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第42話 接触

 依頼の受注と回収品の査定で頻繁に協会のロビーを訪れる透は、色々な探索士から声をかけられるようになっていた。


「ちょっと、オレたちのパーティーと組んでみないか」


 藤林たちとの一件があって以降、他のパーティーへのお誘いを受けることが何度かあった。


 声をかけてくる相手は、おおむね二系統に分かれていた。


 一方は、藤林たちと近い肌ざわりを持つベテラン寄りの探索士たち。装備も発言も落ち着いていて、地に足がついている。実績の積み上げを大事にし、無茶を嫌う種類の人間たちだった。


 もう一方は、若手寄りのパーティーだった。年齢は透よりも少し下、勢いと野心が前面に出ている。素早い昇格を目指して、上位のドロップ品、攻略記録の更新。そういうものに目を輝かせる連中だった。


 そうやって声をかけてきた人たちに嫌な感じはなかった。透は、お試し程度の感覚で、誘われれば素直に頷いていた。


 ベテラン寄りのパーティーと潜ったときは、中ボス部屋前まで「歩いている時間のほうが長い探索」になった。透が索敵の範囲を広げると、進路の先にいる敵がすべて事前に察知できてしまう。進行ルートを柔軟に変更すれば、戦闘そのものが起こらない。


 戦わずに済んだことを、ベテランたちは喜ぶより先に困惑していた。リーダー格の中年男性が苦笑しながら頭を掻いた、あの困り顔を透は覚えている。


「いやあ、なんつーか……勉強になりました凪原さん」


 無事に帰還したあと、そのパーティーのリーダーは無理に笑ってそう言った。透も同じ調子で頷いてみせたが、向こうの目に浮かんでいたのは、今回得られた戦果の多さに対する喜びではなく、戸惑いだった。


 若手寄りのパーティーに参加させてもらったときは、もう少し直接的な反応だった。突撃役の青年が威勢よく前に出た瞬間、彼の身が危ないと感じ取った透は反射的に庇うように動いてしまい、結果として敵集団が一瞬で沈んだ。


 他のメンバーは自分の役割を果たせないまま、あっけなく決着がついてしまった。それが衝撃だったらしく、自信を失う者まで出た。


「……俺、いる意味あったんすかね」


 そんな彼らのメンタルケアをして、なんとか自信を取り戻させることにも成功したのだが、毎回そうやってダンジョン攻略に挑むわけにもいかない。残念ながら、そのお試しも失敗に終わった。


 そうやって何度か組み合わせを変えたり、挑戦するダンジョンの難易度を変えたり、攻略目標を変えてみても、結論は静かに同じ場所へ戻っていった。


 つまり原因は、実力差がありすぎること。合わせようとすればズレが生じる。透の存在で死の危険は軽減されるのだが、足を引っ張らないようにと無理をしてしまい、却ってピンチに陥る場面もあった。探索の難易度が、透の存在によって良くも悪くも変質してしまう。


 参加させてもらったパーティーとダンジョンの攻略に挑戦して、成果も手に入れ、全員揃って戻ってこれたというのに微妙な空気を漂わせていた。


 怒っているわけでも、嫉妬しているわけでもない。ただ誰もが、はっきりとは言葉にできない種類の疲労を抱えていた。


 透は、誰とも噛み合わないのだ。


 仲間と探索する空気そのものは、悪くなかった。誰かと装備の話をしたり、どのルートを取るかを相談したり、休憩時間に他愛のない雑談をしたり――日和が楽しそうに語っていたあの感覚は、確かにそこにあった。


 色々なパーティーに参加させてもらうことで、戦闘以外の部分では新しい繋がりも生まれた。情報交換をする相手や、ロビーで顔を合わせれば軽く言葉を交わす程度の知人も増えていて、透なりに探索士社会へ馴染みつつはあった。


 ただ、他の誰かと一緒に協力してダンジョン攻略に挑む仲間、という意識は持てなかった。



***



「……ふぅん、そうですか」


 訓練の合間の食事の席で、透が色々な人とパーティーを組んだという話をすると、それを聞いた日和が小さく息を吹いた。向かいに座った弟子の表情が、ほんのわずかに曇る。


「お試しで組んだパーティーのメンバーには、女性もいたんですか?」


「ああ、後衛に二人いたかな」


「……ふぅん」


 本日二度目の「ふぅん」は、最初より低かった。透は箸を止めて、向かいの様子をそっとうかがった。日和は視線を下に落とし、用意した味噌汁の豆腐をやけに丁寧につついている。


