表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/58

第36話 規格外すぎる受験者※探索士試験官視点

 武器の適正試験のあとは、筆記試験が行われる。


 会場を移動して、受験者たちを着席させる。配られるのはマークシートと問題用紙。内容はダンジョンに関する基礎知識――モンスターの生態、魔石の性質、階層構造、装備の選定、応急処置の判断。制限時間は120分。問題量も多く、長めに設定してある。


 基礎の問題だが、ちゃんと勉強しておかないと解けない難易度だった。一般知識と違うダンジョンに関する詳細な知識は、まだ世間に情報は出回っておらず、学ぶのはなかなか難しい。独学で乗り越えるには厳しいラインに設定してある。なので、意外とこの筆記試験で落ちる受験者も多い。やはり、学校に通って学ぶのが一番である。


「開始」


 合図とともに、鉛筆の音が静かに響き始める。試験官たちは時計を確認しながら、監督のため席を巡回する。


 大半の受験者は、十問目あたりで唸っている。何人かは、既に文字通り頭を抱えていた。


 凪原透の席を確認した試験官は、足を止める。


 鉛筆の音が、ずっと同じリズムで鳴っている。迷いがない。問題を読む目と、鉛筆を動かす手の間に、悩むような時間がほとんどない。


 ちらりと覗き込んだ答案に、どんどん回答を埋めていく。


――しっかり勉強しているようだ。


 試験官は小さく首を振り、そのまま席を離れた。


 終了後、試験官は答案を回収してすぐ別室に移動して採点を行った。マークシートは機械に通せば即結果が出る。


 凪原透。


 画面に表示された点数に、試験官は二度見した。


 ――百点。


 念のため、もう一度答案を機械にかけ直した。結果は変わらない。



***



 休憩時間。


「凪原さん、ちょっといいですか」


「はい」


 自販機の前で飲み物を買っていた凪原透に、試験官が雑談のふりで声をかける。


「筆記、驚くくらいの出来でしたね。どこかで勉強を?」


 問われた透は、自販機で購入したペットボトルのキャップを開けながら、少しだけ考えるような顔をしてから言う。


「知り合いに、いろいろ教わったんです。まあ、詳しい人で」


「……詳しい人、というのは?」


「うちのアパートに住んでいる、探索士の学校に通っている子です」


「なるほど」


 凪原透は、ごく当たり前の声で、ごく当たり前のことのようにそう答えた。知り合いに教えてもらったから、答えることができた。


「そうですか。よくできていましたよ」


「ありがとうございます」


 凪原透はぺこりと頭を下げ、そのまま試験会場に戻っていく。試験官も、別室に戻ってもう一度彼の答案を確認した。


 ――この時点で、彼が合格する可能性は非常に高いな。


 武器の適性試験、筆記試験の結果。両方とも最上級の結果を叩き出している。それを、経験ゼロの三十二歳の男性が。


 まだまだ伸びしろもありそう。有望な人材の登場に、試験官は興奮していた。



***



 休憩を挟み、試験は次の段階へと移る。むしろ、ここからが本番。試験官たちも気合を入れて準備を進める。


 実地試験。試験会場の近くにある、試験用に管理された低難度ダンジョン。学校の認定試験の時などにも使用される、整備された、いわば練習場。とはいえ、出てくるモンスターは本物だ。死の危険もある。


 実地試験の内容は、シンプルだった。ダンジョンに入り、制限時間内に魔石を持ち帰る。それだけ。ただし失敗は許されない。危険と判断された時点で同行する試験官が介入し、受験者は即不合格。


 試験官は、ダンジョン入口前の広場で受験者たちを待った。


 入口前には、支給品のラックと、受験者のために用意された装備一式を並べる台がある。用意された装備を装着し、ベルトの位置、武器の抜き具合、防具の締め具合を確認する。ここからすでに、採点の対象だ。装備の確認を疎かにするような人間は、ダンジョン内で命を落とす。


 一人目。支給品の軽量防具を身につけ、支給品の短剣を受け取る。ベルトの位置がずれているが、自分で直そうとしない。試験官は内心で減点を入れる。


 二人目。持参した装備一式を手際よく装着していく。持ち込みも認められていた。結び目の締め方、武器の位置、呼吸の整え方。訓練された準備。悪くないと評価する試験官。


 三人目、四人目、五人目、六人目。それぞれに差はあるが、自分の装備を確認してからダンジョンへ向かっていく。このあたりで、試験官の観察は半ば自動的に動いている。準備の質を見れば、実地でどう動くかも、おおむね想像がつく。


