脱出一日目・午後その二 夜間待機
今日は、確かに風が強かった。しかし、とうとう東海道線が運転見合わせになってしまった。私の乗るサンライズ号は、東京から東海道線を通って西へ行く。つまり、このまま列車が来る二十三時までに運転再開されなければ、私は帰る手段すらない状態になる。一応、新幹線の方は走っているようなので、頑張れば豊橋に帰ることもできるわけだ。…それはなんか嫌だな…。
駅員さんに聞いても、寝台券は払い戻しできないとのことなので、仕方なく改札内の通路で待機していた。ホームに上がったら、それこそ自身が吹っ飛びそうな感じがするからだ。
電光掲示板を見ると、十七時台の沼津行き普通列車が表示されたままで、その下ではすさまじい勢いで運転見合わせの旨を伝えるテロップが流れている。
伊東線や、東京方面の東海道線は生きているようで、次々と列車案内が切り替わる。
伊東駅で買った駅弁が冷め始めた。下に座るような場所もないので、私は一番線に上がり、そこのベンチに座った。ほかの利用者がいるなかで、待合室に入る勇気が出なかったわけだ。とはいえ、一番線は壁があるため、風も多少は防げる。
「うッ寒ッ!!」
壁があるとはいえ、やはり列車が止まるくらいに風が強い。ささっと食べちゃおう…。
駅弁は、さっき買ったばかりのはずなのに、けっこう冷えていた。
一人の夕食を済ませ、私は駅のホームから降りた。このままだと、普通に風邪を引きそうだったからだ。
さっき右手を使ったせいか、やたら痛む。まだ傷がふさがっていないから無理もない。
いつまでこの傷の後が残るのかは分からないが、しばらくは目で見える罪としての意味はありそうだ。
私がホームから降りても、今だ人は絶えず、切符の払い戻しを求める人、新幹線の切符購入の列に並ぶ人、親族の迎えを待つ人、さまざまな人が小さな駅を囲んでいる。
私は、手元の時刻表を確認した。新幹線は何本も運転されている。九時になったら、諦めて帰ったほうがよさそうだ。そのときは、仕方がない。
…そうならないのが一番なのだが…。
「…籾治に連絡しておこうかな…。」
どうしようもない孤独感のせいか、頼りになる親友の声を聞きたくなってきた。
私は籾治の携帯に電話をかけた。
数コールなった後に、籾治は出た。
「真見ちゃん!?大丈夫?ちゃんと無事?」
「籾治…、大丈夫。でも…、…そっちに帰れないかも…。」
「…熱海で立ち往生…?」
「…まあね。もしかしたら熱海で一泊過ごすかもだし…。まあ、なにより、元気だから心配しないで。じゃあ、また明日電話する。」
「うん…。気をつけて…。」
最後の籾治の声から、大層心配をしているのが感じ取れた。ケガの件は、言えなかった。
いつの間にか、時刻は二十時四十五分を回り、人も少なくなってきた。
相変わらず十七時台発の列車の表示のままで、運転再開するのか、いささか不安ではある。
その後も、駅の中をぐるぐる回っては、暇つぶしに本を読み、時にはホームに上がってなんとなく伊東や東京に行く列車を見たり、切符を眺めたりしていた。
非常事態だ。何かしていないと落ち着かない。
そうしていると、一時間がたった。
すると、何度もかかっていた駅構内アナウンスが鳴り響いた。
ーーご連絡いたします。強風の影響で運転を見合わせております、東海道線、熱海↔沼津間は、午後八時五十三分、安全が確認されたため、運転を再開いたします。ーー
…うそ…。やったああああああああ!!
私は、心のなかで思いっきり叫んだ。諦めないでよかった。これでサンライズは予定通り運転される。私ははやる気持ちを抑えつつ、三番ホームに上がってみた。そこには、先ほどまでは見ることもなかったJR東海の三一三系が停車していた。
「…まさか、三一三系を見て安堵する日が来ようとは…。」
常日頃から見ている鉄道車両を見ると、遠く離れた地でも、地元感を感じるわけだ。
周りの人も、ようやく家に帰れると安堵した様子を見せる人が多かった。
そのまま、私は5番線へ移った。そこにある電光掲示板に、次発:サンライズ瀬戸・出雲、と、しっかり書いてあったからだ。
深夜の二十三時。熱海のホームを淡いクリーム色の前照灯で照らす列車がやってきた。間違いない。特急サンライズに使用される、JR西日本の二八五系だ。
小さい頃に東京に行った際、新幹線の車窓から停泊中の車両を見たことはあったが、実際に乗るのは始めてだ。
私は、口には出さなかったものの、かなり興奮していた。あこがれの寝台特急に、今、足を踏み入れるのだ。
車内に入ったとき、いつもの鉄道とは違う雰囲気を感じた。紛れもなく、旅館の空気である。
私は、自身の部屋に行く傍ら、シャワーチケット券売機を見てみた。サンライズ号にはシャワーがあるが、お湯に限りがあるので、こうして券売機でチケットを買う必要があるのだが…。
「…売り切れ…。」
普通に完売していた。それはそうだろう。サンライズ号は東京発だ。すでにそこから大量の旅客が乗車している。売れ残っているほうがおかしいわけだ。
まあ、そもそも私は温泉に入ってるから風呂キャンセルになることはないのだが。
私はガッカリしながらも、自分の部屋に入った。
ソロということもあり、やはり狭さは感じるが、ベッドは非常にふかふかで、安眠できそうだ。
私は、ずっと背負っていたカバンを下ろし、ドアを閉めた。ささっと用意されている寝間着に着替えたところで、列車は発車した。疲れたので横になろうとしてみたが、部屋の明かりがついたままだったので、全部消してみた。部屋からはちょうど熱海の夜景が良く見えた。先ほどまでは風が強く、雨が降っていたはずなのに、今は澄んだ空気になったようだ。
少し夜景を眺めていると、丹那トンネルに入ってしまった。トンネル内の明かりがまぶしいため、ブラインドを下ろした。
「…これで朝起きたら岡山なんだもんなあ…。」
明日は、ちょっと高松のほうまで行ってみようかな…。この時だけは、なぜか普通に一人旅をしているような気分になった。
ちょうどトンネルも過ぎたようで、ブラインドを上げると外には三島の夜景が広がっている。本当はまだまだこの室内を楽しみたかったのだが、明日も早いし、もう寝よう。
これまた用意されていた布団をかぶり、私は眠りについた。浜松を過ぎたら列車は姫路までノンストップだ。母の妨害もないだろう。
午前一時四十分、豊橋駅通過




