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 夕飯のために邸宅本邸の食堂へ行くと、すでにグラスが席についていた。アリスンは「お腹ペコペコだよ」と言って、グラスの正面の席につく。

「来ないかと思った」

「え、どうして?」

 食前の果実水を少量だけ口に含むと、爽やかな林檎の香りが鼻から抜けていく。

「なんでって、お前あいつらとスケートした後、誘われてただろ。花火。パティも行ったみたいだし」

 給仕が運んできたクルミのパンを取り分けながら、アリスンは首を捻る。

「うん、誘われたけど」

「本当は行きたかったんだろ。俺と晩飯食う約束しているからって、無理にこっち優先する必要ないからな。行きたいんだったら、あいつらと行けよ」

 アリスンはちぎったパンをインゲンのスープに浸して口に含む。

「別に、わたしはグラスとご飯食べたいと思ってるから、こっちを優先したんだけど」

「嘘つくなよ!」

「嘘なんかつく必要ないし」

 どうして、そんなにカリカリしてるの? 

 そう言ってやろうかと思ったが、料理に手をつける様子のないグラスを見て、アリスンは給仕に声をかける。

「ごめんなさい。ちょっと二人で話があるから、こちらから声をかけるまで外してくれませんか?」

 給仕が退室したので、アリスンはため息をついた。

「そんな風に、一方的に膨れられても困るな。どうして、怒っているの? グラスは本当は今日は一人で晩御飯を食べたかった? だったら言って。わたしは部屋に戻るから」

「行くな! ここにいろ!」

 そう言われて、アリスンは椅子から立ち上がった。グラスがはっとしてアリスンの顔を見る。アリスンはそのまま勢いよく歩くと、グラスの横の席へと座りなおした。

「ここにいるよ。それでいい?」

 そう言ったアリスンの顔を、グラスがじっと見つめる。

「朝から、お前たちが湖でスキーしているのを俺は見ていた」

「うん」

 グラスの部屋からは湖が見えるだろう。だが、彼の発言は少し奇妙なものだった。

「お前は仲間から花火に行かないか誘われていた。俺と約束があると言って断った。その後、年の近そうな男から名前と年を聞かれてた」

 まるで、近くでアリスンたちの会話を聞いていたかのように話す。

「何人かの男が、アリーのことを可愛いって言って褒めていた。お前は、それを否定しなかった」

「えっ、ああいう時って否定したほうがいいの? どうせお世辞でしょ。ありがとうって言っておけばいいじゃん」

 そんなアリスンの言葉に、グラスがむくれる。

「それよりさ、どうしてグラスはわたしたちがそういう会話をしていたことを知っているの? 本当は近くで見ていたとか?」

 グラスは黙り込んだ。

当たらずとも遠からず、グラスは《秘密の森》の一族としての力を使ったのだ。上空を飛ぶ鳥の目と耳を借りて、湖の上でスキーを楽しむ若者たちの会話を盗み聞きした。

「ま、別になんでもいいけど。聞かれて困るようなこと、わたしは言ってないもの」

 アリスンはそう言うと、隣のグラスをじっと見つめた。

「リュビサス様から、グラスの話し相手になって欲しいって言われたのが切っ掛けだったけど、別に嫌々やってるわけじゃないからね。わたし、グラスと一緒にいるとすごく落ち着くというか、楽なの。花火は、あの子たちと行きたいと思ったら、ちゃんとあなたにそう言うし。今日はそういう気分じゃなかった。それでいい?」

 グラスが、アリスンの顔を見る。

「俺は、腹の中で思っていることと、口にすることがバラバラな奴が死ぬほど嫌いなんだ。アリー、お前は俺のこと裏切るなよ」

「うん」

 アリスンが頷いた時、食堂の窓が明るく光った。離れた先で打ち上げられている花火の音も微かに聴こえる。

「グラス、外に出て二人で花火見ない?」

 アリスンの急な提案にグラスは驚いている。

「は? 夜だから寒いだろ」

「そうだけど、厚着して少しだけ見ようよ。暖かいお茶でも用意して出たらいいよ」

「はぁ?」

 文句を言いながらも、グラスは「じゃあ用意してくるから」と言って部屋に戻ると、すぐに厚着をして戻って来た。二人が本邸を出て、湖の前にまで来ると、花火が打ち上げられる音がして、少し遅れて山の向こうから花火が見える。

 思っていたよりも、花火は見えないし足元が冷える。それでも、グラスは文句も言わずじっと打ちあがる花火を見ている。

 そのうちに、アリスンの右手の甲をグラスの左手がかすめたかと思うと、二人の手は絡み合っていた。

「思っていたのと違う。三階の俺の部屋の窓から見たほうが、綺麗に見えるかも」

 ぼそぼそと呟くように喋るグラスに、アリスンは「なにそれ」と言って笑った。

「でもさ、部屋の中は温かいでしょ。こうやって、二人でひっついて花火を見る必要もないじゃない」

「それもそうか」

 グラスの指が、先ほどよりも強くアリスンの指を握った。


 そんな二人を、ずっと見ている者たちがいた。

 リュビサスとナスリだ。

 二人は、書斎から花火を眺めていたのだが、その位置からは湖の前にまで歩いてきた若い二人が良く見えた。

「息子は、アリスンにかなり心を開いているようだね」

 書斎の窓から外を見ながら、リュビサスは隣に立つナスリを見下ろす。

「あなたがアリーにお命じになられたのですよ。グラス様の話し相手になるように、と」

「話し相手、か。どうも、それ以上の存在になってしまったようだけどね」

 ナスリは、空になったリュビサスのグラスに酒を注いだ。リュビサスは唇を歪めるようにして、息子と並んで立つアリスンを見ている。

「冬が終わって春になれば、土の中から色々な虫が這い出して来るだろう。その時が楽しみだよ、本当に」

 ナスリはリュビサスに頭を下げると、そのまま書斎から退出しようとした。だが、そんな彼女にリュビサスは声を掛ける。

「今日は、ここにいればいいだろ。本邸の者もほとんど出払っているんだから、誰も何も言わないよ」

 ナスリは、一瞬迷うようなそぶりを見せたが、そのままここに留まることにした。


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