 そして、七人目。


「では次、凪原さん」


「はい」


 試験官の呼びかけに、凪原透はいつもの調子で応じた。


 立ち上がって、装備の台で準備を進めるだろうという予想。だったのだが。透は、装備の台をあっさり素通りし、ダンジョンの入口の方へと歩き出した。


 試験官は、一瞬、反応が遅れた。


「……凪原さん」


「はい」


 凪原透は、なんでもない顔で振り返る。


「あの、装備の準備は?」


 採点はスタートしているので、口出しするべきではない。それはわかっているのだが、思わず言ってしまった試験官。それを、なんでもないように答える透。


「自分のを持ってきてるので、大丈夫です」


「え?」


 見ると、いつの間にか手に剣を腰に下げている。そして、よく見ると防具も身につけていた。


「これ、いいですか?」


「あ、はい。持ち込みも認めてあるので」


「はい。それじゃあ、行ってきます」


 よくわからないまま、試験官は透を見送る。それに同行する別の試験官も、あっという間に準備を終えていた。彼と一緒に、よくわからないままダンジョンへ入っていった。


「あ」


 見送ってから気がつく。試験の流れの想定では、装備の準備を終えた受験者たちがパーティーを組むのを見届ける。協力することが推奨されていた。たまにソロでダンジョン攻略を始める者もいるが、それは危険であり減点対象でもあった。


 呼び戻すべきだろうか、と試験官は思ったが止まった。いいや、この実地試験ではいちいち説明したりしない。受験者の自主性が求められているから。


 色々と困惑させられた試験官だったが、冷静になって評価を記入する。まだ、彼の合格が決まったわけではない。結果がどうなるのか、冷静に判断しなければいけない。



***



 認定試験の実地では、試験官が受験者に付き添う。監督が主目的だが、危険と判断したら即座に介入し、受験者を救出する責務もある。死人を出さないように。試験官がモンスターを倒してはいけない。だが、全てを見届ける必要がある。


 入口をくぐった瞬間、空気が変わった。温度が二、三度、一気に下がったような感覚。耳の奥が、ほんの少し軋む。ダンジョン特有の"圧"がある。受験者たちは、この異様な雰囲気に足を止める。頭ではなく、身体が先に拒否反応を起こすのだ。


 ここは危険な場所なんだと、本能で感じる。


 だが、凪原透は止まらなかった。


 普通に歩き進めて、速度が落ちることもない。まるで、"ダンジョンの圧"がかかっていないかのように、彼は奥へと進んでいく。


 試験官は困惑しながら、その背を追いかけた。圧が、かかっていないのではない。慣れているのだ。この圧に慣れているような歩き方だった。


 最初の分岐点。この試験用ダンジョンの一階層は、非常に単純な構造をしている。だが、分岐している道もある。どちらに進むべきか。普通の受験者であれば、進むべき道を悩む。少し立ち止まって通路の奥を窺ったりする。


 凪原透は、迷わなかった。右の通路を、当たり前のように選択する。


 歩みが淀まない。初めてのダンジョンは、もっと緊張するもの。迷ったり、悩んだりするはずなのに。受験者は、壁の模様一つにも警戒する。音にも過敏になる。それが普通の反応。


 凪原透は、近所のコンビニにでも向かうような歩き方だった。


 次の分岐。やはり迷わず左へ。


 歩きながら、時折、軽く首を動かして視線を通路の先に向ける。立ち止まらずに。 それだけで、どこに何があるかを把握しきっている歩き方だった。


 凪原透が、ふっと立ち止まった。試験官も反射的に止まる。


「……どうしました、凪原さん?」


「あちらの角、モンスターがいます」


 凪原透は、声量を少し落として、そう言った。


 試験官は、耳を澄ませた。この距離――前方五、六メートルの角の先――試験官の経験からすれば、気配を察知するには相当、集中を要する距離だ。資格を持つ探索士でも、この距離で"いる"と断言できる者は多くない。受験者が、察知できる距離ではないはず。


