逃走一日目・午後その二 摩天楼は使い方による
八王子駅には、確かにたどり着いた。しかし、ここでとうとう私の鉄道に対する知識の偏りが問題になり始めた。そのせいで、計画の変更を余儀なくされるほどの大きな誤算が生まれた。
1つ目は、これから乗る予定だった八高線と川越線の列車本数が少ないということ。
何度も言っている通り、私は飯田線のおかげで長期間待ちの耐性がついている。しかし、この切羽詰まった状況の中で、長時間待機はやはり危険だ。なんのためにバスやらタクシーやら、使えるものは全部使って中央高地を駆け抜けてきたと思っているんだ。
ここからは日も沈んだ後の、夜間逃走になる。私は改札を出る前に、今までにないほどの速さで時刻表のページをめくった。その過程で全身に力が入ってしまい、初日に負った傷から血が流れ始める。しかし、今更気にしている余裕すらない。同時に、路線地図も開く。八王子駅から出ている路線は、中央本線、八高線、横浜線。はっきり言って、本数の多い中央線や横浜線に乗って、行先をかく乱しながら首都圏に侵入したほうが、もはや安全かもしれない。
思考する中でどんどん迷走していく私の考えをまとまらせるための決定打になったのは、中央線の発車案内だった。
ーー間もなく、中央特快、東京行きが発車します。ーー
結局、私は当初の計画を吹き飛ばし、これまで通り中央線で東京に進出することにした。
最悪、新幹線に乗ることや、成田エクスプレスやら京成電鉄のスカイライナーとかで成田空港、もしくは羽田空港に迎える日本が誇る大都市に行くほうが確実だと踏んだのだ。
しかし、あまりにも怪しい。これまで幾度となく私の居場所をあぶりだしてきたやつらが、ここまであっさりと東京進出を許すだろうか。私なら、普通に乗換駅の立川駅や国分寺駅一で待機して確保する…。
…そうか!私は敵方の意図をようやく理解し、ドアが閉まりかけていた列車から飛び降りた。
おそらく、もう主要な駅には追手がいるんだ…。
最後に向こうを目視で確認したのが上野原駅。そこから高尾、そして八王子に向かうには、高速道路でちょちょいのちょいである。高尾で京王線に乗り換えをしなかった以上、私がJRで移動するだろうと踏むだろう。実際、JRと駅が統一されていない私鉄を利用することは、関東圏を脱するときに面倒だ。
もし向こうにかなりの人数の仲間がいるのなら、そういった人海戦術頼りの戦法も可能、というか私を確保できる確率が大幅に高まる。
…となれば、当然この駅にもいるのだろう。ホーム上には見当たらないから、おそらく改札口などに…。
八王子駅は改札口は1つしかない。そのため、そこさえ押さえてしまえば簡単に封鎖が出来てしまう。だから、今この状況の中、私が取れる行動は、鉄道での移動のみだ。
…向こうが荒業を使ってくるなら、こちらだって荒業で対抗しなければ…。
私は、中央線のホームから離れた。
新横浜駅にたどり着いた。私の使った荒業、それは夕方ラッシュを利用した紛れ込みである。
いろいろ服を持ってきていたおかげで、変装には困らない。私はどことなく会社帰りの女性に見えるようになったはずだ。そうして何とかたどり着いたここ新横浜駅は、なんといっても東海道新幹線の全列車が止まる堂々の巨大ステーションなわけだ。けっきょく新幹線を使うことになるのだが、今回の私はとにかく財布に物言わせて、グリーン車の予約をした。万が一追手が新幹線に乗り込んできたとしても、おそらく普通車の切符をとっているはずだ。グリーン車にはグリーン車の切符を持つものしか立ち入ることができない。それに加えて、私は変装している。おまけに眼鏡付き。慢心ではないが、さすがにここまでしてはい捕まりましたでは済まないのだ。
私はやってきたひかり号に乗り込んだ。車両は、運がいいことに、最新車両のN700Sである。
久しぶりに見覚えのある車内を見ることができて、ものすごく感激だ。…いや、グリーン車は初めてだけど。ここからは、途中品川を通り、すぐに終点の東京にたどり着いてしまう。
グリーン車での快適な旅はすぐに終わってしまうのだ。
一昨日ぶりに東京駅のレンガを踏んだわけだが、私はすぐさま乗り換え改札に向かった。
前回来たときは何もしなかったが、今回も人ごみに紛れて改札を通る。
そうして、私は再び在来線のホームにやってきた。
やはり摩天楼・東京は恐ろしいもので、東海道本線、山手線、京浜東北線、東北本線、京葉線、総武本線、中央本線などなど、在来線だけで数多の路線が乗り入れる。…あれ、乗り入れ路線って、これであってたっけ…。まあいいや。用があるのは東北本線、大衆名称では上野東京ラインなのだ。
やはり使うなら大きな路線だ。それを言ったら東北新幹線を使うほうがいいだろうと言う人もいるだろう。首都圏の北の玄関口の大宮までの途中駅で見ると、新幹線は上野だけ。だが、上野東京ラインをはじめとした在来線ならどうか。途中駅や乗換駅が多く、緊急時の対処がしやすい。
