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第54話 私の師匠は最強※日和視点

 訓練場の中央へ、伊吹と神崎、東郷の三人が揃って歩み出ていく。


 今度は三人で挑戦するようだ。師匠が強者であることを認めつつ、やられっぱなしではいられない。師匠も、かかってこいというように頷いて立ちふさがった。


 日和は壁際の長椅子から、美月やすずなと一緒にその様子を見守っている。


 東郷が後方に位置を取り、伊吹が右、神崎が左。三角形の配置。ダンジョン攻略で用いるような立ち位置。


「右は颯太。左は蓮で」


「わかった」


「おう」


 短い指示で、二人が返事と同時に踏み込んだ。タイミングはバッチリ。伊吹の上段振り下ろし、神崎のすくい上げ。二つの斬撃が透を挟みにかかる。


 そのど真ん中で透は立ったまま軸足を半歩、内側に引いただけだった。


 ふたりの刃は透の身体の横を通り過ぎる。それと同時に模擬刀の柄頭が伊吹の両手剣の根元を撫で、空いた手のひらが神崎の腕に置かれる。次の瞬間、ふたりは重心を外されて地面に転がされた。


 そのまま透は少し離れた東郷の前に飛び出ると、槍も外側へ大きくいなされる。


「くっ!」


 三人揃って、片膝を地面につけさせられていた。


「……まじか」


 伊吹が顔を上げる。


「まだまだ、これから!」


 自分を鼓舞するように言葉を発し、師匠に強い視線を向ける。ここで諦めずに立ち向かおうとするのが、私たちのパーティーだった。東郷と神崎も武器を握り直した。


 二度目の挑戦。東郷は配置を入れ替え、伊吹を半拍早く、神崎を二の太刀で。自分は外側を槍で押さえる。ダンジョン内で実際に何度か決めてきた、いつもの形。


 神崎の切っ先が、透の刀身に外側へ静かに払いのけられる。数センチ外側に滑った剣先は、透を空振りで通り過ぎる。当たらない。カウンターのように、神崎が吹き飛ばされて倒れた。


