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7/12

逃走一日目・午前 自身を盗むために

次の日の朝、私と籾治は私の家の前にやってきた。

籾治の自転車で2人乗りをしたわけだが、普通に交通違反である。

青森に行くには相当な金額がかかるはずである。だが、私の財布にはもう数千円しか入っていない。

そのために、こつこつ貯めたお年玉がほぼ全額入っている通帳が必要だ。しかし、私は家を出るときにその通帳を置いてきてしまった。幸い家の鍵は手元にあるため、母が留守にしている隙を狙って家に入り、通帳と印鑑を持ち出すということができる。

「…どうする?車あるよ…。」

母は基本的には車で移動する。家の駐車場に車があるということは、母がいるということになる。

「…どこかのタイミングで家を出るはずなんだけどね…。」

「出てこなかったらどうするわけ…?」

「う〜ん…。…一旦おばあちゃん家かな…。」

「ええ?無謀すぎない?なんかないの?親が毎月必ずする用事とか…。」

毎月必ずすること…。…何かないだろうか…。

私は必死に思考を巡らせた。何かあるはずである…。

「あ、養育費だ…。」

「え?なんて?」

「養育費だよ…。お母さんは、月のはじめにお父さんから養育費を受け取ってるんだよ。だいたいは2日とか3日に行くから、家を出る可能性が高い…!その隙に入れれば!」

「…いいね、それ。」

この家から1番近い銀行は、井原にある。距離にして約600メートル…。往復しても、10分もかからない。

どれだけ素早く動けるかによる…。

私たちは、なるべく目立たないよう、家から少し距離を置いた道端で雑談をしていた。

会話内容といえば、旅で起きた出来事ばかり。

それでも、友人との対話は楽しい。

そうこうしているうちに、母側に動きがあった。

母か家から出てきたのだ!何やら電話をしている様子で、しばらくその場に立ち止まっている。

私と籾治は、しばらく息を殺してそれを見ていた。

「ええ………。そうよ…………。……、すぐ見つけるから…………。わかった、今週末ね。………。」

母の会話が若干聞こえるが、そんなことは今はどうでもよかった。

しばらく観察していると、母が家の車に乗り込んだ…!そのまま車は路面電車通りの方へ向かっていった。

「今だ!!」

私が走り出したのを皮切りに、籾治も走り始めた。

走っている最中に鍵を取り出し、家のドアをすぐ開けた。

家に住んでいる私はすぐに自室に入ることができる。

籾治は自転車で待機してもらっている。

私の部屋にある棚に、1つだけ鍵がかかるものがある。そこに通帳が入っているため、母でさえ手出しができないのだ。

すぐに通帳と印鑑をカバンにしまった私は、おとといと同様、窓を開けた。すると、なぜか1階から物音がした。人の音だ。階段を登る音がする。一瞬なぜかとは思ったが、すぐに理解した。あれこれ言っている暇はない。おとといはパイプつたいに行ってケガをした。そのケガは今だ完治しておらず、絆創膏も外せてない。

「………。仕方ない。えええええええい!!!」

私は窓から飛び降りた。そして、インターホンのコンクリートの塊に飛び乗り、そこから地面に降りた。足が痛むが、ケガはしていない。そのまま、私は籾治のもとまで走った。

「通帳は確保した!すぐ出して!!」

「オーケー!おりゃあ!!」

籾治がすぐに発車したので、"追っ手"は来なかった。

そのまま籾治の家まで戻り、私の荷物を取って、籾治のお母さんの車に乗り込んだ。

「いやー、ワクワクした!」

「いや…、私、命かけたんですけど…。」

籾治は能天気なことを言っているが、それが逆に羨ましくも感じた。

今の私に、現状を楽しむ余裕などないからだ。

日もだいぶ高くなってきた中で、私は豊橋市の北の町、瓜郷町までやってきた。ここにある銀行で、私は預金全額を引き出した。これで、飛行機に乗ろうが新幹線に乗ろうが、お金の心配をする必要はなくなった。