「日和」


「はい」


「機嫌、悪い?」


「悪くないですよ」


 即答だった。けれど、明らかに機嫌は良くない。声の調子も、いつもより半音ほど低い。豆腐をつつく箸の動きも、心なしか執念じみている。


「師匠」


「ん」


「……師匠は、やっぱりソロのほうがいいと思いますよ」


 そんな彼女の言葉に、透は思わず笑ってしまいそうになって、咄嗟に呑み込んだ。出来るだけ穏やかな声で頷く。


「うん。俺もそう思ってた。そろそろお試しは諦めて、ソロでの活動に集中するよ」


「……本当ですか?」


「本当に」


 そう言うと、少しだけ機嫌を取り戻した日和だった。豆腐をつついていた箸が、ようやく口元へ運ばれていく。


 そんな彼女の反応を見て、透は思いついたことがある。ちゃんと言葉にしておこう。


「日和が探索士の資格を正式に取ったら――」


 一拍、置いた。


「二人で、高難易度のダンジョンを攻略しよう」


 食卓の上の湯気が、ゆっくりと揺れた。日和は、瞬きを一回した。それから、ほとんど間を置かずに、深く頷いた。


「はい!」


 迷いのない返事だった。考える素振りも、照れる素振りもない。約束はもう成立した、とでも言いたげに、すぐに次の言葉が続いた。


「絶対です。約束、忘れないでくださいね」


「忘れないよ」


「指切りも、しておきますか?」


「……それは、ご飯のあとで」


 完全に機嫌を取り戻した日和は、満足そうに頷いて食事に集中する。透もまた、味噌汁を口に運びながら、いつのまにか自分も笑っていることに気づいた。



***



 ソロでの活動を続けて、しばらく経った頃。


 その日も回収した魔石の提出と査定を終えて、そのまま帰ろうとしたところを、いつも対応してくれている女性職員に呼び止められた。


「凪原様、少しよろしいですか」


「どうしました?」


 いつもより少し硬い口調。何かあったのか。


「実は、凪原様にお会いしていただきたい方が待ってまして。今、お時間大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ」


 応接室に案内された。普段の窓口とは違う、奥まった場所にある一室だった。落ち着いた部屋で、空気そのものが少し冷えている気がした。


 待っていたのは、四十代後半の男性。仕立ての良い濃紺のスーツに身を包んでいる。胸ポケットにバッジは付いていない。


「お忙しいところ、ご足労いただきありがとうございます。私、こういう者です」


 差し出されたのは協会のロゴが入った名刺ではなく、やけにシンプルな白い名刺。協会の偉い人なのかと思ったが、違うようだ。


 その名刺の端に、小さく刷られた文字。――防衛省。その下に部署名と、肩書き。探索士を管轄する省庁。ダンジョン関連事業を統括している国家機構だ。


 名刺を受け取った透は、ああ、とうっすら笑みを浮かべそうになって、寸前で表情を戻した。ようやく来たか、と心の中だけで呟く。これまで隠さず動いてきた以上、いずれ来るだろうと思っていた接触だった。


「凪原様、単刀直入に申し上げます」


 向かい合って座った男はそう前置きして、軽く頭を下げた。


「私どもの省にて、凪原様に一度、正式にお話を伺いたい案件がございます」


 声は、これ以上ないほど慎重に整えられていた。言葉の選び方も、間の取り方も、すべてが角を立てないように気を遣って発している。ただ、その丁寧さの裏に置かれた重さは、隠しきれていなかった。


 強制ではない、という体裁を保ちながらも、断られる前提では話していない。そういう種類の口調だった。


 透は、受け取った名刺を一度だけ見つめてから、相手に視線を戻した。


「わかりました」


「お受けいただけますか」


「ええ」


 あっさりとした返事だった。男のほうが、ほんの一瞬だけ意外そうな表情を浮かべた。もっと身構えられるか、何らかの条件を出されるか――そのあたりを想定していたのだろうか。


「日時は、改めてご連絡してもよろしいでしょうか。場所は、東京にある本省に来ていただきたいのですが」


「構いませんよ」


「お忙しいなか、誠に恐れ入ります」


 男は最後にもう一度、深く頭を下げた。



***



 その日のやり取りはそれだけで終わった。連絡先を交換して男と別れた透は、次の連絡を待つことにした。


 数日後――改めて電話で連絡が入った。日時、場所、入館手続きの段取り、当日の服装に関する簡単な案内。事務的な説明だが、隅々まで配慮が行き届いていた。


 透は、クローゼットの奥から久しぶりにスーツを引っ張り出した。会社員時代に着ていた、それなりに上等な一着。何年も袖を通していなかったが、防虫剤のおかげで生地は綺麗なままだった。試しに羽織ってみると、まだ問題なく着られる。


 もう着る機会はないと思っていたけれど、保管してあった。捨てなくて正解だったな、とぼんやり思った。


 明日には、東京へ向かう。

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