 流れのまま透は攻撃してくる伊吹に向き直ると、突きの軌道の内側に滑り込んだ。柄頭が腹のぎりぎり手前を軽く押す。伊吹も地面に転がされる。


 そこへ、気配を消しながら東郷の槍がすうっと長く伸びてきた。


 けれど透の身体は、もうその穂先の外側に立っている。刀身が柄の根元を撫で東郷も後ろ向きに倒された。


「すごい。全員、一瞬のうちに倒されてるよ……」


「師匠が、いっぺんに三人を倒したから」


「そんなの、可能なんですか……?」


 様子を見ていた日和たちの反応。驚く二人の横で、日和はどこか自慢げだった。


「ぐっ! もう一回、立て直して行く! 今度は、いつもの形を捨てよう」


 まだまだ諦めずに、三度目の挑戦。三人は息を荒くして、動きもぎこちない。だが、それでも止まらない。


 伊吹は横へ足を流し続け、神崎は剣先を上下に揺らして間合いを刻む。東郷の槍は方向を定めない。それぞれが自分の最善を、意識的に崩して行く。


 ばらばらのリズムの、ある一拍。三人がアドリブでタイミングを合わせて、同時に攻めかかる。いつもと違った、呼吸を合わせた三方向同時。


 そのど真ん中で、透は視線だけを動かして、足は動かさなかった。


 ただ模擬刀を左から右へすうっと一度、軽く横に流しただけ。


 まるで吸い寄せられるように、向けられていた三本の刃がすべて外側へ弾かれる。三人の身体は踏み込みの慣性に追いつかず、前へつんのめる。


「ぐあっ!?」


 ゴロゴロゴロ。


 三回目の彼らは、揃って地面に転がされていた。


 歴然とした格の違い。日和の胸の奥で、誇らしさがぱたぱたと羽ばたいていた。師匠の実力を目の当たりにして、その想いが、心の深い場所へ静かに降りていく。


 やっぱり、私の師匠は強いんだ。


「……あの人、いま、呼吸は乱してる?」


 伊吹の観察する視線に、神崎と東郷の目もつられて透に向く。


 ほほ笑みを浮かべる透の肩は上下していない。胸の呼吸の幅も変わらず。額に汗の粒ひとつ見えない。手合わせを始めてから今まで、何ひとつ変わっていなかった。


「……いや、全然。消耗すらさせられなかったか」


「ヤバいな」


 大量の汗を流す三人が、揃って黙る。


 悔しさはもうほとんどなく、深い納得が彼らの奥底に刺さった。圧倒的な実力差を理解させられた。


「……うわぁ」


 彼らの手合わせに見入っていた美月が、ようやく両手を口元から離した。


「日和。あなたの師匠……凄いね」


 すずなが両手を胸の前で握りしめたまま、美月の言葉に同意するように頷いていた。師匠を見る二人の視線には、純粋な強さへの憧れがあった。



***



「凪原さん。私たちにも、教えてもらえますか?」


 美月の声がすっと置かれた。「ね、すずなも」


 すずなが両手をぎゅっと握ったまま、こくこくと深く頷く。声にはならない。ただ、その頷きに、……挑戦したい、という気持ちが込められていた。強者に対する、尊敬の眼差し。


「もちろん」


 前に出てきた女性たちに、透の声に何の気負いもない。けれどその芯には、指導者としての重さがちゃんと入っていた。


 美月がナイフサイズの剣と、腕に通す小ぶりの円盾を構えて、中央に進み出る。どちらも軽い装備で、動きやすさを最優先にした組み合わせだ。


「いつもの動き、見せたほうがいいですか?」


「うん。手加減なしで」


 次の瞬間、美月の身体が地面の上から、ふっと消えるくらいの速さで踏み込んでいた。けれど、それは攻めるための踏み込みではなかった。


 美月の円盾が、ぴっ、と透の胸の前に差し込まれる。剣は突き出さず、相手の視線と腕の起こりを盾で塞ぎながら、半歩、横へ滑る。透が手を伸ばすより先に、美月の身体はもう透の右脇から、すうっと後方へ抜けていた。


 攻撃を当てるための踏み込みではない。相手の視線を奪って、安全に離脱するための踏み込み。


 美月はダンジョン攻略で、サポート役として活躍してくれている。罠を見つけて、通路の安全を確かめ、敵が現れれば周囲の警戒。危なければすぐに引く判断を出してくれる。倒すことより、生き残ること。仲間を生き残らせること。彼女の戦い方は、ずっとそこに軸がある。


「うん。桐谷さんの戦い方、いいね」


 透は、美月が抜けた背中を目で追って、目元を緩めた。


「引いて、生き残るための型。ダンジョンの先頭で、罠と敵を見ながら、仲間の安全まで確保する人の動きだ」


「はい、そうです。そのつもりで、やってます」


「いまの離脱、いい線まで来てる。ただ、盾を差し込む瞬間、ほんの少しだけ、肩が一緒に前に出てる。肩が出ると、相手の手が届く間合いが、半歩、向こうに広がる。盾だけ先に置いて、肩は引いたまま。そうすると、相手の手が届かない位置からは、視線だけ塞いで離脱できる。もう半歩、生き残れる距離が伸びる」


