脱出二日目・午前 城下と海の国から
いつもの家の中にいるはずなのに、揺れている…。そのとき、私は目が覚めた。
「…ああ、そっか。寝台特急に乗ってるんだった…。」
窓には日の出前の田んぼが広がっていた。この風景なら、相生付近だろう。
部屋にある時計を見てみると、午前5時だった。岡山に着くのは6時ごろなので、あと1時間はサンライズを楽しむことができるというわけだ。
私は寝間着から2日目の着替えに変え、部屋をきれいにした後にカバンを背負い、部屋から出た。
昨日はロクにできていなかった車内探検をするのだ。まだ朝早いため、できる限り音を立てずに戸を開けた。
今までにないほどには静かで、あまり出歩かないほうがよいさえ思った。なんとか3号車にあるラウンジにたどり着くも、やはり人はいない。私はなんとなく南側の景色が見える席に座った。
遠くで山々から顔を出そうとしている太陽が見える。なかなかの速度で山を貫いていくと、相生を通過した。ここまで来れば、岡山まであと少しである。
それにしても、どうしても私の中にある妙なもやもやがずっと残っている。この旅を始めてから、ずっと抱いていたのかもしれないが、言葉に言い表せないモヤモヤが、確かにあった。しかし、そんなモヤモヤも、突如鳴り響いた車内放送で忘れていった。
ーーあと、9分ほどで、岡山です。お出口左側、8番乗り場です。ーー
もうすぐだ。もうすぐで岡山だ。一度来たことがあるのに、妙にテンションが上がっている。
ラウンジで外を眺めていると、段々と大きな建物が増えてきた。突然、線路が増え、とうとう岡山駅の構内に入線した。乗車時間にして約7時間。豊橋から長野県の上諏訪まで飯田線で行くくらいの時間も乗車したのに、私は体感で数分しか乗っていないように感じた。…そりゃそうか。ほとんど寝てたんだもん…。
窓からホームも見え始めた。そろそろ立とう。私はドアの前に待機した。安全に止まると、すぐさまドアが開いた。
私は小走りに7号車と8号車の間に向かった。これから列車は、高松行きのサンライズ瀬戸と、出雲市行きのサンライズ出雲に分かれてそれぞれの行先に行く。
その連結解除の様子を見に来たわけだ。
「うわあ…。やっぱりどんなときでも列車のこういうシーンは見逃せないなあ…。」
よくわからない感傷に浸っていると、すでに作業は終わっていた。
早すぎますよ…。まあ、遅れたらまずいし、速さと安全性の両立は素晴らしいことなので、この雑念は忘れることにした。
さて、岡山に来たはいいものの、特にすることもない。岡山城は前来たときに行ったし、特に見たいものもない。…高松に行ってみよう。
節約ばっかりしてきたので、少しばかり路銀に余裕ができた。これくらいあれば、高松まで往復するくらいはできるだろう。そうと決まれば早速向かいに止まってる高松行きの快速マリンライナーにぃ…。
………。…お腹すいた…。先に朝ごはんにしよう…。
もちろん、万が一のための節約で、コンビニ飯である。
私は一度改札から出て、コンビニでご飯を買い、高松までの切符を買って入場した。
さっきはじっくりと見ることができなかったが、ここ数年で岡山地区の鉄道事情もだいぶ変わったようだ。
まず、末期色と呼ばれた黄色い国鉄型普通列車がいない…。さすがに全滅はしていないだろうが、少なくともこの場にはいない。ほとんど227系である。
特急やくもも、国鉄型の381系ではなく、新型の273系になった。それ以外は特に変わっているようには見えない。
相変わらずキハ40系もいるし、スーパーおき君もいる。快速マリンライナーの車両も変わりない。このどこからどう見ても関西でよく見る223系な車両は、JR四国の5000系である。
一部は本当に223系らしいけど。
素早く朝食を済ませた私は、停まっているマリンライナーに急いだ。いつの間にかサンライズ号も発車していて、朝ラッシュが始まってきた。
マリンライナーの車内に入ると、すでに座席は満員、立ち席の人もそれなりにいた。仕方ない。さっきまでぐうぐう寝てたんだ。立つことくらい我慢しよう。…普段から我慢してるか。
乗り込んで少しすると、ドアが閉まり、列車は発車した。しばらくは混雑が続いていたが、茶屋町あたりで一気に人が降り、私も窓側に座ることができた。
そうこうしているうちに児島を発車し、海を渡り始めた。これが瀬戸大橋で、渡っているのは瀬戸内海だ。
ちょうどこの上を自動車が走っているのだ。
初めて乗る区間にワクワクしながらも、のんびりしていると、坂出に停まり、すぐに高松に着いた。
ここはもう四国である。
「うわー、見たことない車両だらけ!メモリが足りないッ!!」
やってくる列車は、もちろんJR四国が誇る通勤車両や、特急車両ばかり。夢中で撮影していると、すぐに岡山に戻る時間になってしまった。
本当は足を伸ばして琴平や屋島にも行きたかった…。
どことなく演歌っぽい列車接近メロディが流れる中、私は名残惜しい気持ちでマリンライナーの停車位置で並んだ。今回は列の先頭なので、ほぼ確実に座れるはず。
やはり。今回は座れた。
せっかちなのか、すぐに扉を閉めてマリンライナーは発車した。
「あ、あれさっきのサンライズじゃん。」
高松駅の近くにある車庫に、サンライズ号が停泊していた。また乗りたいと思える列車だった。
高松での滞在時間はわずか20分だ。まあ、何はともあれ、岡山に戻ってきた。
さて、また暇になってしまった。自由に使えるお金は、残り500円となってしまった。