 試験官は、自分の聴覚と気配察知を限界まで研ぎ澄ませた。 数秒後、確かに、角の向こうから微かな足音が聞こえた。間違いない。敵がいる。


 凪原透は、試験官よりも先に気づいていた。


「……凪原さん」


 試験官は、声を一段落とした。聞かずには、いられなかった。


「あなた、やっぱりダンジョンに入ったことがあるのでは?」


 事前の聞き取りでは、ダンジョンに関する経験はないと語っていた。だけど、あまりにも慣れている。


 ――わずかな沈黙があった。


 沈黙と呼ぶにはあまりに短く、会話の呼吸としてはほぼ成立する程度の、一拍。


「――入ったことはないですよ」


 凪原透は軽く笑って、そう答えた。


 何かが、引っかかった気がする。だが、それが何なのか、試験官は掴めなかった。

透は、試験官の表情の硬さに気づいたのかどうか、特に反応しなかった。


「では、こっちの道に進みますね」


 そう言って、モンスターとの遭遇を回避するルートを選択して進むことにした透。その後に、試験官もついていく。魔石の回収はしないのか。もっと奥に進んで、大物を狙うつもりなのか。試験官は、透の判断を注意深く観察し続ける。



***



 さらに奥へ進む。


 進む先に、モンスターの気配があった。奥へ進むには、必ず遭遇する。足音、呼吸音、獣のような低い唸り声。 試験用ダンジョンの中では標準的なモンスター。体長は一メートル少し。小型だが、油断すれば死ぬ。


 試験官は、緊張を取り戻した。


「凪原さん、無理だと思ったら、いつでも合図を。後退の判断も試験の評価に入りますので」


「わかりました」


 やはり、すでに気配を察知していた。凪原透は、腰の剣に手をかけた。戦いに挑む覚悟も見て取れる。


 角の向こうから、ゴブリンが姿を現した。


 こちらに気づき、唸り声をあげて、棍棒を構える。距離、四メートル。飛びかかる速度を考えれば、一瞬で詰められる間合い。


 ゴブリンの足が、地面を蹴った。


 試験官も構えた。凪原透の動きを、見届けなくてはいけない。目を逸らしてはいけない。まばたきも、できる限り抑えて。


 凪原透が、動く。



***


 試験官の視界が、空白になった。


 気がつけば、ゴブリンの身体は床に伏していた。


 首から上が、なかった。切断面は、鏡のように滑らかで、血が一滴、垂れるかどうかという速度で、今ようやく滲み始めていた。床の上に、小さな灰色の結晶が一つ、ころり、と転がる。魔石だった。


 試験官は口を半開きにしたまま、動けなかった。


「は?」


 注意してみていたはずなのに。何も見えなかった。気づいたときには、もうすでに終わっていた。


 いや、結果は分かる。ゴブリンは倒されている。魔石はドロップしている。けれどその間のことが、全くわからない。


 凪原透が剣を抜いた瞬間が、ない。振るった瞬間が、ない。


 試験官は、まばたきを抑えていたはずだった。目を逸らしていないはずだった。  それなのに、何一つ見えなかった。


「……あの」


 かすれた声で、試験官は言った。


「……今、どうやって」


「え、どうやって、と言いますと」


 凪原透は、きょとんとしていた。


「普通に、斬っただけですけど」


 凪原透は、本当に不思議そうに、そう答えた。


 ――普通に。


 普通に、とは。試験官の困惑は続き、その先を聞くタイミングを逃してしまった。床に転がった魔石を、凪原透は屈んで拾い上げる。慣れた手つき。


「一つ、魔石を確保しました」


 凪原透は、魔石を軽く掲げて、試験官に見せた。とりあえず、無事に試験は終了ということなのか。


 試験官は、無言で頷いた。頷く以外の反応が、出てこなかった。



***



 無事に戦いを終えて魔石を確保した凪原透が、歩き出していた。奥に向かって。


「ちょ、凪原さん」


 試験官は、咄嗟に後を追った。


「魔石を確保したのなら、それで終わりですよ。確保したら出口へ――」


「敵が、まだいます」


「え」


 凪原透は、振り返らずに答えた。言われて、試験官も警戒する。試験官が察知した瞬間に、凪原透はすでに戦いを始めて、終わらせていた。


 音。乾いた、短い、一瞬の音だった。


 試験官が追いつくと、通路の奥に、また一体モンスターが倒れていた。今度の敵はオーク。体長一メートル七十。成人男性を一撃で叩き飛ばせる膂力を持つ種だ。それが、ゴブリンとまったく同じ結末になっていた。