 ――あ。それ、私もなんとなく気になってたことだ。


 日和は壁際の長椅子の上で、ひそかに頷く。説明できなかったその「ほんの少し」を、透はひと目で見抜いていた。言語化して、指導してくれる。


 それを聞いた美月の目が、すっと細くなる。生き残れる距離という言い方を、透は無造作に置いた。戦い方の芯を、ひと言で言い当てている。


 その言葉を、美月はちゃんと受け取った顔をしていた。


 もう一度、踏み込んでみる。盾を先に、肩は引いたまま、半歩、横へ滑り抜ける。


 一瞬前よりも、動きがはっきりと、ひとつ滑らかになった。離脱までの距離が、目に見えて短くなっている。


 しばらく指導を受けた美月は、教えてもらったことを忘れないように繰り返しながら、下がっていく。


「えっと、次は、私……。よろしくお願いします」


 美月と代わり、今度はすずながおずおずと中央へ進み出てきた。


「うん。葉山さん。武器は何使ってるの?」


「あ、主に使っているのは刀、です。家が、武道の家系で……。祖父が、剣道の師範なので……」


 すずなの人見知りが発動する。消え入りそうな声で言いながら、ラックから自分が使う長さの模擬刀を両手でぎゅっと抱えて戻ってきた。


 そんなすずなの性格は、パーティーの中でいちばん控えめに見える。だけど、刀を構えた瞬間のすずなは、いつもまるで別人のように苛烈だった。


「なるほど。構えを見せてくれる?」


「はい」


 すずなが静かに返事をして刀を構えた瞬間、背骨がすっとまっすぐに伸びた。


 いつも内側に丸まっている肩が、刀のときだけは別人みたいにまっすぐ立つ。


 すずなの様子を見て、透は特に何も言わなかった。肩、肘、足の置き方、腰の落とし方。順番にしずかに観察している。模擬戦のときとは、一段上がった温度。


 観察を終えた透が、口を開く。


「葉山さんの構え、いいと思う。ぜんぶ、ちゃんと身体に馴染んでいる。俺は我流で鍛えてきたから解釈が間違っているかもしれないけれど、長く稽古してきた人の構えだと感じるよ」


 褒められたすずなの顔が、ぱっと赤くなる。


「あ、ありがとうございます。これが私の、いつも通りで……。いきます」


 すずなが深くひと息を吐いて、柄を握り直した。攻める瞬間、すずなの目の色が変わる。


 普段のおどおどしたすずなは、もうそこにいなかった。代わりに、まっすぐな剣筋を引ける戦士が立っていた。


 踏み込みがすうっと真っ直ぐに走り、剣先が透の真芯にぴたりと伸びる。


 透は足を引いて、刀身を外側から静かに払った。剣先が、数センチ外側に滑る。だが、すずなはそのまま二の太刀で、角度を内側に巻き戻した。


 ――あ。すずな、いまの巻き戻し、いつもより鋭くて速いな。


 数度の応酬のあとで、透が刀身を軽く下げる。


「葉山さん、すごくいいよ。ひとつだけ、踏み込みの一拍目で、ほんの少し右肩に力が入る癖がある。力で抜こうとしない。深く、ひと息。ひと息で肩の力が抜けると、剣筋がもう一段、まっすぐ走る」


 すずながゆっくり深く息を吸い、ゆっくり吐く。次の踏み込みで、剣先がまた、すうっと、一段まっすぐに走った。


「うん。それ、葉山さんのいちばんいい剣筋」


「……っ、凄いです。凪原さん、凄いです」


 透は嬉しそうに頷いた。何度か剣を交えた後、ふと首を傾けながら師匠がすずなに聞く。


「葉山さん。武道の家系って、ご実家で指導しているのは刀だけ?」


「あ、いえ。主に刀術ですけど、弓や薙刀も教えています。私は子供のころ、一通り習わされました」


「弓も?」


「は、はい。得意というほどでは、ないんですけど……」


「なるほど。葉山さん、刀はもう、しっかり身体に入ってる。これから先、もう一段強くなりたかったら、サブ武器、ひとつ持つといいかも。後衛もちょっとできると、パーティーの動きの幅が、すごく広くなると思う」


 すずなの両手が、刀の柄をぎゅっと握り直した。


 ――すずなが、弓か。いいかも。


「祖父に、子供のころ、弓は、けっこう教えてもらったんですが……もう何年も、引いてないんですけど」


 すずなの声が、いつもより半音、明るかった。


「葉山さんの集中の質と、肩の入り方を見てる感じだと、弓も、たぶん相性がいい。刀をメインに置いたまま、引き出しのひとつとして、ちょっとずつ思い出していくと、面白いかも」


「は、はいっ。やって、みます……っ」


 すずなの声に、いつもの自信なさげな態度とは別の、はっきりとした芯が入っていた。武道の家の娘として叩き込まれてきたことが、自分の力として認められた。そういう色の頷きに見えた。


 模擬戦の前にパーティーメンバーのみんなが抱えていた疑問。「本当に、この人が日和より上なのか?」――その疑問は、もう完全に塗り替わっていた。代わりに、……戦闘も、観察も、指導も、ぜんぶ桁が違う、という事実が日和の仲間たちの中で置き直されていく。



