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アリスンはグラスと車に乗り、図書館へと出かけた。
図書館の外観は空に溶け込んでいきそうな青い色だった。
直方体の箱のようなデザインだが、正面玄関には曲線で組み合わされた螺旋階段や自由に腰掛けることができる美しいソファが無造作に置かれていた。そこでは、小さい子どもたちや、学生たちが楽しそうに語らっている。
正面玄関を抜けて昇降機で二階に上がると、そこは吹き抜けのある大きなホールになっている。
アリスンは思わず、「すごい」と声を上げて、周囲をぐるりと囲む円形状の本棚を見回した。本たちが見る者を圧倒するように、今にも「読んでくれ」と、声を上げていた。
「この本は、すべて手に取って読んでもいいの?」
「もちろんだ。貸出禁止の本もあるけれど、基本的にすべての本は貸出可能。俺は、隣の閲覧室で資料を見ているから、アリーは好きに本を読んでいるといい。過去の新聞の閲覧なら、司書に頼めばいい。じゃあな」
そう言うと、あっという間にグラスは車椅子で移動していく。アリスンはあっという間に一人にされてしまった。
しかし寂しくはない。
マガリテの王城内にあった私設図書館とは比べ物にならないほどの規模の図書館に、アリスンは胸の鼓動を抑えられなかった。
(まずは、マガリテの歴史について調べないと。わたしが知っているマガリテと、本当のマガリテの違いを知りたい。それに、この《秘密の森》のことも)
図書館の壁には、書籍の分類表が貼ってある。
どうやら、本のジャンルごとに背表紙に番号と記号が割り振られているようだ。歴史の本の場所を確認して、三階の棚へと移動すると熱心に本を選んでいる利用者がアリスン以外にも数人いる。
「マガリテ王国史に、詳説マガリテ史にマガリテ王国便覧か。いろいろあるんだ」
ほかにも、マガリテの宗教や神話に触れる本も思っているよりも沢山揃っている。アリスンは本棚から試しに数冊取り出し、そのまま本棚の裏の椅子に移動した。
まず、マガリテ王国史をめくってみると、歴代の王の名前や逸話が載っている。獅子王ラングレー、太陽王リングストンなど今もマガリテで語り継がれる勇猛な王以外にも、あまり国内で触れられない王たちのことも取り上げられていた。
そして、マガリテ王国史の最終部分には、アリスンの父であるブラゴジ王について記載されている。その一番の功績は、岩の帝国ガレスと海の向こうのファライザと講和を結びなおしたこと……。その部分を読んで、アリスンの目にはじわりと涙が浮かんできた。まだ、壮健だった時代の父の若かりし姿を思い出していた。ページをめくると、父王の果たせなかった政策についてが語られている。
【ブラゴジ王は即位前と即位直後には、貧民窟の解体と都の人口爆発問題が課題であると語り積極財政に前向きだったが、それを果たすことは難しい。王妃ローザが、四大貴族の一角であるダフサ家出身であることから、ブラゴジ王の打ち出す政策にはことごとく修正案が出される。貴族以外の優秀な人間を取り立てるための登用試験も、早いうちから形骸化された】
つまり、父と母は政治的に対立していたということか。
それがあって、母は父に毒を盛ったのだろうか。
アリスンは夢中で、マガリテに関する本を読み漁る。
【王妃ローザは、娘時分に街で買い物を楽しんでいる時に、たまたま公務中だった即位前のブラゴジ王に見初められ婚約にまでこぎつけた。四大貴族出身とはいうが、実際は本妻の子ではなく妾腹の娘である。本来であれば、王妃になるような身分の女ではない】
母が妾腹だということを、アリスンは今の今まで知らなかった。
この本に記載されていることは、正しいことなのだろうか。アリスンは本を持って、そのまま一階受付へと向かう。
過去の新聞を読みたい。マガリテに関する記事を読みたいと切り出すと、新聞が保存されているのは地下だと教えられる。