そのまま、籾治のお母さんに豊橋駅の少し手前まで送ってもらった。

「…ごめんね、真見ちゃん…。私はここまでしか送れないわ…。」

「いえいえ…。むしろ、ここまで色々と助けていただいて、感謝しています。」

「…あなたなら、きっと無事に青森まで行けるわ。…籾治、真見ちゃんを、しっかりと助けてあげなさい。」

「わかってるよ。困っている時に助けるのが親友の務めだからね。」

私は今一度籾治のお母さんにお礼を言って、籾治と共に豊橋駅に向かった。


豊橋駅の"手前"で降りたのには、もちろん明確な理由がある。豊橋駅前のデッキに向かうと、その予想は確信になった。

「…あの人じゃない…?真見ちゃんを追ってた人じゃない?」

「…うん。間違いないよ…。」

遠くで少し見えにくいが、駅の入り口に、明らかに不自然な男がいる。

東口は使えそうにない。乗る列車も、30分後なので、ここにいるとさすがに見つかりそうだ。

「あ、そうだ。籾治、市電のりばに行くよ。」

「え、なんで?」

「いいから早く。」

私は、1つ思いついたことがある。それは、豊橋駅の構造を利用した、シンプルだけど騙されやすいものだ。

豊橋駅を利用する人は、そのほとんどが市電か自動車で駅までやってくる。そうなると、必然的に駅の2階部分に繋がるデッキから入る。

だが、デッキで隠れて分かりづらいものの、地上から1階部分に入れる入り口も当然ある。

更にその下に地下街が展開されていて、市電のりばに繋がっているのはデッキ部分と地下部分。

地上や地下から駅に入るときは、必ず複合商業施設"カルミア"を通らねばならない。そのカルミアが絶妙に通路が狭くて全体が広い。そのおかげで待ち合わせが難しいのだが、今回はそれが幸いし、逃げやすい空間へ再構築されている。

私たちは地下街を通ってカルミアに入ることができた。春休みシーズンなため、普段の倍の人数の人がいる。

そのまま建物内で大人しくしていると、乗る列車の発車時刻七分前になった。

さすがに籾治を連れて行くこともできず、また一人孤独に戦うことになる。

「…じゃあ、行ってくるよ。」

「…またね…。」

少しばかり泣きそうになってしまったが、そんなことをしている暇はない。

別れてすぐ、私はJR東海在来線の切符売り場に直行して、切符を買った。そのまますぐに改札を通り、4番線に降りる。追っ手は来ていない。

大丈夫そうだ。

4番線は、普段は東海道線ホームとして使用されている。だが、この時間帯は、飯田線のものになる。

そこには、特急伊那路が停車していた。

鉄道好きのなかでは有名な、特に急がない特急の代表格だが、この飯田線のなかでは再速達だ。

私の最終目的地は青森なので、できれば新幹線や飛行機に乗りたい。が、今だに敵の人数が割れていないこの状況で、素人でも思いつくような手段を使用するわけには行かない。

まずは飯田線で上諏訪まで向かい、そこから中央線で八王子まで向かう。そこから東京駅周辺を"通らずに"埼玉の大宮まで向かう算段だ。

東京に進入しないのには明確な理由がある。

これも新幹線や飛行機を利用しないのと同じ理由で、首都で、なおかつ交通の便がよいならば、既におさえられていてもおかしくはないと踏んだからだ。そうしてさまざまな考えが交錯した結果、私はこうして特急伊那路号に乗っている。