「ぐえええ…きつい…。」
さすが日本の玄関…。ラッシュ時間なのでよけいに人が多い。ろくに歩けないが、私にとってはこれが狙い。我慢するしかない。私は小金井行きの普通列車に何とか乗り込んだ。
これまたひさしぶりのE231系である。何とか席を確保したのだが、問題は降りる時だ。…これ、列車から出れるのだろうか…。
…それより、例の追手を目視で確認できていないことが不安でしかない。主要駅で待機しているという私の勘は外れたのか…?このまま何事もなければ、簡単に青森まで行けるのだが…。
そのまま列車は尾久、赤羽と、各駅に停まりながら大宮方面に向かっていく。
だが、浦和を発車した後に、問題は発生した。やはりというべきか、追手とみられる男が乗り込んできた。そいつは、上野原で私が乗りこんだタクシーとカーチェイスをしていた車を運転していた者だ。
ここまで、追手とみられる奴は3人しか見ていない。岡山で私に声をかけてきた2人と、上野原カーダッシュマンのみ。…もしかしたら、敵方は思ったほど人がいるわけでもないのかもしれない。
だが、何度も言っている通り、まだまだ相手の目的が分からない以上、油断は禁物。大宮以北に大勢潜んでいると仮定したほうがいいかもしれない。
…本当、面倒なことに巻き込まれちゃったなあ…。いや、向こうは私のことを知っている様子だからどのみちこうなってたか。それより、今はこの状況の心配をしなければ。今、浦和を出発したばかりだから、当分は駅に停まらない。JRは基本的に駅間距離が長い。地域密着型の私鉄とは異なり、あくまでも元々国が運営していた鉄路。都市間輸送を目的としているから主要なところにさえ駅があればそれでいいのだ。それが上野東京ラインだとより顕著だ。
そんなことは置いておいて、次は目的地の大宮だし、どこかに逃げようにも人が多すぎて移動なんてできっこない。
いや、下手に移動してばれるほうがまずい。そもそも、これだけ服装を変えていればこの集団の中で見つかることはない。気を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中という言葉は、都市圏で本領を発揮する。
その後、上野原カーダッシュマンは周りを見渡していた。おそらく私を探しているのだろうが、どうやら気づいていない様子。そのまま、列車は大宮駅のホームに滑り込んだ。私は流れ出るほかの乗客に混ざってホームに降りた。すぐさま私は階段を上がり、改札口から出ようとした。
「…やっぱりいるかあ…。」
私が今いる場所は、中央北口の改札。そこから出て少しのところに、岡山の2人がいた。
すごい今更だが、なんで岡山駅で捕まってないんだろう。まあ、いいか。とにかくこの場を切り抜けなければ。私は、上野原カーダッシュマンが追ってきていないことを確認して、いったんホームに戻った。そして、ぐるっと一周してまた階段を上がり、今度は先ほどの場所のちょうど反対の中央南口改札に来た。あの2人組は中央北口を見ていて隙がある。私はすぐさま切符を通して新幹線側の券売機に直行した。下手に走るとばれるが、その時の私はそんなことなどお構いなしに早足で向かっていた。
「…!!!」
気づかれた!!先ほどの岡山の二人組が、少し離れたところで私を見つけたのだ。ものすごい速度でこちらに来ている。人が多いからさすがに全力疾走はできていないものの、私がこいつらから逃げるのは至難の技…。私は、やむなく1度外に出てやり過ごすことにした。大宮は首都圏埼玉の中心街。人も多く逃げやすい。時刻はとうとう18時を回ってしまった。お腹も空いたが、今はそんなことを言っていられるほど余裕があるわけではない。
私は2人が駅から出てきたのを確認した後、私はあえて2人がこちらに来るように誘導した。
それにつられて、向こうもこちらに気が付いた模様。私はそれを確認すると、に東口から出る大通りを一目散に駆け抜けた。岐阜駅前に似た雰囲気を感じながらも、私は押し寄せる人の波をかき分けて、とにかく東に進んだ。そのあと、氷川緑地に入り、今度は北に進む。そのまま高鼻町を突き抜けて大栄橋交差点を通り、なんとか追手をまいて大宮駅に帰ってくることができた。
大宮駅に帰って来れたことはまだいいのだが、新幹線ホームの入り口である北口改札と南口改札の間に、先ほどの上野原カーダッシュマンがいる。さっきまいたばかりの岡山の2人組と合流して私を探す気なのだろう。でなければこんなところでとどまる必要性がないからだ。しかし、それで困るのは私だ。さっき、素早く新幹線の切符を購入したため、それは今手元にある。が、改札に入らなかったら無用の長物。
…そう言えば、なんで私は"上野原カーダッシュマン"とか、"岡山2人組"なんていう、ある種のあだ名をつけているのだろう…。まあ、特定の名前で呼んだほうがわかりやすいし、別にいいか。
