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 客間を訪ねたのは、午後三時過ぎのことだった。

 アリスンがドアをノックすると、「よく来たねえ!」と言って、ヨンジャが迎えてくれた。茶色を基調にした落ち着いた客間で、白いマントの老女四人が寛いでいる。

「どうして自分がここに呼ばれたのか、全然わからないって顔をしているね」

 ヨンジャの言葉に、アリスンはこくりと頷く。

 ヨンジャ以外の三人が、「ちょっと私らは森の様子を見て来るわ」と告げ、そのままバルコニーへと出ていく。そこに一陣の風が吹き、白いマントがアリスンの視界で揺れたかと思うと、次の瞬間には消えた。驚いた顔をしているアリスンに、「私らは《秘密の森》の一族だよ。時代と国によっては《森の魔女》とか《森の預言者》とも呼ばれることがある。これくらい、お手のものさ」とヨンジャは笑う。

「マガリテの王女っていっても、あんたと姉さんはまったく違う性質を持っているようだね」

「姉を知っているんですか⁉」

「知っているよ。この前、会ったばかりだ」

 アリスンにソファに腰かけるように言うと、ヨンジャも隣のソファに腰かける。

ヨンジャが黒い鞄を引き寄せ、その中をごそごそとかき回すと、一脚のティーカップが出て来た。

「どうぞ、飲みなさい」

 信じられないことに、中には熱々の紅茶が並々と注がれている。続けて、鞄の中からは焼き菓子やチョコレート、いくつかの木の実が出てきた。ヨンジャの肩に乗っていたリスが、その木の実を両手で掴むと、走ってバルコニーへと出て行った。

 紅茶は林檎の香りがして、口に含むと頭がすっきりするような清涼感がある。ヨンジャは自分の分のティーカップも鞄から取り出すと、喋り始めた。

「あんたの姉さんと私たちが出会ったのは、マガリテとガレスの国境沿いでだ。ブラゴジ王が崩御して、すぐのことだね。あの娘は、縛られて猿轡(さるぐつわ)を噛ませられた状態で、馬車に乗せられていた。どうやら、あんたたちの母親は、嫌がる娘を無理やりにでも遠くの国に追いやりたかったようだね。私は、猿轡を取って甘い蜂蜜と水を与えてやった」

 姉が、あれからどうなったのか。ガレスから請われて、皇太子スヴェトの妃として嫁ぐことになった、ということしかアリスンは知らない。

「体のいい厄介払いだね。ガレスの後宮には皇帝トドルの愛妾が三百はいるし、スヴェトにも既に妻が三人いる。あんたの姉さんは、四人目の妻として持参金付きで後宮に放り込まれたんだよ」

「姉は、リリアは無事なのですか」

 どうやら、アリスンとリリアまったく違う境遇にあるらしい。

「ガレスの後宮は、皇帝一族以外の男子は禁制。不興を買った身分の低い女は、容赦なく手足の骨を折られて捨てられる、とも言われているよ」

 そんな……。あまりの怖ろしい内容に、アリスンの手足が一気に冷えていく。

「けど、あんたの姉さんは母親の性質を一番色濃く継いでいるのかもねえ。転んでもタダじゃ起きない性質(タチ)なんだ。皇太子スヴェトの後宮での私室の模様替えに乗じて、絨毯に隠れて部屋に忍び込むと、まんまとスヴェトの寵愛を受けるに至ったようだ。それどころか……」

 ヨンジャは呆れたように唇を捻じ曲げる。

「マガリテの女王に相応しいのは自分だと主張して、スヴェトに対して兵士を母国へ送るように進言しているようだ」

 あまりのことに、アリスンは言葉を失う。リリアは、まだ諦めていないのだ。

「皇帝トドルは、マガリテとの協定もあることから挙兵には後ろ向きだ。だが、皇太子スヴェトは優秀な弟たちとの後継指名争いもあることから、ここらで何らかの功績を上げたいと考えている。もしかすると、リリアの話に乗って挙兵するかもしれないねぇ」

 そこまで話すと、ヨンジャはじっとアリスンの顔を見た。

「あんたはこれから、どうするつもりだい?」

「わたし、わたしは……」

「アリー、あんたが首から下げているその首飾り。それは、代々マガリテの王だけが受け継ぐものなんだ。それを持つのであれば、これから自分がどうしたいのか、きちんと考えないといけないよ」

 アリスンは、両手で首飾りに触れる。父王から、あの日渡された首飾り。父はどのような想いで自分にこれを託したのか。

お父様は、わたしが女王に相応しいと考えて、これを渡してくれた? 

でも、お母様や叔父様、マガリテ国教の最高指導者が認めないと、女王になるだなんて不可能だ。

「そんなことないさ」

 まるでアリスンの心を読んだかのようなタイミングでヨンジャが声を発した。

「あんたが望めば、王にはなれるだろう。ただ、王になって何がしたいのか、それが問題でもある」

 王になりたいだなんて、今まで一度も思ったことはなかった。ただ、父と母にとって善き娘でいたかった。でも、もうあの頃に戻ることは不可能だ。

 ヨンジャは、アリスンの心の中を覗き込むようにしてこちらを見ている。

「決断の時は迫っているよ。その時になったら、あんたは望むと望まざるとに関わらず自分で選び取らないといけない。誰も、その責任を肩代わりすることはできない」

 ティーカップのお茶はとっくに冷めきってしまった。

わたしは、どうしたらいいんだろう? 

その疑問は、どこにも行き場がないままアリスンの中に深く突き刺さっていくものだった。


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