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邸宅の敷地内にある使用人棟の二階と礼拝堂に、傷ついた男たちを運ぶことに決めた魔女たちは、滑るように森を駆け抜けていく。アリーとグラスが、必死に邸宅にたどり着いた時には、すでに使用人たちが総出で忙しく駆け回っているところだった。いつもは静かな森が、ざわざわと何かの予兆のようにずっと揺れている。
「グラス様、リュビサス様がお呼びです。執務室へ行きましょう」
そう声を掛けてきたのは、手に大量のリネンを持ったナスリだった。ナスリは、そのリネンをアリスンの手にそのまま持たせる。ずしりとした重さがあった。
「他の者の指示に従って、アリーも作業に加わってください。比較的、傷が浅い者は使用人棟の二階に、血が流れていても助かりそうな者たちは礼拝堂の床に寝かせました。それ以外の者は、裏にテントを張って寝かせてあります」
ナスリが指差した方向を見ると、セダムたちが礼拝堂から木製の机と椅子を運び出している最中だった。急いで駆け寄ると、セダムが鋭い声を上げる。。
「そのリネン、中にいる看護師に渡して! その後、兵士がつけている甲冑を外すのを手伝ってくれる?」
アリスンは頷いて、礼拝堂の中に入っていく。一歩入って、濃くなった血と汗のにおいに思わず顔をしかめる。兵士たちは、床に転がされるように寝かされており、呻き声がいたるところから上がっていた。軽く見積もっても五十人以上はいると思われたが、その数の寝台を簡単には準備できなかったのだろう。アリスンは、床に寝ている男たちの間を、どうにか進むと白い衣服を身に着けている男女二人に声をかけた。
「すいません、これを渡すように頼まれました」
「あぁ、悪いね。それじゃあ、このままここで手伝ってくれるかな。僕は看護師のアルプという。よろしくね」
男性は、そう言うと隣に立っている白衣の女性に声をかける。
「ベルン医師、自分はこの娘と患者たちの甲冑を外していきます」
「うん、頼んだ。消毒液とお湯も届いたから、順番に傷をきれいにしていくよ」
ベルン医師と呼ばれた女性は、アリスンに「君は血を見ても大丈夫かな」と確認すると、そのまま早口で説明し始める。
「この者たちは広範囲の攻撃に巻き込まれたようだ。たぶん、大型の投石器だな。手足が潰れてしまっている者も多いが、手早く処置をすれば命は助かる。甲冑を外して、身体を清潔にしてやってくれ。君は素人だろうから、少しでも難しいと思ったら看護師のアルプに相談して欲しい」
そこからの説明は、アルプがしてくれた。甲冑の固定は主に留め金や紐で行われているが、患者の意識がある場合は声をかけて患者本人にも協力してもらいながら行う。
「意識はほぼないか、あっても朦朧としていると思った方がいい。患者たちの痛みを抑えるためにアダンの香を礼拝堂に焚くから、その間に手早く作業しよう。君が留め金を外し、僕が外していく。二人一組だ」
礼拝堂を見渡すと、至る所で同じように二人一組となって兵士たちの防具を外しにかかっている。アリスンは早速、言われた通りに作業に集中することにした。
礼拝堂の中にいると、時間の感覚がまったくと言っていいほどなくなっていく。
甲冑の留め金は、そう簡単には外れなかった。汚泥や血が入り込み、丁寧な作業は望めない。仕方なく、アルプが渡してくれた工具で無理やりに留め金を破壊していくしかなかった。意識のない男たちの身体は思っていたよりも動かしづらく、やればやるほどアリスンの手先も足腰も動かなくなってくる。休憩してもいいとアルプから言われたが、他の者が誰も休もうとしていない中で、アリスンだけが休む気にはなれなかった。
アリスンとアルプが甲冑を外すと、その後ろから他の人間が順番に清潔な布とお湯で、患者たちの身体を拭き清めていく。中には、その時点で「助からない」と判断され礼拝堂の外に運ばれていく者もいた。その者たちは礼拝堂の裏に急ごしらえで張られたテントに収容されるようだ。あまりのことに、言葉を発することもできないアリスンにアルプが「立ち止まるのは今じゃないからね」とだけ言う。
作業に没頭していると、明らかに一人だけ異質な鎧をつけている兵士がいることにアリスンは気がついた。鎧の材質も色も、何もかにも違う。アリスンは震える手で、兵士の顔についた泥を拭う。
乾いてこびりついた泥の下から出てきたのは、アリスンの良く知る顔だった。
すべての作業を終えた時には、すでに日が変わっていた。
アリスンはぐったりとして、重たい身体を引きずるようにして礼拝堂から外に出る。作業に従事していた者たちが、礼拝堂から運び出した椅子に座りこんで動けなくなっているのが見えた。
アリスンも、その中の一脚の椅子に崩れるように身体を預けた。ぼんやりと空を見上げると、梟の啼く声が聴こえてくる。ぼんやりと、その声に耳を傾けていると、誰かがアリスンの肩を叩いた。
「おつかれさまです。お部屋で休まれてはいかがです?」
パティだった。手には丸い白パンの入った籠を持っている。アリスンは、そこからパンを二個取って、「だめ、脚が重たくて全然動けないんだ」と言うと、もそもそとパンを咀嚼する。パティの後ろから、厨房で働くイダが紅茶の入ったカップを配って歩くのが見えてアリスンは手を上げた。
早足でやって来たイダが、「ほら、アリー。ゆっくり飲んで。熱いよ」とカップを差し出す。礼を言って、アリスンはカップを受け取った。ゆっくりと紅茶を口に含むと、身体がじんわりと温かくなっていくのを感じる。ガチガチになっていた手先の指に力がゆっくりと戻って来た。
「中は酷い様子だよ。手当をしていても、どんどん消えていく命があって、そういう兵士の遺体は、どんどん外に運び出されていく。戦争だなんて、全然ピンとこなかったけど、マガリテでは恐ろしいことが起こっているんだ……」
目の前で、冷たくなっていく男たちをただ見ていることしか、アリスンにはできなかった。
「ヨンジャさんから聞いたんだけど、ガレスの皇太子にリリアが色々と吹き込んで戦をけしかけた可能性が高い。もちろん、皇太子にも思惑があるらしいが」
「リリア様は、女王になるという野望を諦めきれなかったと?」
アリスンは、「そうらしい」と、パティにしか聞こえないような小声で呟く。
「愚かなことを……」
パティは投げつけるように言った。
愚かだと、アリスンにはそう言いきれなかった。
リリアは自分らしく生きるために、その道しか選べなかったのだろう。ただ、今日のような恐ろしい光景を目にしてしまうと、このような被害を出してまで貫かなければいけない道とは何なのだろうと、思わずにはいれない。
「実は、礼拝堂の患者の中に、サンカル将軍がいた。肩と右脚に大きな傷があり、命は助かりそうだ。さっき、医師とラレさんが特別な糸で縫合手術を終わらせた。ラレさんが言うには、明日には意識を取り戻すだろうって」
アリスンは言葉を続けた。
「将軍の意識が戻ったら、話をしてみようと思う。何が起こっているのか、ちゃんと確認したい」
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