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大樹に乗ったまま王城に突入したアリスンたちに、マガリテ王城内の誰もが驚き腰を抜かした。木の根はどんどんと城内を駆け巡り浸食していく。武器を持った近衛たちを制圧すると、そのまま城の天井を突き抜け天高く昇っていく。アリスンとリリアは樹から降りると、固く閉ざされた玉座の間へと向かった。
アリスンは声のかぎり叫ぶ。
「お母さま、エミール、そこにいるの? 返事をして! アリスンです!」
すでに玉座の間の頑丈な扉も、樹々に浸食されてヒビが入っている。アリスンは躊躇なく扉を蹴破り、中へと身体を押し込む。その後ろを、慌ててリリアも追いかけた。アリスンの胸元からライリーが顔を出し、「ホウホウ……!」と鋭い鳴き声を上げる。
すでに、玉座の間はかつての姿を完全に失っていた。樹々の根が床の下から入り込み、壁を這い、天井には樹がめり込んだせいで一部は崩落している。慣れ親しんだ王城は、短時間で遺跡のように変貌を遂げた。
その中で、何事もなかったかのように王太后ローザとマガリテ国教の最高指導者パヤームは立っていた。王妃の腕には、眠っているエミールが抱かれている。それは、まるで一枚の絵画のようだった。
アリスンは、一歩一歩ローザたちへと歩みを進めていく。ローザの意思の感じられない瞳を覗き込めるくらいの距離にまで近づくと、アリスンは母に語りかけた。
「お母さま、アリスンです。どうして、このようなことを?」
ローザはすぐには答えない。業を煮やしたリリアが、床から貫通した太い木の幹に乱暴に腰を下ろす。アリスンは再度ローザに語りかけた。
「答えたくないのなら、答えなくてもいいです。ですが、すぐにガレスとの間の協定を結び直しましょう。戦をする必要はないはずです」
すでに、サンカルがガレス首都の宮殿にいる皇帝トドルと面会を果たしているはずだ。サンカルは部下とは別れ、秘密の森から直接マガリテではなく、岩の帝国トドルの首都へと、特使として転移することを選んだ。サンカルに同行してガレスへ向かうことにしたベイザの、「トドルぼっちゃんの母后に頼めば、進軍を止められるはず」という言葉が、アリスンたちを後押しした。ベイザは、帝国トドルの皇帝であるトドルの母と知った仲らしい。
心ここにあらずといった状態の母に、アリスンは静かに語りかける。
「ファライザにも急ぎ特使を送りたいと思います。誰か、適した官を知りませんか。自治領返還についての話し合いも、こちらから積極的に進めましょう」
何も言葉を発しようとしない母に、アリスンは頷くと「リリア、誰かいい人を知らない?」と投げかける。
「どうかしら。ファライザなら、長年相互協力を説いていた補佐役のミルザビや侍郎の何人かが適任かもね」
「そう、わかった。じゃあ、リリアはその人たちを探して、ファライザに一刻も早く連絡を取ってちょうだい」
「は? あんた、姉の私に指図するの?」
「指図ではなく、お願いです」
リリアは目を細めるとアリスンとローザの顔を見比べる。
「あっそう、いいわよ。これ以上ここにいても、話になんてならないだろうしね」
吐き捨てるように言うと、リリアは玉座の間から出て行った。彼女がいなくなると、再び静寂が訪れる。アリスンは誰に聞かせるでもなく、今まで自分の身に起きたことを語り始めた。
「《秘密の森》の一族に助けられました。お母さまは、あの方たちが、あんなところに住んでいるとはご存じないでしょう。私も驚きました」
ぴくり、とローザの肩が動いた。その肩をパヤームが抱き寄せる。アリスンは話を続けることを止めない。
