脱出二日目・午後 播州を駆ける
国鉄末期の列車に揺られること十数分。列車は西大寺駅に到着した。
一瞬、京都の隣りにある西大路と見間違えた私がバカだった。
私が乗り込んだ列車は、東岡山駅から相生駅を結ぶ山陽本線のバイパス路線、赤穂線だ。
もちろんローカル線で、本数が少ない。
…失敗した…。おそらく、あの正体不明な男たちなら私の現在位置の特定なんて容易にできるはず…。
本当、なんなのあいつら…。
西大寺駅は3番線まであり、乗ってきた車両は折り返し新見行きになって発車した。
先ほど岡山駅で見た長船行きが1番線に入線する。
私は駅構内の跨線橋を渡って1番線に移った。
一瞬、男たちが列車に乗ってきたのではないかとも思ったが、よくよく考えれば、私が赤穂線の列車に乗ったところを見られたわけではないし、発車時刻が近い列車のなかに、島根の出雲市駅まで行く特急やくもや、高松行きマリンライナー、福山行き普通などがある。私が乗れる列車の選択肢は多い。なんなら、あのあと新幹線ホームに移ってそのまま新幹線に乗ることもできるわけだ。
私が追う側なら、まず新幹線や特急やくもの線を考える。
まさか、赤穂線や津山線、吉備線みたいなローカル線に乗るとは思うまい。
私はやってきた213系に乗り込んで、ちょっと先まで向かう。
長船駅で降ろされたわけだが、次の列車が播州赤穂行きで、50分後だ。正直、飯田線に乗って何時間も列車を待ってきた私にとってはだいぶ早く来るなとは思うが、時間はあまり無駄にしたくない。
あの男たちが2人だけとは限らないし、時間が経てばやつらの捜索半径も広がる。
…なんで私を追うんだろうか…。
あの2人の男を、私は知らない。まったくの初対面。当然、警察官なわけでもないし、母が送り込んできた刺客な訳もない…。いや刺客なんて言い方はよくないが、とにかく母が私のことを心配して誰かに迎えに行かせた、なんてことは断じてない。
あの2人は急に話しかけてきたと思えば、私の名前を口にした。
何か裏があるのだとは思うが、今は、とにかく故郷豊橋に帰らねば。
私は書き置きこそ残したものの、行き先は書いていない。あの母のことだ。気でも狂って私のことを一生外出禁止にしてもおかしくはない。
西大寺では少し降る程度だった雨も、結構しっかりと降り始めた。
「すみません、赤穂までの列車って次いつ来ますかねえ。」
「え、播州赤穂行き…。ですか…。」
私と一緒に列車を待っていたおばあさんが声をかけてきた。確かに、周りに時刻表らしきものが見当たらない。高齢の方ほど携帯電話を持ってない人が多いから、この人もそのうちの1人なのだろう。私は他人と話すとき声を低めにしているのだが、もちろん今回も低めにした。
…なぜなら、この人も、追手の1人かもしれないからだ。本当は距離を置きたかったのだが、あいにくとあと30分ほどは共に過ごさなければならない。教えないのはかえって不自然…。別に話しても大丈夫だろう。この時の私は、岡山駅でのこともあり、ひどい目に遭うことを恐れていた。
「赤穂行きの電車なら54分発車ですね。」
「ありがとうねえ。あ、そうだ。これ、教えてくれたお礼。とっといて。」
おばあさんは、私にハチミツのアメを2つ渡してきた。
「あ、ありがとうございます…。」
私は、とりあえずそのアメを受け取った。おばあさんが私から少し離れたベンチに座った後、私はその2つのアメを開封し、すぐさま口に放り込んだあと、その包み紙を近くにあったくずかごに捨てた。
最小限の動きで捨てたので、向こうは私がアメをすでに平らげたことは知らないはずだ。
…もしかしたら、GPSとかそういった物が包み紙に仕組まれている可能性がある。
私がもらったアメは直径3センチほどの大きなもので、非常に小さなGPSなら包み紙の中なんかに仕組めてもおかしくはない。
捨てた時にそれっぽいものはなかったが、さっき接触した時に着けられた可能性もある。
…まあ、これらの予想はおばあさんがあっち側であることが前提なのだが…。
