺めてみた。
《秘密の森》というのは、マガリテ王国の建国伝説に出てくる、地下世界に広がる大きな森のことだ。そこには、森を支配する秘密の森の一族が住んでおり、特別な秘術を使って人々を惑わすことがあるといわれていた。あくまでも、伝説上の場所としてアリスンは捉えていたので、父の言葉に強い違和感を持った。
「《秘密の森》の毒の大樹? 触れても危険はないのですか?」
「生きている樹に触れると、その身を蝕むと言われている。けれど、その首飾りは約二億年前の毒の樹らしいから。触れてもまったく問題はないだろう。つけてみなさい」
後ろに控えていたパティが近寄ってきて、アリスンが着けていた真珠の首飾りを外した。アリスンは、自分の手でジエトの首飾りを首元に飾ってみた。
まるで、重さを感じさせない首飾りにアリスンは「軽い!」と、驚きの声を上げる。
「その首飾りの管理はパティには任せずに、かならず自分でやりなさい。わかったね」
王に言われ、アリスンは頷く。
「大切にします。これで、しばらく公務に出られなくても我慢できそう!」
元気に立ち上がった娘を、王が目を細めて見上げる。
「また明日も寄っておくれ。待っているよ、アリスン。パティもな」
パティは王に向かってきちんと一礼する。アリスンは、父の痩せた手に、自らの手を重ねた。
「明日は、お父様の好きな甘いお菓子でも持ってくるわ」
「楽しみにしているよ」
アリスンとパティが、生きている王と言葉を交わしたのはこれが最期になった。
この日の夜、日付が変わってすぐだった。
パティがベッドで眠るアリスンを起こしに来た。使用人部屋から急いで駆けつけたのか、息が上がっている。
「使用人や近衛たち複数人が、ブラゴジ王の寝所へと走っていく音が聴こえました。王に、何かあったのかもしれません」
「もしかして、様態が急変したのかも。わたしたちも寝所に行きましょう」
パティは目が見えない代わりに、嗅覚や聴覚に優れたところがあった。城内を走り回る小動物や人の動きにも非常に敏感だ。
寝間着のままアリスンとパティが部屋から飛び出したところで、ドタドタとこちらに走ってくる何者かの足音が近づいてきた。
「アリスン! 大変よ!」
リリアだった。
寝間着のままで、髪も結わずに足元は室内履きのままだった。
「お父様の心の臓が止まったそうよ。私、医師とお母様とセダト叔父様が寝室に入っていくのを見たの」
「リリア、教えてくれてありがとう。わたしたちも、寝所へ行きましょう」
だが、リリアは動かなかった。
彼女は、「話したいことがあるから、中に入って」とアリスンを押しとどめる。
「何?」
「見たのよ。お母さまの寝所にセダト叔父様が入っていくのを」
「どういうこと? いつの話?」
既婚の女性王族が、いくら王弟といえども異性と二人きりになるのは許されないことだ。リリアは険しい顔をしている。
「私、今度の収穫祭には絶対に参加したいと思って、昼にお母さまに頼んだのよ。もちろん、断られたけどね。でも、やっぱり……どうしても諦められなくて、再度頼みに行ったの。一時間ほど前のことよ。そうしたら、お母さまの寝室をセダト叔父様が一人で訪ねて来て、入っていったの。侍従も連れずに、一人よ」
「何か、大事なお話があったのでは?」
「ふん、あのお母さまの姿を見ても、あんたはそんなこと言えるのかしら」
王妃は薄い絹のネグリジェを身に纏い、訪ねてきたセダトにしなだれかかって甘えたような声で「待ってたわよ」と言うと、彼を寝室へと引っ張り込んだらしい。にわかには信じがたい話だ。
「信じられないわよ! 王妃たるもの、不貞を働くなんて」
「それで、どうしたの?」
「ふん、どういうことか問い詰めてやろうと思って、二人が部屋から出て来るのを廊下で待ってたの。そうしたら、寝所まで侍医が走ってきて『王の容体が急変した』って言うじゃない。てっきり、そのまま全員でお父様のところに向かうのかと思ったら、お母さまが言ったのよ。『ようやく毒が効いたのね』って」
リリアの言葉に、アリスンは言葉を失った。
「きっと、王の体調が優れなかったのは、お母様が今まで毒を盛っていたからなのよ」
リリアの言葉をすべて信じていいのか、アリスンにはわからなかった。呆然と立ち尽くしていると、リリアはきっぱりと告げる。
「王妃を糾弾するわ。宰相やお父様の寵臣たちと夜のうちに連絡をとって、今夜見たことをすべて話す。この国の次の王は私よ。お母様の好きにはさせないんだから」
そう言うと、リリアはすぐに身体を反転させ走り出していた。その後ろ姿の方向に顔を向けたパティが、「我々はどうしましょうか」と呟く。
「どうしたらいいんだろう」
アリスンはパティと父王の寝所へと向かったが、ドアの前に陣取る数十人の近衛兵の姿を廊下の角から見て、引き返すことになった。パティは使用人部屋に戻らなかったので、二人はまんじりともせず、ベッドの上で互いの手を握りしめながらブラゴジ王のことを想った。
翌朝、日が昇ってすぐに王妃付の侍女がアリスンを呼びにきた。
「臨時の朝議があります。王妃様が《王の間》に集まるように、と仰せです。支度をして、すぐに向かってください」
侍女の後ろには武器を携えた近衛が四人も立っており、物々しい。
「すぐに行きます」
アリスンはシンプルなドレスに着替え、父王から贈られたばかりのジエトの首飾りを身につけた。パティが素早くアリスンの髪をまとめ上げる。二人は、急かされるように《王の間》へと向かった。