車内は多少人も乗っている。これは伊那路にとっては珍しい現象で、普段は利用者などほとんどいない。

その後も特に怪しい人物が乗車することなく、列車は発車した。

列車はまず、豊川に停車する。日本三大稲荷"豊川稲荷"の最寄り駅である。駅間隔がだいぶ狭いので、さすがに豊橋↔豊川だけ乗る人なんてまずいないだろう。

その次には新城に停まる。おおよそ1市町村1駅の間隔で停車する。まあ、次の本長篠と湯谷温泉はまた別の話だけど…。

新城駅に、地元の人に見えない高校生程度の年齢の人が七人程度いた。どうやら新城の西側の山を通るバスを待っているらしい。

もしかしたら、同い年かもしれない。

そんな2度と見ることのない人々の姿を何人も見ながら、本長篠を通り、湯谷温泉の前まで来た。

そこで、事件が起きた。湯谷温泉手前では、一般道と並走する。その道は奥三河随一の絶景"鳳来寺"のほうにつながっているが、その道を車が走っていった。

私は道とは逆側に座っていたためあまり見えなかったが、運転していたのは間違いなくあの男だった。

もう来たか…。

豊橋駅でしっかりまいたはずなのに、もうこんなところにまで来ていた。

しかし、それと同時に少し安心した。

湯谷温泉駅の豊橋側の先端に道が通っており、踏切がある。つまり、列車が来る直前に駅に行っても、踏切に阻まれて入場出来ない。

案の定、湯谷温泉では降りる人も乗る人もいなかった。

そこから先も、伊那路号は飯田線名物の険しい山道を進んでいく。途中、東栄やら何やら、いろんな駅を通過して、中部天竜に停車した。

驚くなかれ、ここは静岡県浜松市である。

豊橋から北上したはずなのに浜松にいることに違和感を感じるが、ここからもっと山奥まで進んでいく。

この先の停車駅は、水窪、平岡、温田、天竜峡、終点飯田のみ。

本当は飯田線の絶景を楽しみたいのだが、何があるかわからないため、今のうちに睡眠をとることにした。

その後も、ほとんど人がいない車内に、使用車両の373系が奏でる独特な駆動音が響く。


ーーまもなく、終点、飯田です。ーー

いつの間にか、2時間と30分がたった。

あいかわらず乗客は少ない…、というか、今は私1人になってしまっていた。そんな伊那路号も、山間部から抜けて、飯田の市街地を走っていた。

しばらくすると、赤い屋根の特徴的な駅舎が見えてきた。飯田駅だ。

私はドアが開いた開いた後、すぐさま改札を出た。

私が持っている乗車券は、飯田経由大宮行き。

乗車距離が100キロを越えると途中下車をすることができるため、30分後の韮崎行きの普通列車が来るまで市街地をうろつくことにした。

追っ手は、どういう手段を用いたのかわからないが、私の居場所を大まかに特定した。もしかしたら、この飯田の町の中にもやつらが潜んでいるのかもしれない。

飯田は長野県で四番目に大きな町だから、逃げやすいはずだ。

私はそのまま、切石駅や鼎駅のほうまで歩いてみた。

飯田線の駅間隔は非常に狭い。駅間隔の平均は、驚異の2キロ。東海道線の平均が9キロだから、だいぶ狭い。

そんなわけで、数駅程度なら歩いてたどり着くことも可能なわけだ。

切石駅付近をうろついていた時、事件は起こる。

近くの小道に、見覚えのある車が止まっているのを発見した。

別に、単に車種が同じなだけではない。ナンバープレートまで見覚えがあるものだった。

私の叔父が乗ってる車のそれだったのだ。

「…まずい…。逃げよう…。」

無意識にその言葉が漏れるほど、私の息遣いは荒くなっていた。私が一目散に逃げだしたのを察してか、その車も追ってきた。乗っているのは叔父ではない。

例の男のうちの1人と思わしき人物だった。

私は必死になって走った。できる限り小道を通り、車をまく作戦に出た。

まだ日も明るいので、簡単に私だと判別できる。大通りはよしたほうがいいかもしれない。

それに、おそらく私は行方不明未成年者として扱われているはずだ。

警察に助けを求めても、逆に私がお世話になることは目に見えている。

そうこうしているうちに、飯田の中の伝馬町まで来ることができた。いつの間にか予定していた列車の発車時刻まで、あと五分となった。

もう飯田駅に戻ったほうがいいかもしれない。だが、私は飯田駅とは逆の、南条町方面に走り出した。

なんでこんなことをするのか説明するのは、無事に飯田の町から抜けた後になるだろう。

私は、走っている最中に、とあるところに電話をかけた。


何とか伊那上郷駅まで向かうことができた。私は、南条でタクシーを手配した。

正直、飯田駅には追っ手もいるだろうし、わざわざ危険を冒してまで飯田から乗る必要もないわけだ。途中下車は、途中区間を歩いて移動することもできるから、私が持っている切符はまだまだ効力を失っていないというわけだ。途中、運転手の人に未成年だと疑われる可能性もあったが、背格好も相まって、大学生くらいに見えていたことだろう。

なにか好きなお酒でもあるのかって聞かれたから、そういうことなはずだ。

私はタクシー運転手にお礼を言って、駅構内に入った。

ちょうど、飯田から乗る予定だった普通列車が入線した。

中に乗客はいない。大丈夫そうだ。そのまま、私は安息の地を手に入れ、またゆっくりしながら岡谷駅を目指した。

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