そんなことより、どうやって新幹線改札に向かおうか…。外には岡山2人組がいるし、かと言って強行突撃しても体力で勝てないのはわかりきっている。
今の時刻は18時21分。予定の新幹線まではあと16分もある。…時間になるまでは待機か…。
18時32分になった。私は今だにうごめき続けるラッシュの波に紛れ込み、南口改札を通過した。
それを上野原カーダッシュマンが見逃すはずもなく、すぐさま追ってきた。が、人混みのせいで思うように進めていない様子。
コレはうれしい誤算だ。私はそのまま今できる全速力をもって、待合室を通過し、18番線に直行した。やはり。隣の18番線には、那須塩原行きの"なすの"が待機していた。
発車時刻は18時33分なので、発車は秒読み段階。
…が、私はその車内に立ち入らず、すぐそこにあるエレベーターに入った。
すぐに、上野原カーダッシュマンが登ってきて、なすのの車内に入っていった。このとき、私が乗り込むエレベーターの扉は閉まっている。そして、すぐになすの号の扉も閉まった。
…うまくいった。分離作戦…。
私は、この新幹線に乗ると見せかけて、本当は次の新幹線に乗る。単純だが、もうすぐ発車の列車があること、私が焦った素振りをしていたこと、北方行きの列車だったなどの要因が重なり、向こうもまんまと騙されて、今に至る。
そのままエレベーターで改札内の待合室に戻ってきた。
私は近くにあるコインロッカーに、不要な荷物を押し込んだ。深夜戦は大変なことになることが予想されるから、できるだけ荷物は軽くしておきたい。
私は、前日来ていた服や、大切なカメラ、その他不用品をロッカーの中に入れ、カギをかけた。
父と合流したら、ここまで戻ってこなければ…。
乗る列車の時間になったので、私は先ほどの18番線に戻った。
私が乗るのは、新潟行きのとき号だ。もちろん、目的地は当初の通り青森だ。だが、私が新幹線ホームに上がった以上、逆戻りはしないと向こうも考えるはずだ。そうなったときに、選択肢としてまず浮上するのが東北新幹線だ。行先が多いうえに、本数も多い。逃げるには最適だ。まさか上越新幹線に乗ったなんて思わないだろう。
私は、滑り込んできた車両を眺めながら、静かに勝ち誇った。
「…E7系ばっかだなあ…。ちょっと前まではE4系とかもいたのに…。」
E4系とは全車両が二階建てになっているドデカ新幹線で、愛称はMAXである。ちなみに引退したのは2021年。高校生からしたら”全然ちょっと前”じゃねえ。
とはいえ、この日本海の新たな顔も、かなり快適だし、今回人生初の乗車だから、こんな状況でも少しばかりワクワクしている。
ドアが開いた途端、私は車内に立ち入った。岡山の二人組が駅に戻ってきた可能性もあるし、何より早くこんな危険地帯から脱出したい。まあ、私が急いだところで新幹線は定刻でしか動かないけど。
誰かに追われていない一般の人々は、今日の仕事を終えての帰宅か、はたまた突然の出張かなんかで目的地に向かうにか、なにしろ、私以外の人々には日常が流れている。
それを、私は羨ましく思う。
すぐにドアが閉まり、列車は定刻で出発した。
新潟についたのは、20時を回った時だった。初めて、私は新潟の地面を踏んだ。
「…少し寒い…。」
今までいた地域よりも明らかに北に位置しているのだ、当然だ。ここから私は、山形の酒田まで行く。
そのためには、21時発の特急いなほに乗らなければならないのだが、ほとんど1時間の待機になってしまう。だが、上越新幹線は本数が少なすぎて間に合わないし、首都圏の空港、成田とか羽田から新潟空港に向かう便はない。
ほぼ敵なしの状態で1時間を過ごすことになる。私は寒さ覚悟でホームに残り、籾治との電話を始めた。
「あ、もしもし!?真見ちゃん!?大丈夫だった!?」
「うん。大丈夫。なんとかまいて、今は新潟にいるよ。」
「新潟…?なんで…。」
「まあ、作戦のうち、てところかな。」
「ふうん…。まあ、何はともかく、真見ちゃんが無事でよかったよ…。」
そのあとも、30分くらいは通話をしただろうか。そろそろ体がもたなくなるからと、私の方から通話を切った。
その後、私は比較的暖かい駅構内で、いなほの到着を待った。
「ふう、やっと来た…。ふあ~あ、眠い…。」
私はホームに降りて、いなほが入線するのを待っていた。その間も、強烈な眠気が自身を襲う。
新幹線の中で多少は寝ることができたが、状況が状況なので、あまり快眠とは言えない。
ようやく特急いなほが入線してきた。車両は、E653系で、瑠璃色塗装だった。
私は予約した席に着いた。
すぐ寝てしまったので、車内の雰囲気とか、沿線風景は見てない。風景に関しては、真っ暗でどうせ見えないだろうし…。
酒田市に着いた頃には、もう23時半を過ぎていた。
もうすぐで日付も越してしまう。しっかり眠ることのできた私は、駅を出るとそのままタクシーを捕まえた。
「すみません、羽後本荘駅までお願いします。」
タクシーの車内で、日付が変わった。