「何も知らなかった、知ろうともしていなかった私は、あそこで沢山のことを知りました。でも、わからないことがあります。お母さまのことです。どうして、こんなことをしたんですか。あの、優しかったお父さまに毒を盛り、娘たちを追いやり、近隣の国との軋轢を引き起こし、これ以上何をしようと思っているのですか?」
ローザは、抱えていた息子をパヤームに渡し天井を仰ぎ見た。たっぷりと、時計の針が一周は回った頃、ようやくローザは口を開いた。
「優しかったお父さま、ですか。本当に嫌になる。おまえにとってはそうでしょう。でも、あの男の優しさは私にとっては毒でした。その毒に、長い間蝕まれ、私の心はすっかりひび割れて砕けてしまった。こんな惨事をなぜ引き起こしたのかと聞かれたら、すべての原因はブラゴジにあります。私はもう疲れた」
「あなたは私たちの母で、王太后です。その責任を果たしてください」
「娘よ、その地位は私が望んだものではないの」
アリスンの言葉は、まったく目の前の女には響かない。母は目の前にいるのに、娘の名すら呼ぼうとしない。
「では、その地位を退いてください」
「あら、あなたが女王になるの」
「王はエミールです。ですが、国政を立て直す意志のない方がここに留まる必要はないと思います」
アリスンは正面からじっとローザを見据える。
「お母さまのことを理解したいと思っていました。あなたの考えていることを、教えて欲しかった」
「おまえに理解されたいとは微塵も思わない。私は、ブラゴジの血を引くお前に何一つ教えるつもりはない。あの時、殺し損ねたことを悔やんでいます」
「それが、あなたの本音?」
衝動的にアリスンの腕が動いて、ローザの頬を打とうとした。それを止めたのは一人の魔女だった。緑の煙が床から噴き出したかと思うと、紺色のローブを広げてヨンジャが姿を現す。
「もう、やめなさい。いたずらに傷つけあう必要はない。アリー、あなたの母はすべてを破壊しつくすことにしたのだよ。ひとつを実行したら、もう途中でやめることなどできなかった」
「わからない! 何を言っているのか、わからない!」
激高したアリスンをヨンジャが抱きとめる。ヨンジャはその震える背を撫で擦りながら、ローザに言葉をかけた。
「もうすぐ、秦蘭国の騎馬隊が背後からガレスを襲うつもりだ。そうなったら、ガレスはマガリテと協定を結び直すしかない」
秦蘭国の皇帝の愛妾がファライザ出身らしく、皇帝はファライザからの要請と愛妾の懇願を受け、ガレスの背後にそびえる山脈を騎馬隊に越えさせたらしい。
「もう、これ以上引っ搔き回すのは無理があるよ。どうするつもりだい」
ヨンジャの問いに、ローザはうっすらと笑う。パヤームが進み出て、抱いていたエミールをヨンジャに差し出した。
「王を頼みます」
ヨンジャはその幼子を受け取った。
小さな王は、何が起きているのかも知らずに、ただ眠っている。その姿を見て、ローザは一瞬目を細めた。
「もとより、長く生きようだなんて思っていないわ。ブラゴジを殺して、全部滅茶苦茶にしたら、私自身も消えるつもりだったのだから」
ローザとパヤームは互いの手を握る。
「おかあさま……!」
アリスンの声に、ローザは応えない。ローザとパヤームはそのまま壁際にまで歩いていくと、一枚のタイルの前で立ち止まる。その用途については、王女であるアリスンも知らされていた。城外へ脱出するための隠し通路へとつながるドアの解錠装置だ。だが、樹々に浸食された王城では、すでに隠し通路など役に立たない代物である。
パヤームが力の限りタイルを蹴り上げると、壁の一部が大きく崩落した。そこに以前はあったはずの通路は無惨にも原型をとどめておらず、足場のない空がただ広がっている。
ローザが言った。
「なんて、いい景色なの」
ローザもパヤームも躊躇しなかった。
二人して互いの手に手を持ち、その足を空中へと一歩踏み出す。
「お母さま!」
アリスンの声だけが空に吸い込まれていく。ふたりの肉体は辷るように落下していった。