もちろん、食費と帰りの交通費は抜いてある。
500円…。…そうだ、路面電車に乗ろう。
最後に籾治の家で遊んだとき、私は岡山の路面電車について言及した。岡電とは岡山電気軌道の略で、文字通り路面電車を運行している。東山線と精輝橋線がある。以前岡山に行った際、私は東山線の城下電停までしか乗っていない。この機会に、全線完乗してしまおう。片道は160円だから、路銀にも影響はさほどない。
そうと決まれば岡山駅前電停に急ごう…。と思ったのだが…。
「…迷った…。どうしよ…。」
小雨が降る中、私は岡山駅前電停までやってきた。現在、岡山駅前電停を、より岡山駅に近い位置に移転する工事を行っている。今はまだ全然できていないが、いずれはほとんど歩かずに路面電車に乗れるようになる。
「あ、もう列車がいる。えーっと、後乗り前降りだから、このドアかな。」
料金は降りるときに払うらしいので、私は適当なところの席を確保した。
乗客が乗り終わると、すぐに扉が閉まり、発車した。
故郷、豊橋で散々乗ってきた路面電車だが、ここ岡山のものは、非常に豊橋のそれに似ている。
愛知から恐ろしく離れているはずなのに、懐かしさがこみあげてくる。
一瞬、泣きそうになった。
だが、そんなことをしても無駄だと思い、私は我慢した。
そうこうしている間も、列車は終点の東山電停に到着した。
終点まで乗り通したのは、私ただ1人だった。
さて、ここから折り返しの列車に乗ってもいいのだが、この岡電には東山に行く東山線のほかに、途中から分岐して清輝橋に行く清輝橋線もある。終点清輝橋まで、徒歩でも全然歩ける距離なはずだ。
しっかり睡眠をとることができたので、それくらいなら歩ける。
私は車庫にいる列車の写真を撮り、線路を追って歩き出す。
途中、東山線の電停をいくつか見た。が、途中から線路は右折し、私が歩いている道路から離れて行った。
昨日が3月31日で、今日は4月1日。川にかかる橋を渡っていると、下流のほうに桜の花だと思われる木が見られた。
新しい月になったというのに、何をしているんだ私は…。そうして、何となく名古屋港付近の道のようにも見えるその大通りを、私はわざとらしくゆったりと進んだ。
そんなこともありながら歩いていると、遠くに路面電車の線路が見えた。清輝橋線である。
どうやら清輝橋電停の少し手前に出てしまったようだ。
それくらいなら大丈夫だろう。近くにあった電低迷を確認すると、大雲寺前だった。
清輝橋まではあと2駅である。
しっかり歩こう。
そう気張ったのはいいものの、案外すぐに見えてきた。どうやら歩道橋からホームに降りるようだ。
これは豊橋ではない形態なので、なかなか面白い。
「…歩道橋から入るお店か…。山陽地域は恐ろしい…。」
電停には、これまた列車が待機していた。すぐさま乗り込む。
にしても、さすが県庁所在地を走る路面電車。終点も街中だ。
しっかり寝たとはいえ、ここ2日で精神をすり減らしたため、それくらいしか感想が出てこなかった。
しかし、そんな精神をいやす間もなく、電車は終点の岡山駅前電停についてしまった。
なかなか早いとは思っても、実際には岡山駅で路面電車に乗り始めてからすでに1時間がたっている。
私は料金を支払うために財布を開いた。
「…小銭がない…!」
岡電は現金で支払う時はぴったりの金額を機械に投入しないといけない。
私の財布の中には、500円玉と、100円玉、あとは端数硬貨が数枚。…車内で両替しよう…。私はほかの人に先に降りてもらって、最後に両替をして料金を払い、岡山駅前に降りた。
そのまま駅のほうまで戻り、東のほうへ向かう切符を買っていた。ここでは姫路までしか買えなかったので、そこで必ず改札を通る必要がある。乗り越し精算は面倒だからだ。
しかし、ここでその後の予定を大きく狂わす事件が起こった。
「おい、あんた。」
「!!」
切符を買い、さて改札を通ろうとしたところで、大柄の男2人組に止められた。
「な、何か用でしょうか?」
今は男装をしている。私はわざと低めな声を出した。
…もしや、私が女だとバレた…?しかし、男の発した言葉に、私は絶句することになる。
「…あんた、木村真見だよな?」
その単語を聞いた途端、私の心臓は急速に鼓動を早くした。…なぜ、なぜ私の名前を、知っている…!?
山陽地域の親戚などいないはずだ…。…。……。
しばらくお互いに硬直したのち、私は走って改札に向かった。
「あ、てめえ!」
急に私が走り出したこと、その男たちが私を追ってきたこともあり、周りの人は男2人を取り押さえた。
「おい!待て!貴様!」
男の怒号が遠くで聞こえるが、私はそんな事を気にも留めず、切符を通して改札を抜け、姫路方面の列車が来るホームに降り立った。そこには2本の213系電車が止まっていた。一方は西大寺行き、もう一方は長船行きである。電光掲示板を見ると、西大寺行のほうが先に出る。というかもうすぐの発車だ。
正直西大寺や長船がどの路線の駅なのか、見当もつかない。が、そんなことを言っていたらあの男に捕まってしまう。
私はその西大寺行に飛び乗った。その瞬間、まるで待っていましたといわんばかりにホームベルが鳴り響いた。そして、あの男たちが降りてくる前にドアが閉まり、発車した。
その瞬間、私の緊張は一気に抜けた。そして、疲労感が一気に押し寄せてきた。私はフラフラになりながらも、空いている席に座った。
時刻は、ちょうど12時になった。




