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リュビサスのいる書斎に向かおうとして、アリスンはパティに強く腕を掴まれた。
「アリスン様、おかしなことを考えないでください」
「おかしなことって?」
日の落ちかけた邸宅の廊下で、パティはアリスンの頬に手を伸ばす。季節はもう冬ではないのに、少し肌寒く感じた。
「せっかく助かった命です。捨てることなど、なさらないで」
「捨てようなんて思っていない」
むしろ、これから強く生きるために、前を向いて生きるために。
「わたしはマガリテに戻る」
そんなに大きな声を出したつもりはなかったが、言葉は大きく響いて消えていった。
「だから、パティはここで待っていて」
「ここに、戻って来るつもりなのですか」
「もちろんだよ」
アリスンがパティに向けた笑みを、パティは見ることができなかった。けれど、それが悲観的なものでないことをパティは感じた。
「わかりました。絶対に帰ってきてください」
「うん」
奇妙なことに、アリスンはかつてないほど落ち着いていた。
そのまま書斎のドアをノックして室内に入ると、ここに彼女が来ることを予期していたのだろうか。リュビサスとヨンジャの二人が、三人分のティーカップを用意して待っていた。
「お願いがあって来ました」
話を切り出したアリスンに、ヨンジャが鷹揚に頷き手招きをする。
「まずはお茶だよ。それくらいの時間はあるさ。さあ、隣に掛けなさい」
今日のヨンジャは深い紺のローブを身に纏っている。対して、ヨンジャの右隣のソファに座るリュビサスは、上下とも麻の白地のスーツ姿だった。言われた通り、アリスンはヨンジャの左隣のソファに腰を下ろす。
「このお茶には、身体の中の魔力を整える作用がある。だから、ここぞという時に飲むことにしているんだよ」
ヨンジャが入れたお茶は、澄んだ翠色をしていた。ミントのような清涼感のある香りがするが、味はほんのりと苦い。
「この苦みが癖になるんだ」
そう言われると、飲まないわけにはいかない。アリスンはお茶を最後の一滴まで飲み干した。そんなアリスンを見て、リュビサスが口を開いた。
「マガリテの第二王女様は、国に還ることにしたのかい? 半端な覚悟じゃ、何も変えらられないと思うが」
「ご心配をおかけします。でも、ここで無関心のままでいることはできません。戦を止めないと、被害は拡大します。すでに、マガリテはファライザ自治領で暴挙を働き、今回はサンカルと三百の兵士たちが犠牲になりました。お母さまが何を考えているのかわからないけれど、このままだと確実にガレスと衝突するのも時間の問題です」
アリスンは、自分が見た夢の内容をヨンジャとリュビサスにすべて話した。
「リリアは女王として即位するために、王城のある都にまで進軍するでしょう。両軍が都で激突することになったら、被害は非常に大きなものになる。わたしだけ、ここで何もせずに、やりすごすことはできません」
アリスンは首飾りをきつく強く握る。
リュビサスはカップをワゴンに置いた。
「サンカルたちが壊滅したと知った王太后たちは、全軍を国境近くに差し向けるようだ。森の中に住む民と、国境沿いに住む民や商売人たちは、急いでマガリテからガレス側へと脱出しようとしている」
「お願いします。わたしを、あちらの世界に送り返してもらえませんか? なんとか戦が起こらないようにしたいんです!」
ヨンジャとリュビサスが互いの顔を見合わせる。
「わかった。なんとか両軍が激突しないように、私たちも協力しようじゃないの」
「本当ですか⁉ ありがとうございます!」
「ただし」
喜ぶアリスンにリュビサスが言った。
「私たちのやりかたで、やらせてもらうことにする。苦情は一切聞かない」
挑戦的な笑みを浮かべたリュビサスに、アリスンは頷いた。ヨンジャが笑った。
「明日の朝一番で、転移のドアを開こう」