***



「日和。せっかくだから、こっちも一本やっとくか」


 女子組の指導がひと段落ついたあと、透が長椅子の方を見て目元を緩めた。


「はい、師匠!」


 いつもは二人だけの訓練場で、誰の目もないところで行っている、あの時間。それを、いまから仲間の前で行う。


 日和の胸の奥がきゅっと引き締まる。緊張ではなかった。


 訓練用武器のラックから自分の得物と似た武器を取って、中央へ歩み出る。五人ぶんの視線が背中を追ってくる。ただ、いまの日和は、それを背中に置いたまま、普段の透との訓練のいつもの呼吸の中に、もう戻っていた。


「お願いします」


「お願いします」


 透はだらりと刀身を下げたまま、いつもの自然体で立っている。二人だけの時と、何ひとつ変わらない構え。


 普段の訓練と同じく、いつもの一拍目からまっすぐ踏み込んだ。訓練場の地面が抉れるほど強く。そのエネルギーを剣先に向けて、透の真芯に走る。


 透が身体を内側に引いて、同時に刀身を外側からふわりと撫でる。剣先が数ミリ、外側に滑る。


 その数ミリを、日和の身体はもう十分に知っている。恐怖心を捨てて、攻撃を迎え入れつつ、ギリギリで回避する。美月たちの、危ない、という心配する声が聞こえたような気がするけれど、集中している日和は無視して動き続けた。


 二拍目、角度を内側に巻き戻す。剣先が透の刀身を、なぞり返すように戻る。


 透がほんのわずかに目元を緩めた。うん。日和、今のはいいね。そう言ってくれているようで。


 次の瞬間、透の身体がふらりと、日和の右半身のぎりぎり内側に滑り込んでいた。日和は三拍目で半歩、足を後ろに引く。剣の柄頭が、ことり、と透の模擬刀の根元を撫でる。


 ふだんの訓練で何度も繰り返してきた、いつもの応酬。


 訓練場の壁際から、声にならない、息の止まる気配が五つぶん流れてくる。


 透と日和の振るう武器の軽い接触音だけが、訓練場の空間に静かに続いていた。


 外から見れば、ふたりは中央でゆらゆらと揺れているだけに見える。そんな応酬の中で、剣の角度と刀の刃筋が、何度も、ほんの数ミリの差ですれ違っていた。


 今のは、いつもより、いい感触だった。


 その目線を受け取った瞬間、日和は踏み込みをぴたりと止めた。師匠が止まったから、ここまで。


「ありがとうございました」


「うん。お疲れさま」


「……日和。あなた、いま、ふつうに凪原さんと、剣、合わせてたよね?」


 美月の声が半音低い。


「……うん。いつものとおりに」


「うわぁ。凄いね」


「俺たち、三人がかりで、一回も攻撃が届かなかったよな」


「日和は、いま、ちゃんと、何回か当ててたけど」


「……うーん。当てては、いたけど。当ててもらえてた、っていう感じ、かな」


「あー、なるほど。そうなのか」


 日和の答えに、自分の把握できる範疇を超えていると神崎が額を押さえた。


「あんなレベルの動きを、毎日、受けているのか」


「……羨ましい、です」


 すずなも、両手を胸の前でぎゅっと握りしめたまま、目だけで、……日和さん、凄いです、と伝えてきていた。


 日和は剣を肩の高さに戻したまま、ちょっと頬の内側で笑いをこらえる。


 いつもの訓練を、いつもの透と、いつも通りにこなしただけ。ただ、いつものを、いま仲間が横でちゃんと見ていた。それだけで、五人の表情が納得と尊敬の眼差しに変わる。その視線は日和だけでなく、師匠にも向けられていた。


 私の師匠の本当の凄さ。そして、その師匠と毎日剣を合わせている、恵まれた自分の場所の価値。仲間が、いま、全部ひとまとめに受け取っている。


***



 ひと通りの訓練が終わって、全員が訓練場の隅にばらばらと腰を下ろした。


 模擬刀をラックに戻し終わった透が、ふらりとこちらに歩いてくる。


「みんな、お疲れさま。悪い、このあと俺は、ちょっと打ち合わせがあって。先生方と、他の学年の指導の件で相談することがあるそうでね。別の生徒からも、話を聞きたいって言われてて。先に上がるね」


