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第40話 異常な成果※協会職員視点

 女性職員は窓口の端末から目を上げ、壁の時計に視線を移した。


 午後五時を過ぎた頃。ロビーの賑わいはようやく一段落して、フロアには終業に向かう時間帯特有の落ち着いた空気が漂っていた。


 依頼板の前で次の予定を立てる小規模パーティー。手元のメモを見ながら反省会を始めた中堅の二人組。納品確認を終え、軽く会釈をしてから帰っていく単独探索士――誰もが慣れた様子で、自分の仕事を終わらせるために動いていた。


 協会の窓口は、ただ依頼の手続きと納品処理をこなすだけが仕事ではない。


 誰がどこへ潜るのか。その実力に依頼内容は見合っているのか。無理をしていないかどうか。


 送り出した探索士を、無事に迎え入れる。そこまで含めて、彼らの仕事だった。


 残りの伝票を片付けようと指を伸ばしたとき、入口の自動ドアが開く電子音が耳に届いた。


 反射的に顔を上げた職員は、入ってきた人影を見て、凝視する。


 入ってきたのは、午後三時過ぎに依頼を受けて出ていった、あの新人の探索士――凪原透だった。


 彼の探索士の登録情報には、探索士認定試験を非常に優秀な成績で合格したという特記事項が残されていた。気になる点があれば報告するように、という注意書きまで添えられている。


 そんな人物が、いきなり現場にやってきた。


 資格を取得したあと、学校に通わずいきなり現場へ出ようとする。そういう人には、焦って成果を求める者。自分の実力を過信した者。現実を知らないまま飛び込んでくる者が多い。


 だからこそ協会の職員は、そうした新人を無理させないよう注意深く対応する必要があった。


 そして最初、彼女も凪原透をそういう新人の一人だと思っていた。


 だが、実際に話してみると印象はまるで違った。凪原透という人物は、想像していたタイプには当てはまらなかった。


 言葉遣いは丁寧で、説明への反応も的確。手続きへの理解も早く、自分を無理に大きく見せようとする態度も見られない。


 むしろ、社会経験を積んだ大人らしい落ち着きがあった。


 新人らしくない、不思議な安心感。


 それを少しだけ妙に思いながらも、「この人なら大丈夫そうだ」と判断して送り出したのが、二時間ほど前のことだ。


 だが、やはり新人。何か問題があったのか。戻ってきた透を見て、職員は思わず目を瞬かせた。


 できる限り柔らかく職員は問いかけた。


「もしかして、何か問題がありましたか? 確認したいこととか……?」


「いえ。ひとまず、納品をお願いできればと思いまして」


 穏やかな声でそう答えながら、透は手にしていたカバンの口を開いた。


「……え?」


 唖然とした職員の視線が、自然とその中身に落ちる。そして、そのまま止まった。


「……」


 しばらくの間、彼女の脳は目の前の光景を正しく処理できなかった。


 カバンいっぱいに詰まった魔石。


 新人が初級ダンジョンで集めてくる、小粒で灰色がかった低品質魔石。その中に混ざるように――いや、混ざるというには多すぎる数の、高品質魔石が転がっていた。


 手のひら大の深い青色をした魔石。淡く光を孕んだ緑がかった結晶。角度によって紫から赤へ色を変える、研修資料でしか見たことのない希少種の魔石まである。


「あと、こっちもお願いします」


 しかも、それだけではなかった。


 透はもう一つ、どこから取り出したのか袋の口を開いてみせる。そちらの中身は、素材だった。


 オークリザードの上質な皮。高純度の毒袋。そして、特定の上級個体からしかドロップしないとされる希少素材まで。それが、無造作に詰め込まれていた。


「すみません、量が多くて。とりあえず持ち帰れる分だけ持ってきたので、依頼で指定されていた物の選別をお願いできればと思いまして。手数料がかかるようなら、もちろんお支払いしますので」


 申し訳なさそうに、透は言った。


 そんな彼の表情を見て、職員はしばらく口を開いたまま動けなかった。


 ようやく、最初の言葉が喉から押し出される。


「えっ……と、これ、全部、一人でですか?」


 声が裏返らなかったのは奇跡に近かった。そんなわけがない。そう思いながらも、彼が一人で戻ってきた以上、確認せずにはいられなかった。


 透はわずかに首を傾げる。本当に不思議そうな顔をしていた。


「はい。一人ですけれど」


「とっ、途中で、ほかの探索士の方と合流された、ということでは……」


「いえ。ずっと一人でしたが」


 あまりにもあっさり頷かれて、職員は反射的にもう一度カバンの中身を見下ろした。


 見間違いではない。


 数えるのも面倒なほどの魔石。希少素材の数々。そのすべてを、目の前の男は、たった一人で持ち帰ってきたのだという。


 初級のダンジョンで?