 凪原透は、床に転がった魔石をひょいと拾い上げた。


「二個目、確保しました」


「……」


 試験官は、三秒ほど沈黙した。


「……じゃあ、戻りましょう。試験は――」


 凪原透は、また歩き出していた。


 今度は、さらに奥へ。


「ちょっ……」


 試験官の声が、情けない音で裏返った。


「凪原さん! 魔石はもう二個あります! あとは出口に向かうだけで合格なんですよ!」


「まだ制限時間には余裕があります。それに、もう少し先にも敵がいますよ」


 凪原透は通路の奥を見ながら、軽い口調で言った。


「せっかくなので倒しましょう」


「せっかくって、何が、せっかくなんですか!?」


 ちゃんと下準備もせずに、もっと奥へ進もうだなんて。透が戦えるのは、理解させられたが。それでも、危険なのは間違いない。


 凪原透は少しだけ振り返り、「いえ、せっかくダンジョンに来たんだから。時間を余らせるのはもったいないかなと」と言った。


 もったいない。ダンジョン攻略に"もったいない"という概念を持ち込んだ受験者は試験官の記憶する限り、今まで一人もいなかった。


 また、音がした。


 試験官が前を向くと、今度は二体、並んで倒れていた。同時に二体。魔石を二つ、新たに確保。


「ちょ、ちょっと待ってください!?」


「そっちにも敵が」


 ここに来るまで遭遇を避けてきたモンスターが、どんどん湧いて出てくる。それを当たり前のように倒し、魔石を次々と確保していく受験者の透。


 この受験者は、危険を恐れていないのではない。この程度、危険だなんて思ってもいないことを、試験官は見せつけられた。


 それからしばらく、透の連続戦闘に付き合わされることに。もちろん、戦闘は透が一人で行い、試験官は見ているだけだった。危なげは一切なく、介入する場面などは一度もなかった。



***



 受験者控室に戻ると、他の受験者たちの姿はすでになかった。 試験はとうに終了している。凪原透の実地だけが、長引いたのだ。他の者たちは途中でリタイアしたか、制限時間よりもずっと早くに戻ってきて試験を終了していた。


 透だけ、制限時間いっぱいまでダンジョンに潜り、戦い続けていた。付き合わされてヘトヘトになっていた試験官とは別の試験官が、凪原透から魔石を受け取り、判定台に並べた。


 様々な魔石が、静かに机の上に置かれる。それを見て、他のパーティーや受験者に同行していた試験官が、何事かと集まってくる。


 数多くの魔石。上位種のドロップまである。稀少種まで。試験用ダンジョンでは、入手が非常に困難。不可能ではないが、試験中に拾われた記録なんてない代物。どれだけ戦闘を繰り返したのか。


 試験官は手元の規定を、もう一度確認した。


 ――合格条件:制限時間内に魔石を持ち帰ること。


 試験用ダンジョンで、受験者がこれほどまでに大量の魔石を持ち帰るだなんて想定されていない。しかも、これを成し遂げた本人は無傷で帰還。疲れた様子もない。まだまだ余裕、というわけだ。


「……お疲れ様でした。試験は、これで以上となります」


 試験官は、そう告げた。


「ありがとうございます」


 凪原透は、すとんと頭を下げた。


 試験官は、書類の判定欄に、ようやく一文字だけ書き込んだ。


 "合格"。


 ペン先が、わずかに震えた。


「……試験の魔石も買取を行います。当日の精算も可能ですが、どうしますか」


「じゃあ、お願いします」


「これだけの量。金額に関して、恐らくは……かなりのものに、なるかと。しばらく控室でお待ちいただけますか?」


「わかりました」


 凪原透は、普通の顔で頷いた。買取額にも、特別な興味があるようには見えなかった。ただ一度、「どうも」と短く頭を下げ、凪原透は控室へ向かった。


 試験官たちは、しばらく、動かなかった。


 それからゆっくりと、彼の持ち帰った魔石に視線を向けていた。おそらく買取額は数千万円に達するだろう。それを、一人の受験者が持ち帰った。


 試験の歴史に名を残す、とんでもない結果を叩き出した凪原透。だが、これは始まりに過ぎないことを、試験官たちはまだ想像もついていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