「あ、ありがとう、ございました、っ」


 最初に頷いたのは、すずなだった。慌てて立ち上がって、礼をしている。


「凪原さん、ありがとうございましたぁ」


 美月も立ち上がると、疲労で肩を揺らしながらも頭を下げる。


「ありがとうございました」


 伊吹が、いつもより深い角度で頭を下げる。神崎も、東郷も続く。


 三人の「ありがとうございました」は、最初の頃とは明らかに温度が違っていた。小さな疑念は欠片も残っていない。強者に向けた、ちゃんとした礼儀で見送る。


「うん。こちらこそ」


 透がふっと、日和の方に視線を流す。目が合う。ほんの一瞬。


 別に何も言葉は交わさない。ただ、口元のほんのわずかな角度が、訓練終わりに日和だけに見せる、あの少しだけ緩んだ温度に寄った。


「じゃ、行ってくる」


「はい。ご指導ありがとうございました、師匠」


 透は軽く頷き、扉のほうへ歩いていく。扉が開き、廊下のオレンジ色の光が薄く流れ込んだ。


 長椅子の上で、しばらく誰も口を開かなかった。



***


 ようやく落ち着いてきたのか、最初に伊吹が口を開いた。


「……日和。お前さ、あの師匠に、毎日、教わってんの?」


「……毎日、ってわけじゃないけど。だいたい、ね」


「……マジか。日和、お前、あんな師匠に、毎日教わってんのか……。羨ましい」


 そして日和は、深い羨望を向けられる。


「これは、追いつけないわけだ」


 神崎がぽつりと呟く。


「ずっと、なんで、日和の動きに追いつけないんだろう、と思ってたんだけど。これは、追いつけないわけだ」


「日和の実力の理由が、ようやく腑に落ちた」


 東郷が額に手を当てる。


「あれほどの人に指導してもらっている。納得だな」


 理解したというように言いながら、ほんの少し羨ましさを含んでいた。


 日和は長椅子の背もたれにもたれたまま、胸の奥に言葉にならないぬくもりが、幾重にも降ってくるのを感じていた。


 羨ましい。追いつけない。毎日、教わっているのが羨ましい。


 仲間の一言ひとことが、日和の中では別の意味に翻訳されていた。


 私の師匠が、仲間にちゃんと知ってもらえた。認めてもらえた。


 戦いの強さも、指導の温度も、剣を合わせる呼吸の深さも。あの人の全部が、大切な仲間にちゃんと知ってもらえた。


「じゃ、今日はこれで終わり。片付けて、出ようか」


 満足した日和は、立ち上がって指示を出す。全員が続いて立ち上がり、後片付け。使用した模擬武器をひとつずつチェックしてから、ラックに戻していく。


 すずなは刀をラックの奥の定位置にぺこりと頭を下げてから、そっと戻していた。戻し終わったその指先が、ほんの少しだけ、柄のあたりを名残惜しそうに撫でる。


 それから、ふと顔を上げて、少し離れた場所に並んでいる訓練用の弓を見つめた。


 あとで、久しぶりに家で引いてみよう。その目の色が、はっきりと、そう言っていた。


 その様子を見た日和はふっと、唇の端を緩める。


「じゃ、行こうか」


 日和がいちばん最初に扉に手をかける。ひんやりとした金属の感触。


 扉を押し開けると、廊下から夕方の光が静かに流れ込んできた。入ってきたときよりも、ずっと温かい色。


 その光の中へ、仲間のみんながばらばらと歩き出していく。


 日和は扉のところで一度、訓練場の中を振り返った。


 夕方の光が、床の真ん中あたりに長い影を落としている。


 ほんの数十分前まで、仲間たちが倒されていた場所。


 そして、日和の中でいちばん大切な人が、ふらりと立っていた場所。


 訓練場の扉を、ゆっくりと閉める。


 日和はくるりと振り返って、仲間たちのほうへ歩き出した。少しの駆け足で、胸の中で、いちばん大事な事実を、もう一度繰り返しながら。


 私の師匠は、最強なんだ。


 夕方の光の中を、日和の足音が明るく軽く、大切な仲間たちのほうへ向かっていく。

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