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27 完結

 王太后亡き後、彼女の自室から出てきた日記をアリスンはリリアと開いた。

 リリアは怒りを(たぎ)らせながらローザの遺した日記を読むと、「これを信じろっていうの? 日記なんて感傷的なもの、なんの真実味もないわよ。書いた人間の主観でしかないじゃないの」と、乱暴に言った。誰にも、どこにも怒りをぶつけられない。憤懣(ふんまん)やるかたない様子のリリアは、乱暴に日記をアリスンに押し付ける。

「これは、あんたに任せるからね」

 リリアはその後、城を飛び出し国境沿いの森で植物学者たちと調査をしている。《秘密の森》から浸食してきた植物のおかげで、マガリテの森の植生はすっかり様変わりしてしまった。てっきり、政治にかかわるものだと思っていたリリアは、あっさりその身を引いてしまった。

「あんなことやらかして、どの面下げて君主になれるっていうわけ」

 それがリリアの言い分だった。

 ローザとパヤームが身を投げたあと、叔父のセダトたちは危機を恐れて籠っていた地下室から発見された。アリスンは臨時として幼い王の摂政となり、広く世に向けて優秀な人材を募った。彼女自身にも師といえる存在が必要だった。ローザが冷遇した亡きブラゴジ王の寵臣たちを呼び寄せると、サンカルを将軍職へと復職させた。

 ひきこもりの王女と呼ばれていたアリスンの帰還に、マガリテの国民たちは混乱はしたものの、その父親譲りの容貌は民を大いに惹きつけた。

彼女の魅力はそれだけではなかった。

アリスンが主導した開放政策によって新しい経済特区が誕生し、以前よりも近隣諸国との交流が草の根レベルで広く深くなった。国の中央と主要都市に図書館ができ、誰でも自由に本を手にすることが可能になった。また、同時期に救済院の数を増やし福祉の充実を図った。王太后ローザに(くみ)した貴族たちへ寄付を呼び掛けたこともあり、彼らは王城での復権を夢見てアリスンに賛同した。当初、この政策にマガリテ国民は懐疑的だったが、数年が経つと貴族たちからの救済院への寄付は、子と離れる家族を減らすことに貢献することになる。

アリスンは体の線をひろわない、緩やかな衣服を身に着けて年中過ごしていたことから、国の女性たちもそれを真似して徐々に自由な格好で往来を行き来するようになった。

 

エピローグ


春の祭典の時期になると、忌々しい気持ちになる。バカ騒ぎに加わる気にもなれないし、いつまで待っても現れない女の不在が、己を思った以上に苦しめていることを再認識する。

あれからすぐ、《秘密の森》の一族の次期当主として、グラスは魔法の練習を祖母たちと始めた。彼女たちの口からは、当たり前のようにマガリテのアリスンの近況が飛び出す。「実は、この前あの子が言っていたんだけど」だとか、「あの子と一緒に潜った海の底で、いったい何を見たと思う?」だとか、そんな類のものだ。絶対に帰るから、とあの日宣言したアリスンは一年経っても二年経ってもグラスの元には戻ってこなかった。いつの間にかグラスは二十二歳になっていた。

どこにいても誰かが話しかけて来て鬱陶しいことこの上ないので、グラスは蜂蜜酒を片手に湖の近くでスケッチに勤しむことにした。不機嫌なオーラを出しているにも関わらず、何人かの訪問者が「何を描いているのか?」と声を掛けては去って行く。全員がほろ酔いで、誰も本当にグラスが何を描いているのか気にしているわけではなかった。

「何を描いているの?」

 だから、そう声を掛けてきた相手に対しても、つい憮然とした対応をしてしまう。

「見りゃわかんだろ。風景画だよ」

「まったく筆が進んでいないから、よく見てもわからないけどな」

 のんびりとした口調に、揶揄するような響きが感じられてグラスは顔を相手に向けて絶句した。

「グラス、久しぶりだね。会いたかった」

 そこに立っていたのは、白いワンピース姿のアリスンだった。記憶の中の彼女よりも、随分大人びて見える。初夏の爽やかな風が、アリスンのワンピースの裾を揺らした。

「お、お前何しに来たんだ」

 動揺して鉛筆を落としたグラスに、アリスンは言う。

「何って、いろいろと仕事が片付いたからグラスに会いに来たんだけど。あなた、マガリテの新聞も読んでいるのなら、知っているんでしょ? 弟のエミールが成人を迎えて、私は摂政ではなくなったんだよ」

 たしかに、グラスはそのニュースを新聞で読んで知っていた。だが、二十四歳のアリスンは、摂政ではなくなった後はマガリテの優秀な将軍サンカルと婚姻を結び、王を支えていくだろうと書かれていた。アリスンは腰をかがめて、グラスと目線を合わせる。

「最初は一年くらいの予定だったんだけれど、経済特区が軌道に乗るまでとか、救済院の数が増えるまでとか考えていたら、戻ってくるのが遅くなっちゃった。しかも、今度はエミールが結婚するまでは、だなんて言いだす寵臣たちもいるもんだから……」

 なんとか説き伏せて、やっと出てきたんだよとアリスンは笑う。

「絶対に帰るって、みんなと約束したからね」

「そんな約束したっけな……。俺は別にアリーのことなんて全然待ってなかったし、お前がいなくて寂しいとか思ったこともなかったよ」

「ふーん、わたしはグラスに会って話したいことが沢山あったし、会えない間は寂しかったけど」

 グラスの顔が耳まで真っ赤になった。

「早く邸宅に戻りましょうよ。わたし、早くパティやリュビサス様、ナスリたちにも会いたいわ」

「いいのかよ、あっちの国は」

「わたしがいなくても、ちゃんと回るようになってます」

 一層強い風が吹いて、森の薫りに蜂蜜酒の甘い薫りが交じり合う。アリスンはグラスの車椅子を押して、邸宅へとゆっくり向かい始めた。


 マガリテ歴四二八年、摂政女王と呼ばれていた先王の娘アリスンは、突然その職位を辞し姿を消した。ごく少数の側近だけが、彼女の行き先を把握していたが彼らはその事を詳しくは語ろうとはしなかった。ただ、マガリテの森では奇妙な木々が益々盛んに生い茂ったことから、アリスンも元気でいるだろうと誰もが信じて疑わなかったという。



ここまで、読んでくださった方ありがとうございます!これにて完結です。公募用に書いた作品ですが、どこに出そうかなと迷って、今回はなろう経由でWEB公募にチャレンジしてみることにしました。お祭りみたいで楽しいですね。


感想などお寄せいただけると、嬉しいです〜(^^)

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