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冬が過ぎて春になり、皆が楽しみにしている春の祭典の日が近づいてきた。
祭りは三日間、昼夜を問わず開催される。白い服を身に着けて、蜂蜜酒やレモンの果実酒を片手に公園や庭にテントを張って過ごしたり、海辺で過ごす。この期間になると、家族がいるものは三日間仕事休みになることもある。
そうなると、逆にアリスンとパティは忙しい。
祭りの最中にリュビサスを訪ねて来る《秘密の森》の一族をもてなすための、料理や酒の準備、宿泊する部屋の清掃で朝から晩まで働き通しだ。厨房のヘルプに入ったり、邸宅の清掃を手伝ったりと、休む暇もない。
一日目。遠方の森に住むというグラスの祖母を名乗る女性が訪ねてきた。
「あら、あなたがアリーね。よろしく」
こちらから挨拶をする前に、その人はアリスンに気安く声をかけた。邸宅の玄関で、アリスンは驚いて相手をまじまじと見つめる。
「私の名前はヨンジャ。グラスのおばあちゃんだよ」
白くたっぷりとしたマントに、黒革の大きな鞄。背がすらりと高く、丸い黒眼鏡の下の目は見えない。肩にはリスが一匹乗っている。そして、ヨンジャの後ろには白マント姿の老女が、ヨンジャと同じような黒い鞄を持って三人並んでいた。
「上がらせてもらいますよ」
ヨンジャたちは、そのまま連れ立って玄関から本邸の中に入ると、すいすいと階段で上階まで上がっていく。そんな彼女たちに圧倒され、アリスンは、ただ後ろから追いかけていくしかない。
三階に到達したヨンジャたちは、迷いもなく書斎へと向かった。二度、ノックをしてドアを開けると全員が書斎へと入っていく。アリスンが一番最後に書斎へと入った時には、すでにヨンジャたちはソファに腰かけていた。邸宅の主であるリュビサスは壁のマントルピースの前に立っており、アリスンに声をかける。
「アリスン、ナスリに言ってお茶とお菓子を持ってきてくれないかな。そして、グラスを連れてきて欲しい」
アリスンが書斎を出ると、ワゴンを押したナスリが昇降機から降りてきたところだった。ワゴンにはティーコジーに包まれたティーポットとカップ、焼き菓子がこんもり乗っている。
来客があったことを知らせていないのに、どうしてこんなにも早く準備ができたのだろう。不思議に思いながらも、廊下の端に寄ると「早くグラス様をお連れしてちょうだいね」と、ナスリが言った。
グラスの私室へ行くと、彼はまだ寝台でまどろんでいる。彼は、毎年この時期になると気鬱になるらしかった。
「もしかして、背中が痛い? さすろうか? ヨンジャさん……、グラスのおばあちゃんが訪ねて来たから、呼びに来たんだけど」
「ばあちゃん⁉ もう来てるの?」
ヨンジャの名前を出すと、グラスが勢いよく寝台から起き上がろうとして、よろめく。アリスンは、そんなグラスの上半身を咄嗟に支えると、「ゆっくりね」と声をかけた。
グラスから特別な指示がなくとも、彼が祖母と会うための服をアリスンは選ぶ。グラスは文句も言わず、白の襟付きのシャツに、麻のパンツを合わせて車椅子で書斎へと急ぐ。
「ばあちゃん!」
勢いよく書斎へと飛び込んだグラスが、ゆったりとソファでくつろいでいるヨンジャの元へと進んでいく。アリーは頭を下げ、室内後方で控えているナスリの横に並んで立った。
「いつまで滞在してくれるの?」
「そうさねえ、一週間くらいかね」
同意を求めるように、ヨンジャは隣に並んで座る老女たちに話を振る。彼女らは、焼き菓子をつまみながら「そんなもんかね」「そんなもんだろうさ」などと口々に言った。
そんな彼女たちに向かって、リュビサスが言う。
「事前にいらっしゃることを教えておいていただければ、もてなしの準備もできたのですが」
「あら、義理の息子の家で特別にもてなしてもらおうなんて、私もこの人たちも思ってないよ。可愛い孫の顔も見たいし、こっちに用事もあるから仲間たちと来訪したんだ」
いつもは余裕のあるリュビサスが、いらいらしているように見えるのは気のせいだろうか。彼は、ヨンジャから距離を取るように窓際の傍まで移動して、一人掛けのソファに腰かける。
「用事って? 祭りを楽しみに来られたのですか」
リュビサスの言葉に、ヨンジャは「それもある」と答えて、「じつは、この人たちと一緒に地上の国を見て来たんだけど、そろそろ大きな衝突が起きそうだね」と言った。
「そうですか、まあ上で何が起きようと我々の知ったことではありませんよ」
薄く笑ったリュビサスに、「嘘を言うんじゃないよ。上で何かあるたびに、あんたが介入していることは私たちも知っているよ。この前も、マガリテに強制連行されるファライザの民を助けたそうじゃないか。海上の船の上から大量の人間が消えたって、上ではちょっとした騒ぎになってたよ」と、ヨンジャがピシャリと言う。
アリスンにとっては、初めて聞く話だった。以前、アリスンとパティを助けたように、リュビサスは同様のことをしているらしい。
「人助けとは結構なことだけどね。ディライだって生きていたら、あんたと同じことをしたかもしれない。あの子も、たいがいお節介だったから」
ヨンジャはそう言うと、ナスリの隣に立っているアリスンへと視線を移した。
「マガリテのアリスン、リュビサスがどうしてあなたを助けたのかを知っている?」
アリスンは困惑する。
どうして?
「わたしが、困っていたから……? それに、あの首飾りを持っているからでしょうか。他に何か理由があるのでしょうか」
ヨンジャが口を開くより早く、リュビサスが答える。
「他に理由はない」
その場の空気が震えた。
ヨンジャはティーカップからやや冷めてしまったお茶を飲むと、ゆっくりと立ち上がってアリスンの耳元で囁く。
「あとで二階の客間に来てくれる? 話があります」
とても静かで、時が止まったように感じられた。その場にいる誰も、ヨンジャがアリスンに声を掛けたことに気がついていないようだった。そんなことがあるだろうか。
アリスンは、ゆっくりと頷いていた。