 いえ、そんなことよりも。職員の頭に、次々と疑問が湧き出てくる。


「その、事前の準備や、下調べのほうは……?」


「あ、はい。依頼を受注した後、すぐに準備を済ませて、そのまま入って時間の限り潜らせていただきました」


 平然とした答え。


 危険ではなかったのか――そんな言葉が喉まで出かかって、すんでのところで止まった。


 目の前の男は、当然という顔をしていた。


 肩で息をしている様子もない。手足や顔に大きな汚れもなくて、顔色も普段通り。長時間ダンジョンへ潜った探索士特有の疲労感すら漂っていない。


 ただ、少し用事を済ませて戻ってきたような空気で、そこに立っているだけ。


 危険を、危険だとまるで認識していない。


 新人特有の無謀な挑戦――ではないことを、職員はすぐに理解した。


 無謀な者なら、怪我か疲労のどちらかは必ず残るはず。だけど、目の前の男には、そのどちらも存在しなかった。


 そもそも、これだけ大量の魔石や素材、アイテムを無事に持ち帰ることを、たった一人で、数時間だけで成し遂げたの? 大きな怪我もなく? 


 冷静に考えてみても、理解不能だった。


「討伐のほうも、指定数のオークリザードは間引いてきました。出会い頭に襲いかかってきた個体については、指定数とは別に処理しています。素材として持ち帰れる分は持ち帰ってきましたが、不要であれば処分してもらってかまいません」


「い、いえ! どれも非常に価値のあるものですので、こちらで査定を……あ、ええと、はい」


 なんとか返事の形を保ちながら、彼女は必死に処理手順を組み立て直していた。


 新人向け依頼の納品処理では、とても追いつかない。大型ダンジョンの攻略後に使うような、上位の納品マニュアルだった。


「……あの、凪原様。査定のほうにお時間をいただいてもよろしいでしょうか。少し――」


 職員は高速で考えを巡らせながら一度言葉を切り、できるだけ落ち着いた声で続ける。


「念のため、上の者にも確認を取ってからのお手続きになりますので」


「えっと、このあと用事があって、急いでいるんですけれど。結果の報告は、後日でも大丈夫ですか?」


 穏やかにそう答えながら、無理そうなら一旦持ち帰るとも透は言う。


 ただ、それはちょっと困る。


 この量と質を、持ち帰らせるわけにはいかない。できることなら、今この場で協会管理下に置いておきたかった。


「あ、はい。もちろん報告は後日で大丈夫です。ご予定を優先していただいてかまいません。ただ、査定はこちらで進めておきますので、納品する物はこちらで預かってもよろしいでしょうか?」


「わかりました。お願いします」


 透は、むしろ助かるという様子で納品物を預けてくれた。スムーズに話が進んで、一旦落ち着く職員。


 そんなやり取りを交わしている間に、ロビーの空気も騒然とし始めていた。


「……おい、あれ」


「魔石、低級だが量が多すぎるぞ。どれだけ詰まってるんだ、あれ」


「ソロか?」


「あの素材の数も、すごいな。……それに毒袋、現物見るの初めてなんだが」


「ていうか彼、新人?」


「新人? そんな馬鹿な」


「いや、しかし見かけたことのない男だぞ」


「他県から移ってきたのか?」


「だとしても、やっぱり見たことないぞ?」


「じゃあ、新人なのか?」


 窓口近くに残っていた探索士たちが、こちらへ視線を向けていた。声を潜めているつもりなのだろうが、ロビーは静かになり始めた時間帯。その断片は、職員の耳にも透の耳にもはっきり届いていた。


 他の窓口の職員たちも、何事かとこちらを窺っている。


 ざわめきは、波紋のようにロビー全体へ広がっていった。


 その渦の中心で――。


 当の凪原透だけは、何事もないような顔をしていた。


 窓口へ納品物を預け、依頼完了と査定依頼の書類へサインを済ませると、ごく自然に頭を下げる。


「では、よろしくお願いします」


「はい。確かにお預かりします。本日は、お疲れ様でした」


 誰かに自慢するでもなく、得意げな素振りもない。ただ依頼を一つ片付けた人間としての態度のまま、軽い足取りでロビーから出ていった。


 自動ドアが閉まる音が、やけに大きく響く。


 残されたのは、依然としてざわついた空気と、カウンターに積まれた魔石、麻袋の素材たち、そして追加で処理しなければならない伝票だった。


 職員は深く息を吐き、すぐに頭を切り替える。


 やるべきことが、山のようにある。希少素材の厳重保管手続き。別倉庫への移送依頼。査定担当への連絡。新人の納品処理ではあり得ない量の事務作業。


 幸い、透は結果報告を後日にしても構わないと言ってくれた。時間的な余裕はある。けれど、この量だ。査定も保管も、一つ間違えれば大問題になる。


 他の職員にも協力を頼まなければならないだろう。


 探索士の登録情報に記載されていた通り、今回の件はちゃんと上に報告したほうがいいだろう。


 仕事の手順を一つずつ思い返しながら、それでもふと疑問が浮かぶ。


 あの人は、本当に新人なのだろうか。


 優秀な成績で合格した、という記録はある。だけど、今日目の前で起きたことは、その一言で説明できる範囲を明らかに超えていた。


 それを誇るわけでもなく、隠すわけでもなく。それが、自分にとっては当たり前の仕事だったと言わんばかりに、淡々と納品しに来た。


 それが、妙に不思議だった。


 色々と疑問はある。けれど今は、とりあえず自分の仕事に集中しよう。失敗がないように、気をつけないと。

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