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《秘密の森》に冬が到来した。

十一の月上旬から三の月中旬まで、森のユズガが毒を撒くので動物たちは冬眠し、人間も森には立ち入らない。毒に耐性のある《秘密の森》の一族だけは、その期間も森に入ることができるが、あえて立ち入ることはしないらしい。

 今年は例年よりは雪が少ないらしく、雪かきの負担も大きくはないということで、邸宅の使用人たちは比較的ゆっくりと過ごしている。

 そんな時でも、グラスは生活習慣をほぼ変えることなく暮らしていた。

そんな彼の話し相手として、アリスンも毎日グラスの部屋に通っている。グラスは三日に一度は、酷く背中が痛むらしく、そんな時にはアリスンが彼の背と腰を揉み温かい湯たんぽで暖める。冬は、他の季節と比べても関節が痛むらしい。部屋を暖めて、グラスの脂汗の浮いた額を布で拭ってやり、熱い薬湯を入れてゆっくりと飲ませると、ようやく彼の痛みは引いてくる。

そんな日は椅子に座って図面を引くことは難しいので、グラスはとりとめのない話をアリスンと交わすことが多い。

十二の月になり、窓の外のちらつく雪を眺めながらグラスが「明日、俺の誕生日なんだ」と言った。

「えっ、いくつになるんだっけ」

 寝台の横の椅子に腰かけたアリスンは、編み物をしながらグラスと話していたが思わず手を止める。

「十五歳。アリーは今いくつ?」

「今は十六歳。四月になったら十七歳になるよ」

「お前の方が、俺より二つ年上か」

「でも、グラスの方がわたしより物知りだし、大人だと思う」

 別におべっかを使おうと思ったわけではない。本当にそう思ったから言ったのだが、グラスは顔をしかめた。

「アリーも、もうちょっと筋力トレーニングとかしたほうがいいと思うぞ。マガリテでは何もしていなかったのか? 乗馬とか剣とか射撃とか」

「父が元気だったころは色々挑戦させてもらえたんだけど……」

 母は、アリスンが活動的に過ごすことを快く思っていなかったようで、父が病床についてからは大好きだった乗馬は禁じられてしまった。

「冬のうちは室内トレーニングとスケートでもやって、春になれば乗馬でもやったらどうだ? ナスリに言っといてやるからさ」

「スケートって、何?」

「え、あー。凍った氷の上を滑るんだよ。邸宅の横の湖が来月になると凍るから、スケート靴を履いて練習すればいい」

 アリスンには、まったく想像の及ばない遊びだった。

「面白いの?」

「さあ、俺はやったことないからな。みんな、楽しそうに騒いでいるから面白いんじゃないか」

 グラスは車椅子だから、湖でのスケート遊びには参加できないらしい。

「あ、あとさ。明日、ちょっと出かけたいところがあるから一緒に来てくれ」

「いいよ。図書館?」

 あれから、週に一度は二人そろって図書館へ出かけている。だが、グラスは「森の墓地」とだけ言うと、その後はぷっつりと喋らなくなってしまった。


 森の墓地というところは邸宅から山を二つ越えた、車で一時間半くらいの場所にあるらしい。

そこへ向かうために、いつもより早く朝食を取ったアリスンは、グラスと車の後部座席に並んで座る。車がゆっくりと動き出すと、「これ」と言って、グラスがアリスンに新聞を一部渡した。前日のマガリテで発行された朝刊だったが、見出しは【マガリテを脅威から守る】と勇ましい。

「あっちにいる、うちの斥候が送って来た。今年は暖冬みたいで、マガリテは雪があまり降っていない。おかげで、軍事侵攻も可能だと上層部は考えたみたいだな」

 アリスンは、黙って新聞に目を通す。


【マガリテ国内に多数潜伏するファライザの間諜を拘束。抗議した駐在大使を国外追放】


【駐在大使やファライザに協力するマガリテ国内貴族の財産を没収、接収】


【ファライザ自治領には、現在多数の先鋭化したテロリストたちが潜伏している。マガリテとしては、これはとうてい看過できないことである。自治領には、少なくない我が国の民も居住しているため、彼らを救い出すためにも一刻も早い軍事行動を起こすべきである】


 物々しいというか、かなり前のめりの論調だといえるだろう。アリスンは首を捻った。

「あくまでも、自治領に潜伏しているテロリストたちを叩くために、軍事行動を起こすということ? 訳が分からない。これが本当なら、ファライザと連携をとって動くべきだよ」

 何度読んでも、筋の通らない記事だ。

「すでに海軍の一部が自治領を取り囲んで、今にもファライザ自治領に上陸しようとしているらしい。自治領側は本国と連携して、数日前から領民を本国へと脱出させている。このまま、マガリテは自治領を占拠するだろうな」

 横目で記事を見ながら、落ち着いた様子でグラスは語る。

「マガリテの貧民窟の人間と、希望者を自治領に送る計画もマガリテでは発表されている。第一次移民には、少なくない移住協力金が支払われる。自治領を割譲させて、そこに自国民を定住させ、名実ともに自治領をマガリテの一部にするつもりだろう。マガリテ国教の最高指導者であるパヤームが、自治領に教会を設立すると発表したらしいから王族は国教の後ろ盾を得ているわけだ」

 アリスンは、パヤームの姿を思い出す。彼は、父の不審な死に関わった重要人物の一人だ。

「こんなことが、許されるの?」

 まさか、幼い弟が音頭を取っているはずがない。すべて、母や叔父たちが何らかの目的があってやっていることだろう。

「何のために、こんなことを……」

 アリスンの言葉に、グラスは答える。

「ファライザも動いている。マガリテの背後のガレス帝国に書簡を送って、マガリテを牽制するように動いているようだし、ガレスの背後にそびえる連峰の背後の秦蘭国にも協力を要請するようだ。時間との戦いになるだろう」

 車内が重苦しい空気に包まれる。だが、今日の天気はそれとは正反対で、恐ろしいくらい晴れ渡っていた。


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