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 話し合いが終わると、バルコニーから白いマントの《森の魔女》たちとリスが戻って来た。魔女たちは、一人一人自己紹介をしてくれた。キラズ、ラレ、ベイザというのが彼女たちの名前で、三人とも黒くて丸い眼鏡をかけている。三人とも姉妹のように白い髪をおかっぱにしていた。

「私たちは、よく四人そろって世界中を旅してるんだ。各地の森で妙薬を煎じたり、希少な植物を保護したり、行き倒れている人間を拾ってここに連れてくることもある。あんたの姉さんも、本人さえ望めばここに連れて来ても良かったんだがね」

 そう言ったのはキラズだった。つまり、リリアはここには来ない、という道を選んだのだ。

「上の世界は本当に物騒だよ。ここ数年であっちの森の面積はじわじわと減っているし、動物たちも暮らしにくくなってきている。森に対する畏怖や神秘性も、年々薄らぐ一方だしね。ヨンジャは仕方ないって言うけどさ、このままだと私たち《秘密の森》の一族の力も弱まるばかりじゃないか。昔みたいに、派手に空を飛んだり世界を一日で旅したり、嵐を起こすことも、遠くない未来には不可能になるかもね」

 どうやら《秘密の森》の一族が、上の世界でも魔法を使うためには、あちらの世界での森の力を介する必要があるようだ。

 ラレはブツブツとぼやくと、「お腹が減ったから、厨房に行くわ」と言って客間を出て行ってしまった。ベイザは、特に何も話はせず黙ってソファに腰かけている。

 ヨンジャが、アリスンに笑いかけた。

「そういうことで、アリー。私たちは少しの間ここに滞在させてもらうから、その間よろしく頼むよ。久しぶりにグラスに会ったら、あの子も顔色が良くて元気そうだし安心したよ。あんたと出会ってから、体調も上向きみたいだしね」

 こうして、四人の魔女との生活が始まった。


「アリスン様、魔女の皆さんはどのような方たちなのでしょう」

 パティが、就寝前にアリスンの部屋に訪ねて来てそう尋ねた。

「うーん、そうね。白いマントに黒い丸眼鏡姿で……、なんだか不思議な方々よ」

「魔女というからには、何か不思議な力があるので?」

 好奇心を抑えられないといった様子で、パティは矢継ぎ早に質問を投げかけて来る。アリスンは、今日見たことを思い出しながら話す。

「みなさん、不思議な黒いバックを持っているのだけれど、そこからは何でも出て来るの。温かいカップに入った紅茶とか焼き立てのお菓子とか。信じられない! それに、こちらが心の中で考えていることが手に取るようにわかるみたいで、少し恐ろしい気もした」

「まあ」

「でも、怖くはないよ。ヨンジャさんは肩にリスを乗せていて、そのリスは木の実を持って、色々なところに走っていくんだ。魔女って、昔はもっと色々なことができたみたいなんだけど、今では力が弱まっているらしい」

 客間で聞いた話をパティに伝えると、彼女はとても興味深く聞いている。

「色々な国を巡って旅をするだなんて、素敵だわ」

「うん、そうだね」

 寝台に並んで座りながら、アリスンはどこか心ここにあらずだった。ヨンジャから問われた『選択』のことだけは、誰にも相談できないからだ。

「アリスン様、私そろそろ部屋に戻りますね。明日は、ナスリ様と市場に行く約束をしているのです。日用品の買い出しに連れて行って下さるみたいで」

 パティはナスリに可愛がられ、仕事も色々と教えてもらっているようだった。明日は、アリスンはヨンジャから森のピクニックと乗馬に誘われていた。そのことを伝えると、パティは「ブラゴジ王と遠乗りに行かれていた時のことを思い出します」、とだけ言った。


 四人の魔女は、邸宅に滞在している間は当たり前のようにアリスンを伴っていた。その様子に、誰かが「アリーは五人目の魔女になるんじゃない?」と言って笑ったほどだ。この言葉はあながち冗談ではなく、実際アリスンは短い間に色々なことを魔女たちから教わることになった。

 馬と一体化して、風のように走る魔法。森の木々の葉が激しく踊るための口笛。地中に広がる大樹の根を、大きく動かす呪文。どれも、森と一体化して心を落ち着けないと使えない《魔法》なのだと言われたが、アリスンの首飾りがその魔法を使う手助けをしてくれた。

 邸宅から数キロ離れた先の森の中に、魔女の声がこだまする。

「ちょっと、アリー! あんたも、この鞄から何か取り出してみなさいよ」

 ラレからそう言われて、アリスンは彼女の鞄を開けて、怖々と手を入れてみる。何か、つるりとしたものが手に触れたので、それを掴んで取り出してみた。ラレが、それを見て首を傾げる。