しばらくすると、227系電車がやってきた。しっかり播州赤穂行きと表示されている。私は、おばあさん、あとから来た数名の地元住民だと思われる人々と共に乗り込んだ。
すでに人が結構乗っていたので、とりあえず補助座席を開いて座った。
例のおばあさんは、どの駅で降りたのかわからない。気づいたら車内から消えていた。
播州赤穂に着いたら、私は向かいに停まっている列車に乗ろうとした。が、私はふと、最悪のケースを考えた。ホームの端に行き、父に電話した。
…どうやら、迎えに来てくれるらしい。
両親は確かに離婚した。だが、父はまだ私のことを大切な娘だと思ってくれているらしく、年に数回会うことにしている。
父は母とは違い、心優しいがしっかり叱ることができる、人間としてよくできた人だ。その心優しさが災いして、母の暴力がエスカレートしたわけだ。
本当は私も父についていきたかったが、裁判ではなぜか親権が母にいった。
父は今、北海道の釧路に住んでいる。空港はあるが、道内や羽田くらいにしか行けない。協議の結果、私は新青森駅で父と合流することにした。さすが父。娘のピンチにはすぐ対応してくれる。だが、向こうまで行くには相当な額の資金が必要…。
私は、籾治に連絡をした。
ーーまもなく、相生行き普通が発車いたしますーー
…電話が終わった瞬間、アナウンスがかかった。
早く乗り込もう。
相生には、すぐに着いた。そこからまた列車を乗り継ぎ、ようやく姫路にたどり着いた。
相生と姫路は新幹線停車駅。追っ手が居ることも想定していたが、相生では乗り換え時間がわずか2分しかなかったこと、姫路では姫路城目的の観光客の人がたくさんいたことが幸いして、仮にいたとしても気付かれることはなかった。
「…山科までの切符しか買えなかった…。」
私がこれから乗るのは、長浜行き新快速。この、"新快速"という列車に乗ったことがある人はわかると思うが、もはやこれは無料特急と言えてしまうほど速達性がある。
普通列車や、快速なんて乗っていられない。
この列車で神戸や大阪、京都を通り、途中駅の米原まで行ければ、JR東海エリアに入る。
が、私が買った切符は京都の次の駅である山科駅まで。
「あ、列の先頭。ラッキー。」
周りはだいぶ混雑していたが、私はホームの列の先頭に立てたおかげで、乗り込んだあとも席を確保することができた。
時刻はすでに14時半。豊橋に着くのは、20時くらいになりそうだ…。
車内を見回してみても、追っ手に見えるような人はいない。
恐ろしく速い新快速に揺られながら、私はうたた寝していた。
途中、神戸、三ノ宮、大阪、新大阪、高槻、京都など、いろんな駅を通って行った。
…肉まん買いたかった…。
はっきり目が覚めた時には、ちょうど近江八幡を発車したあたりだった。
ここから、能登川と彦根にのみ停まり、米原に至る。
どうやら、男たちは完全に私を逃がしたらしい。私が今こうして安全に寝ていられたことが証明している。
すでに辺りは日が沈みはじめている。周りは赤く染まり始めた。昨日これを見たとき、私は熱海にいた。
鉄道の凄さを感じながら、私は今1度車内を見回した。
ーーまもなく、米原です。米原を出ますと、次は坂田です。なお、後ろ寄り10両は、米原に停車後、切り離しを行います。長浜方面までご利用のお客さまは、前よりの車両にお移りくださいーー
放送がかかった途端、私は降りる準備をした。
ドアの前に待機した。列車は開けた土地のなかにあるホーム群のうちの1つに滑り込んだ。
本当はこのまま豊橋行きの快速に乗る予定だったが、どうやらすぐに出る大垣行き普通に乗り、大垣から快速列車に乗ったほうが早く済むようだ。
ドアが開いた瞬間、私はJR東海側のホームに向かった。走ると危ないので、早歩きぐらいで。
ホームには、315系電車が停まっていた。
これを最後に見たのは、熱海の運転見合わせが解消された直後、数本の沼津行き列車のうちの一本だった。
「………!!!」
私の体は、突然冷や汗をかき始めた。
大勢の人混みのなかに、岡山駅で私を捕まえようとしてきた男のうちの1人がいたのだ!!
