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アリスンとグラスを乗せた車が、目的地へと到着した。

 そこは一見、ただの丘のように見える。

(ここが、森の墓地? 何もないじゃない)

 アリスンは困惑した。墓地と言うのであれば、墓標や教会があると思っていたからだ。だが、ここにあるのはただの丘だ。芝も休眠期なので青々とはしておらず、茶色のため、どことなく寂しい印象を受けてしまう。

 運転手がグラスの車椅子を車から降ろし、グラスは車椅子に乗り移った。

「こっち」

 言葉少ななグラスを、アリスンは速足で追いかけていく。丘を登っていくと、大きくて簡素な塔が建っているのが見えてきた。丘の向こうには、雄大な山々が(そび)え立っている。

 一度立ち止まって下を見下ろすと、アリスン自身も自然の一部になったように感じられた。

「不思議な場所ね。ここが、森の墓地なの?」

「そうだ。ここでは、死者は円環の(ことわり)によって森に還り、また何者かに生まれ変わるといわれている。ここは、生者が還る場所なんだ」

 マガリテでは、死者は地の底の国に堕とされ、罪のない者のみが天の国に昇ることができるといわれている。マガリテ国教の教えである。マガリテ国教の、この教えがあるからこそ、マガリテとガレスの国境の森の地下にあるといわれている《秘密の森》は、不吉な場所だと認識されていた。

 アリスンは、幼い頃の自分とパティとの邂逅(かいこう)を思い出す。

「マガリテでは、前世で罪を犯した者は現世では身体に障りを持って生まれてくる、といわれている。マガリテ国教の教えなんだ。だから、障害を持って生まれたものは森に捨てられることも珍しくない」

 あの時、父王がああ言わなければパティも森に捨て置かれていただろう。

「くだらないな。そんなこと、お前は信じていたのか?」

 馬鹿にするように鼻で笑ったグラスに、アリスンは「少しだけ」と言う。

「おかしいって思ったけど、何がおかしいのかは分からなかった。今なら、全部おかしいってわかるよ。だって、貴族たちは死後に天の国に昇るために、生前に国教に莫大な寄付をするんだから。その寄付が多ければ多いほど、天の国に昇れるってことになっている。だから、王族や、それに連なる貴族たちは、金の力で天の国で暮らすことが約束される」

 この地での《円環の理》と呼ばれるものが正しいとか正しくないとか、そんなことを言うつもりはアリスンにはまったくない。それを判断しようとも思わない。ただ、自分が生まれ育った国のそれは、かなり(いびつ)で偏ったものだったのではないかと今なら思えた。

 グラスは、そのままゆっくりと丘の上を移動していく。左手に小さな灰色の建物が見えてきた。小さな案内板が立っており、そこが火葬場であることが記されている。

つい今しがた、荼毘(だび)に付された死者がいたのだろう。家族だろうと思われるものたちが数人、外のベンチに腰掛けて祈るように目を瞑っていた。

 グラスは、どんどんと前に進み、丘を越えて森の中へと進んでいく。森の中には、灰色の小さな家のような建物が建っていたが、そこも通り越し五分ほど進む。

やがて森を切り開いた墓地が現れた。大小の墓石は、四角いものもあれば、ただの丸い岩のようなものもあり統一性はない。ただ、そこは静かで、ときおり風が通り抜ける音だけがした。そして、ぐっと湿った森の匂いがぐっと濃いものになり、二人を包む。

「ここに、俺の母が眠っている。母の命日は、俺の誕生日でもある」

 そう言って、グラスは小さな丸い石の前で車椅子を止めた。あの邸宅では誰もリュビサスの妻の話をしないし、誰もグラスの母の話をしない。だから、アリスンはなんとなく、『その人』はもうこの世にはいないものと思っていた。

「俺、ここに他人を連れてくるのは初めてなんだ。なんとなく、アリーなら連れて来てもいいかなって思った。悪いな」

「全然悪くないよ。いつでも誘って。わたし、ここに来れてよかったよ。でも、リュビサス様とは来なくてよかったの?」

 グラスが振り向いた。

「俺、親父とはここに来たことないからな」

 どうして? 

 そう聞いてはいけない気がして、アリスンは黙り込む。

「あいつ、俺と必要最低限しか会話もしないんだ。図面の引き方は親父から教わったけど、もう飯も何年も一緒に取ったことないし」

「えっ、じゃあ本邸の一階の食堂で、親子別々に食べているの?」

「そうだけど」

 当たり前だろ、とグラスがぼやく。

「寂しくない?」

「別に。そんなもんだと思えば、これが普通だしな」

 アリスンも王族ということもあり、家族だけで食卓を囲むという事は難しかった。毒見役や来客者と食事を取ることも多かったし、使用人たちにかしずかれながら食事を口に運びながら孤独を感じたことがある。

「じゃあさ、今度から私も一緒に晩御飯食べようか?」

 気がついた時には、何も考えずにアリスンの口から言葉が飛び出していた。一度飛び出した言葉はそのまま、森に吸い込まれて消えていく。そして、ポカンと口を開けているグラスの顔が徐々に朱に染まっていく。

「いや、俺一人で食べるの寂しいなんて言ってないだろ! 変な事言うなよ!」

「えっ、ごめん。でも、わたしがグラスとご飯食べたいなって思ったんだよ。使用人棟でみんなでご飯食べるの楽しいから、グラスとも食べたいなって」

 アリスンの言葉に、グラスは詰まる。

「別に嫌ならいいよ。そうだよね、一人でもいいよね。もう、十五歳だし」

「嫌だとは言ってないだろ。いいよ、アリーが俺と食べたいのなら構わない」

 その言葉に、アリスンはゆっくり笑った。

「じゃあ、今日は誕生日の晩餐だね。楽しみ」

 そう言って、アリスンはグラスの母の墓石に視線を向ける。きっと、彼の母親もグラスが一人きりのままで過ごすことを喜ばないだろう。


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