「なんだい、これは」

「これは、あれだよ。魔法の空気銃だよ」

 教えてくれたのはキラズだった。

「でも、こんな小さなものは見たことがないけどね」

 本来、空気銃はアリスンの身長の半分くらいあってもおかしくない大きさらしい。だが、これは彼女の手のひらにすっぽりと収まるようなものだった。新緑の色で、つるりとした質感。とても軽かい。

「ちょっと撃ってごらんよ」

 キラズに言われて、その小さな銃をアリスンは構えてみる。銃の仕組みは単純で、銃に付いている小さなタンクに魔力を充填させて、引き金を引くだけ。


 カチリ


 銃の引き金は軽い。アリスンは引き金をしっかりと引いたが、銃は不発だった。

後ろから一連の流れを見ていたヨンジャが、「アリーの魔力が少なすぎるかもね」、と言った。

「森の力を身体にもっと取り入れられるようにすれば、より上質な森の魔力を操ることができるようになるだろうけど」

 アリスンは尋ねる。

「どうすれば、森の力を身体に取り込めるのですか?」

「単純なことだが、森のものを身体に取り込むといい」

「森のもの……。キノコや木の実などですか?」

 ヨンジャは、少し考えるようにして視線を動かした。

「まあ、そうなるね」

 《秘密の森》の一族であれば、特別なことをしなくても森の力を使いこなすことができるらしい。だが、アリスンはいくら首飾りを持っているとはいえ、普通の人間に過ぎなかった。ヨンジャたちから教えられた魔法も、本来の力の数十分の一くらいしか発揮できない。それでも、新しい知識を身に着けるのはアリスンにとっては楽しみ以外のなにものでもなかった。

 こんな日が四日ほど続いた。

この日は、四人の魔女とグラス、そしてアリスンの六人で森の散歩中だった。

異変があったのは、昼過ぎのことだ。

森の上空から一羽の鷹が急降下してきたかと思ったら、キッキッキッキッと鋭い鳴き声を発した。それに鋭く反応したのはヨンジャの肩に乗ったリスのライリーだった。ライリーは、突然ヨンジャの肩から降りて走り出す。

 いつもは喋らないベンザが、「誰か落ちて来たよ! 西の魔の森だ」と、鋭い声を上げたかと思うと、滑るように走り始める。魔女たちは、年齢を感じさせない動きで森の中を飛ぶように進んでいく。対して、アリスンと車椅子のグラスは木の幹を避けながら、やっとの思いで魔女たちについていくしかない。

 前へ前へと進むうちに、どんどんと空が灰色に濡れていくのが見えてアリスンは必死で足を動かした。

「こっちだよ!」

 ヨンジャの声が響く。

 必死の思いでアリスンとグラスが魔女たちの場所までたどり着くと、そこにいたのは(おびただ)しい血に塗れた甲冑姿の男たちだった。あまりに濃い血の匂いに、アリスンは思わず手で鼻と口を覆った。鳥たちが木々の上で激しく鳴き、翼を動かす音が異様に大きく響き渡る。

「これは、マガリテの正規軍の甲冑じゃないのかい」

 ヨンジャが、倒れている兵士の甲冑に付着している血を手のひらで拭うと、その下から獅子の紋章が見える。

「何人いるのかわからないけれど、とりあえず彼らを回収して邸宅まで連れていく。ここに放置しておくわけにもいかない。この領域の森の胞子を長時間吸ったら、普通の人間には毒になる」

 ヨンジャの声を合図にして、魔女たちはそれぞれ黒い鞄を開いた。

キラズは、「こんなに入るかねぇ」と言いながら、どんどん男たちを鞄に突っ込んでいく。

 だが、こんな時でもヨンジャは落ち着いていて、

「アリー、グラス。あんたたちはキラズたちと邸宅に戻って、この男たちの介抱を手伝いなさい。首飾りがあっても、ここに長く留まるのは身体に良くないよ」と、きびきびと指示する。

「何が始まったのですか」

 そう問うたアリスンの唇は、震えていた。

ヨンジャの目が、じっとアリスンを見据える。

「マガリテとガレスの協定が破られたんだろう。両軍が国境沿いの森で交戦を始めたのかもしれない。そうだとすると、マガリテの兵士しかいないのが少々不可解だけど」

「そんな……戦争が始まったということですか?」

「まだわからない。このあたりをもう少し見まわってから、私は邸宅に戻ることにするよ。今、できることをやるしかない」

 ヨンジャがアリスンの肩を叩いた。

「頼んだよ」


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