おそらく、私が乗った列車のあたりをつけてここまで来たのだろう。
向こうは気がついていないようだ。私はとっさに別の方を向き、背を低く見せれるようにした。こうすれば周りの人に紛れることができる。
ドアが開いた後、私はすぐに乗り込んだ。何とかホームの向かい側の席に座ることができた。
どうやらあの男はまだホームを探しているらしく、列車のドアが閉まったあとも探していた。
ドアが閉まったことを確認した後、私は再び安堵した。
もうすでにここまで来ていた。これは非常にまずい。
すぐにメールで籾治に連絡をした。
本当は豊橋駅で降りる予定だったが、もっと手前で降りる必要があるようだ。
籾治には、今日だけ家に泊めてもらう。私の家に帰るべきではないと考えたからだ。理由は、脱出前夜、母の不審な行動である。明らかに普段の母が発することのない言葉に、私は違和感を感じた。それを、どうも見過ごすことができなかったのだ。
列車は、関ヶ原や垂井を通り、大垣に停車した。
ここから快速列車が出ている。とはいえ、乗り換え時間はあまりない。そのため、本当はやってはいけないのだが、大垣走りをすることにした。
無事に列車に乗り込むことができたが、すでに空は暗くなっている。西の彼方が若干赤くなっている程度だ。時間が経つのは本当に早い。16時28分、快速列車は大垣を発車した。
道中、妙に印象に残った情景といえば、穂積駅前にあった丸街灯である。車内から見えたのだが、曇った光が何とも言えない暖かさを感じる。それは一瞬で見えなくなっていった。
岐阜を発車し、尾張一宮に差し掛かろうとしていた。
木曽川を渡りきったところで、列車は減速を始めた。
次の木曽川駅は通過駅だ。なんなのだろう…。
しかし、しばらくするともとの速さに戻っていた。
空は完全に真っ暗。夜の町が遠くで輝く。
列車は一宮、稲沢、清須、枇杷島を通り、とうとう愛知県最大の町、名古屋にたどり着いた。
名古屋というだけでもう懐かしいが、ボケっとしてはいられない。ここから名鉄に乗り換える。
この旅では初めての大手私鉄なのだが、もちろん乗車料金100円をケチりたいわけではない。
…あ、名古屋から豊橋へは名鉄のほうが100円だけ安く済むのだ。
万が一追っ手が来ていることも想定して、籾治には蒲郡駅に来てもらうよう要請した。
もちろん、東海道線の正規ルートで行くわけもなく、
名古屋から新安城駅までいき、そこから名鉄西尾線に乗り換えて吉良吉田。吉良吉田から名鉄蒲郡線に乗り換えて蒲郡に至る。
名古屋↔蒲郡なら、まず使わないルート。
籾治もそれを理解してか、だいぶ遅い時間に来てくれる。
「うう…。せまい…。」
名鉄名古屋駅は、ターミナル駅のクセに線路が上下1本ずつしかなく、鉄道好きや現地民には日本一忙しい駅とか、迷鉄名古屋なんて呼ばれていたりする。
安城、岡崎、豊橋方面のホームに、特急豊橋行きが入線してきた。これに乗れば、まずは新安城までは行けるな…。
本数が少ない西尾線と蒲郡線を何とか乗り継ぎ、蒲郡に到着した時にはすでに21時になっていた。
初めて見る夜の蒲郡駅に少し困惑しながらも、私は外に出た。
駅前には、見慣れた車が一台…。
…籾治のお母さんの車だ…!!
「あ、真見ちゃん!!」
「籾治!!」
車のそばには、籾治がいた。
数日ぶりの再会、そして孤独感と恐怖からの解放。おかげで私は涙が止まらなかった。
その日は、籾治の家でお風呂に入れてもらい、そのまま寝かせてもらった。
しかし、本当の逃走は明日からである。
しかし、勝負は明日以降に持ち越しである。




