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 この日の夜、アリスンはパティの部屋へと足を運んだ。

 パティの部屋はすっきりと片付いている。アリスンの部屋と広さは同じくらいかもしれないが、単純な動線で動き回りやすいように家具が配置されていた。必要な場所には、手すりも取り付けられている。

 お茶を入れてくれようとしたパティの手から、「わたしにやらせて」とポットを取ると、アリスンはベッドにパティを座らせた。

「楽しかった? 森での木の実拾い」

「はい、とっても!」

 よっぽど楽しかったのか、パティの声がいつもよりも早口になる。

「目の見えない私のために、杖を用意してもらったのですが、その杖の先に不思議な石が付いていたんです。その石のおかげで、初めて入る森の中でも安全に移動することができました」

 その石は《秘密の森》で採れる鉱物を加工したもので、地面の凸凹や人の五感では感知できないような些細な気配を感知することができるものらしい。小さく加工することは技術的にまだ難しいらしいが、将来的に盲目の人間が行動を制限されることなく一人で自由に行動できるように研究が進められているのだという。

「ここの技術は、マガリテよりも進んでいますよね」

「技術だけじゃないよ。考え方や、人の在り方がマガリテとは全然違うんだ」

「そうですね。今日の木の実拾いには、工業団地から家族連れも多く参加されていたのですが、私以外にも身体に何らかの障害がある参加者がいたようです。でも、特別扱いされるようなこともなく、他の人たちと混じって楽しんでいました。マガリテでは……、やはり私のようなものは肩身が狭かったので」

 パティは噛みしめるようにして、一つ一つの言葉を確かめるように話す。

「使用人棟も邸宅も、グラス様がいるからなのかもしれませんが、あまり床の段差がありませんよね。階段があるところにはスロープや、昇降機があります」

「そうなんだよね。今日、グラスと行った図書館でもそうだった! 昇降機がいたるところにあるから、車椅子でも移動しやすいし、パティみたいな子でも読める『点字』の本とか、読書人が本を読んでくれるサービスもあるんだよ」

 アリスンも興奮しながら、図書館で見たことやあったことを話しはじめた。

「それでね、わたしがマガリテの家庭教師から教わっていた歴史も、本当の歴史じゃないかもしれないんだ。わたしが読んでいたマガリテ王国史と、ここの図書館で読んだ王国史はちょっと違ったんだよ。大まかな流れは同じなんだけど、細かいところが違うっていうのかな」

「違うというのは、何がどう違うので?」

 ゆっくりと、パティが喉を潤すようにお茶を飲んだ。

「パティは、イビ王ってわかる?」

「えぇ、名前は。在位が短く、これといった功績がある方ではないと思いますが。一〇〇年ほど前の王ですね」

「その王様、国内の問題から国民の目を逸らせるために、ファライザ自治領に進軍しようとしたことがあるらしい。図書館の閲覧室で、当時の新聞を見せてもらった。自治領の漁師が七人乗っている漁船を拿捕して、船長を逮捕してマガリテに連れ帰り、即日処刑したらしい。船の動力源が故障して、ファライザに戻れなくなっていたただの民間人だったのに」

 記事によると、マガリテ側はファライザ自治領の漁師たちが持っていた海図をマガリテに潜入するための間諜であることの証拠であると言い張り、ファライザ本国側からの抗議を一切聞き入れなかったらしい。

「そのあと、自治領を割譲するように迫り、マガリテは自治領に進軍しようとしたらしい」

「そんな話、聞いたことがありません。何かの間違いでは?」

 パティの声が強張っている。

「当時のマガリテの新聞には載っているんだよ。ラジオでもニュースは流れたみたい。でも、軍を掌握できていなかったから進軍はできなかったんだって。幼い王から玉座を奪ったことを部下や国民から糾弾され続けて、最終的には毒殺されたらしい」

 当時は衝撃的なニュースとして国内を駆け巡ったのかもしれないが、マガリテは新しい王が即位すると情報統制を行い、正史からイビのことをほぼ消し去ってしまったらしい。

「ファライザ自治領には当時の事件を風化させないために、亡くなった漁師たちの墓と記念館が残されているらしい。ファライザの新聞と《秘密の森》の新聞を読んだんだけど、どちらにもこの事件のことが詳しく載っていた」

 ここまで話して、アリスンは黙りこんだ。パティが、そんなアリスンに身を寄せる。

「にわかには信じられませんが、アリスン様は信じたのですか」

 アリスンはゆっくり頷く。

「わたし、マガリテではもう死んでいることになっているんだ。国の神器を盗んで逃げようとした罪で投獄されて、自死したらしい」

「そのようですね」

「知ってたの?」

 パティが、驚いているアリスンの手を握る。

「使用人棟で他の人たちとご飯を食べると、みんなが色々と話しかけて来てくれます。私がマガリテから来たと知ると、マガリテの話題も振ってくれるんです。第二王女アリスンが自死したと聞かされて、では私が一緒にいるアリスン様は一体何者なのかと思いましたよ」

「うん」

「こう言っては何ですが、私はほっとしています。死んだという事であれば、もうあちらからアリスン様に対して接触してくるつもりはないはず。あなたは、マガリテの王女ですが、そのことをわかっているのは私とあなたと、一部の人だけでもいいと思います。ここにいる限りは安心ですからね」

 本当に?

 本当にそれでいいのだろうか。


 マガリテの第二王女は死んだ。


《秘密の森》の一族の邸宅で、過去を忘れて生きていく。ここでは、母から言われたように王女らしく生きることなんて考えなくてもいい。わたしは、ただのアリーでいてもいい。

でも、本当にそれでいいの? 

ぽつりと、何者かの声がアリスンに語り掛ける。その声は、アリスン自身の声に他ならなかった。


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