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 この日の夜、夕飯のために使用人棟のホールに行くと、アリスンはバハルとセダムから声を掛けられた。

「隣、空いてるからおいでよ」

「ありがとう」

 礼を言って、カウンターでこの日の夕飯であるグラタンとサラダを受け取る。席に座ると、そわそわした様子でセダムが話しかけて来る。

「どうしたの? アリーの髪。何かあった?」

「もしかして、坊ちゃんに何か言われたわけじゃないよね」

 バハルは心配顔だ。

「あ、違うの。前から、髪は長くて邪魔だなって思っていたんだ。でも、長くないといけないと思い込んでいたというか……」

 その言葉に、バハルは頷いて話し出す。

「そうなんだよね、マガリテってそういうところがあるんだよ。女は髪を伸ばしていないと、結婚相手が見つからないとか言うでしょ? こっちに来てから驚いたもの。髪は伸ばしたい人は伸ばしてるけど、短い人も同じくらいいるんだからさ。それに、マガリテでは男は学校に行くのが許されているのに、女は家庭教師から学べばいいって言われていたし」

 まさか、アリスンがマガリテの王女だったとは思っていない二人は、「アリーも私たちと同じだね」と頷いている。

「それに、マガリテの王様が亡くなった後に新王として即位するのは、第一王女のリリア様だと思っていたんだけどな。結局は末の王子様が跡継ぎって。やっぱり女は表立っては政治には携われないんだよね。あの国では」

 バハルの言葉に、アリスンはぎくりと身体を強張らせる。

「王太后ローザって何を考えてるんだろう。夫が死んだら、すぐに長女を隣国に嫁がせて、次女は……自死って言われているけど、王太后が殺したんじゃないかって噂が城下では流れているらしいよ」

「えー、実の娘を? 何のために? 信じられない。でも、あの王太后ならやりかねないかも!」

 盛り上がるバハルとセダムの会話に耳を傾けながら、アリスンは表情を変えないように必死だった。

「そういえば、アリスンって第二王女と同じ名前だね」

 バハルの言葉に、アリスンは一瞬反応が遅れた。

「あっ、ええ。そうだね。まあ、アリスンってよくある名前だから」 

 二人は、アリスンの言葉に「そうだね」と返事をすると、さっさと話題を《秘密の森》での木の実拾いへと変えてしまった。

アリスンは、味のしないシチューを口に運びながら、あれから姉はどうなったのだろうと考える。自分のことに精一杯で、今の今まで姉のことにまで考えが至っていなかった。


 就寝前に、パティがアリスンの部屋に訪ねてきた。

「パティ、ごめん。今日はわたしからパティの部屋に行こうと思ってたのに」

 パティを寝台に座らせて、アリスンは謝る。

「どうしたのですか? アリスン様」

「えっと、あのね。実は、わたし」

 そこまで言って、アリスンはパティの右腕に手を重ね、その右手を己の髪へと触らせた。

「髪、切ったんだ」

 パティは何も言わなかった。ただ黙って、何度かアリスンの髪を撫でると、そこから彼女の顎のラインに手を滑らせる。

「ごめん。本当は切る前に相談するべきだったのかもしれないけど。グラス様の部屋でハサミを見たら、その場で()()()()()って思って。勢いで短くしちゃった」

 パティは怒るんじゃないかと、アリスンは思っていた。だが、彼女はほっと安心したように息を吐きだした。

「ご自分の意思で決めたことなら、いいではありませんか。むしろ、今までよくお母様の言いつけを守り、伸ばしていらっしゃいました」

 パティは、アリスンに頭を下げる。

「あの方は、アリスン様に王女らしくあれ、王族らしくあれと説いていましたが、その結果がこれですからね。リリア様のことも、アリスン様のことも、女王として即位させる気など微塵(みじん)もなかったということでしょう」

 母がどういうつもりなのか、今となってはアリスンにはわかるはずもなかった。権力欲に取りつかれているとか、息子を差し置いて女王気取りとか、何も知らない者は言うのかもしれないが、それもまた核心から外れているように思えた。

「わたし、明日はグラス様と図書館に行くの。そこで過去の新聞を読んだり歴史の資料を見るつもりなんだ。ほら、わたしって家庭教師から勉強は教わっていたけど、あんまり真面目な生徒ってわけではなかったでしょ? だから、パティも一緒に来る?」

 アリスンの誘いを、パティは断った。

「すいません、明日はナスリ様や他の使用人の皆さんと森に行くんです。木の実拾いに誘ってもらいました」

 そういえば、ホールでバハルたちが話していた。

「パティも行くんだ」

「はい。目が不自由でも楽しめると言われたので、参加してみることにしました。森の中で使える、特別な杖も用意してもらったんです」

 マガリテでは、いつも一緒にいた二人だが、ここではもう別々に過ごすことが当たり前になりつつある。そのことに、少しの寂しさを感じつつもアリスンとパティは新しい道に進もうとしていた。


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