「地下の閲覧室入り口で、係員にいつ頃の新聞記事を読みたいのか申し出てください」
そう言われて、アリスンは地下へ向かう。信じられないくらいの本や資料がここには納められているようだ。
地下には、閉架図書と新聞閲覧室があるようだった。アリスンは係員に「マガリテに関する記事を読みたい」と声を掛ける。
「できれば、ブラゴジ王が即位する少し前からの新聞があれば読んでみたいんです。マガリテ国内の新聞と、他国の新聞社がマガリテについて報道したものを比較したいと思っていて」
そう伝えると、係員が閲覧室横の小さな部屋に入っていき、すぐに小柄な女性を伴って戻って来た。
「担当司書のファティマです。共通語以外で記載された新聞もありますが、どうされます?」
「とりあえずは共通語で書かれたものをお願いします。やはり、マガリテ国内で出回っている新聞の記事と、この《秘密の森》で出回っている新聞の記事だと内容は違いますよね?」
必死な様子のアリスンの様子を見て、何かを察したのかファティマは声を潜める。
「マガリテは情報統制されていますからね。何を知りたいのでしょうか」
「亡くなったブラゴジ王と王妃のローザについて、知りたいのです」
ファティマ、と名乗った司書は頷くと「ここで十分ほどお待ちいただけますか。該当する者を、お持ちします」と言うと暗い閲覧室の奥へと消えていった。
彼女が戻って来たのは、きっちり十分後だった。
手には、新聞が入っているのだろう木の箱を持っている。
「お待たせしました。こちらがマガリテ国内で発行されたものですね。すぐに、《秘密の森》で発行された同時期のものも、お持ちします」
ファティマが箱から新聞を取り出して、机の上に並べていく。アリスンも見たことがある、父と母の結婚式の写真が新聞の一面を飾っている。
「ブラゴジ王については、お生まれになった年から新聞にはよく載っています。つまり、マガリテ歴三七五年の四の月ですね。王太后ローザは……、成婚がマガリテ歴四〇〇年ですから、記事に出て来るのはその一年ほど前からですね」
目の前の記事を、アリスンはじっくりと眺める。娘の自分が知らない、両親の姿だった。
昼の十四の時を過ぎた頃になって、アリスンはグラスから声を掛けられた。
「アリー、アリー。帰るぞ」
夢中で紙面を追っていたアリスンは、はっとして振り向く。
いつの間にか、アリスンの真後ろにグラスの車椅子が迫っていた。
「なんだ、グラス様か……」
「おい、なんだよ。全然上に上がってこないから探しに来たのに、失礼な奴だな」
「ごめん」
元気のない様子のアリスンに、グラスは眉をひそめる。
「読みたいものは見つかったのか」
「うん、見つかったけど」
アリスンの肩口から、グラスが強引に上半身をねじ込んだ。アリスンの手元には、両親の写真が大写しになった新聞が置かれている。それを見たグラスは、「腹減っただろ。上の食堂で飯食って帰るぞ。読みたい本は借りて帰れよ」と、素っ気なく言い捨てると、さっさとスロープから昇降機へと乗り込んでしまう。机の上を片付けてから、アリスンが食堂へ向かうとグラスはすでに料理を注文して食べ始めていた。
「ここの魚と豚肉のパン包みとオープンサンドは旨いんだよ。アリーの分も注文しておいたから、食えよ」
アリスンは、黙ってグラスの正面の席に座り、机の上の料理を眺めた。オープンサンドには甘えびやディルが乗っており、非常に香ばしい香りがする。
アリスンは礼を言うと、オープンサンドに手を伸ばしゆっくりと口に運ぶ。
「美味しい……」
「だろ?」
グラスが口には出さないまでも、アリスンのことを心配しているということが伝わってくる。
「ありがとう、グラス様」
「なんだよ、俺何もしてないし。あとさ、俺のことはグラスでいいから。アリーの方が俺より年上だしな」
そう言いながら、グラスは照れたように自分の耳たぶを触る。
「うん、ありがとう。グラス」
アリスンは素直に礼を言うと、オープンサンドを口に運んだ。




