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第28話 国家の机上にて※政府側視点

 防衛省、第三会議室。


 窓のない部屋に、低い空調の音だけが満ちていた。長机の上には、人数分の水差しと、揃えて置かれた書類束。明かりは控えめで、天井の照明が机上の紙面だけを白く照らしている。


 席についているのは、ダンジョン関連の案件を支える各方面の責任者たちであった。


 ダンジョン管理を統括する防衛省の高官たち。その中には、本省の局長級の人間も含まれている。資源運用に関わる経済産業省の担当官。年度予算の調整を担う財務担当の官僚。それから、国立探索士高等専門学校・中部校の校長以下、学校側の上層部の面々。


 政府と学校の上層部は、日頃から密に連携を取り合っていた。探索士の活動を支え、その成果を国の発展に繋げていくこと。それが、彼ら全員に共通する目標である。重要な案件があれば卓を囲み、情報を持ち寄り、次の一手を協議する。今日もまた、そうした集まりの一つであった。


 卓上に配られた書類束の表紙には、二つの名前が記されている。一枚目をめくる乾いた音が、断続的に部屋に響いた。誰もが真剣な目で紙面を追っていた。


 行に指を滑らせる者。手元の手帳に短く要点を書き写す者。付箋を貼って内容を整理する者。隣席の同僚と顔を寄せ、低い声で短く言葉を交わす者。淡々と、そして緻密に、それぞれが情報を頭の中へ収めていく作業に没頭している。


 空気は、重かった。


 扱う案件の重みを、この場の誰もが理解していた。一人は、長年にわたって国家の魔石供給を支えてきた探索士。もう一人は、現場が目を見張るほどの実績を示した若き学生。前者は今後の運用を、後者は将来の国の発展を左右しかねない存在であった。


 新たに活躍が見込める人材を発掘し、育て、適切な場所へ配置していくこと。それは、ダンジョンという未知の脅威と向き合うこの国にとって、必要不可欠な営みであった。だからこそ、政府高官たちは有望な人材の動向に常に目を配っている。今日の議題は、それに関する重要な検討事項の一つであった。


 予定の時刻が近づくにつれ、紙面を辿る指の動きが次第に落ち着いていった。居並ぶ面々が、ほとんど同時に視線を持ち上げる。


 進行役の防衛省担当者が、手元の資料を軽く揃え直した。



***



「まずは一件目から」


 担当者が手元の資料を開く。探索士の事務所から提出された報告書であった。卓を囲む者たちもまた、それぞれの分厚い書類束に視線を落とした。


「経緯はお手元の通りです。要点だけ申し上げます」


 語り口は、感情を排した事務的なものだった。


「田村譲二、Sランク探索士。ダンジョン出現当初から第一線で活動してきた、業界でも数少ない古参の一人です。これまでに納入してきた魔石の量も、相応の規模に上ります」


 会議の参加者たちは、進行役の声を聞き、該当する箇所に視線を落としながら内容を処理していく。


「ですが先日、中部校所属の生徒との間で成果勝負と称する企画を実施。その過程において、学生に対する圧力行為、複数パーティーの成果を合算した報告、不正の指摘を受けた後の証拠なき反訴、これらが順次行われました。結果として、内部告発により彼の率いていたパーティーは既に解散済みです」


「以上が、今回上がってきた事案の概要です」


「貢献していた探索士だった、というのが大方の評価でしたな」


 口を開いたのは、防衛省の年配の高官であった。書類を片手で押さえたまま、もう片方の手をこめかみに添えている。


「だった、と過去形で語らねばならないのが残念ですが」


「以前から、噂はありました」


 別の高官が、引き取った。


「若手の囲い込み、強引な勧誘、評価の私物化。各方面から似たような苦情が断続的に上がっていたのは、関係者の間では周知の事実です。今回の件で、それらが一気に噴き出したと見るのが妥当かと」


「資格剥奪を、という意見も挙がっております」


 担当者が、淡々と補足した。


「学生に対する圧力行為など、制度全体の信用問題です。ここで甘い対応を取れば、今後同種の事案を抑止できなくなる、というのが資格剥奪論の根拠かと」


「お待ちを」


 別の方向から、制止が入った。


「お気持ちは理解できます。ですが、魔石は今や、国営の必須資源です。資格を剥奪して探索士が減ってしまえば魔石の供給量も低下してしまいます」


「エネルギー、医療、食糧。あらゆる分野の根幹を支えている。一人の探索士の働きが、国民数万人の生活に直結する。それが、我々が今いる場所です。一人を切る判断は、軽々しく下せるものではない」


「けれども、田村が率いていたパーティーは、既に解散しております。彼一人の資格をどうこうしたところで、影響は限定的です」


「供給量の低下は、解散の時点で既に始まっている事実。資格を取り上げてもしなくても、その流れが変わるわけではありません。ならば資格剥奪を行うべきでは?」


 経済産業省の担当官が、別の資料をめくった。


「田村パーティーの納入実績は、エネルギー転用可能な大型魔石、医療用魔石の確保において、無視できない割合を占めてきました。けれども現在、それらは既に止まっている。供給量低下は、確実に発生します。我々が議論すべきは、その事実への対処です」


「では、議論の主軸は別の点ですな」


 年配の高官が、ゆっくりと頷いた。


「処分そのものよりも、既に確定した供給量低下にどう対応するか。そちらが先と」


「その通りです」


 短い同意の声が、複数の方向から重なった。


「それと、もう一点」


 声を上げたのは、防衛省の別の高官であった。閉じた書類を、卓の上で軽く指で押さえている。


「探索士を一人、現場から減らすという選択そのものは、我が国にとっては愚策と言わざるを得ません。仮に彼が、規模を縮小してでも活動を続ける意思を示した場合、戦力として残しておく利益のほうが、遥かに大きい」


「今回の件への処分と、戦力としての扱い。両者を切り分けて議論すべき、ということですな」


「その通りです」


 財務担当の官僚が、ようやく口を開いた。


「現実的な話を申し上げれば、供給量低下への対応として、魔石の買取価格の調整、もしくは備蓄分の放出が必要となります。どちらも予算の組み直しを伴いますが、対処は急務です」


 その言葉に、誰も反論しなかった。


 しばらくの沈黙の後、進行役が口を開く。


「処分そのものについては、検討を継続するということでよろしいでしょうか」


 異論の声は、上がらなかった。


「市場対策については、優先して具体案を詰めることといたします。買取価格の調整幅、補填予算の規模については、別途専門の小委員会を設置して詳細を詰める方向で」


 ファイルを閉じる、乾いた音。


 一件目の議題は、こうして淡々と処理された。怒りもなく、感情の昂りもなく。一人の探索士の転落が、国家の経済問題の一つとして記録されていく。



***



「それでは、二件目の議題に移ります」


 進行役の声音が、僅かに低くなった。それまで事務的に処理されてきた空気とは、明らかに異質な重さが卓上に落ちる。


 居並ぶ面々が、書類束の中から別のファイルを引き抜いた。表紙には、朝倉日和の名と、中部校第一学年の所属が記されている。


「事前に資料はお配りしておりますが、今一度、要点を確認させてください」


 担当者が、言葉を選びながら続けた。


「朝倉日和に関する報告書は、入学直後から複数回にわたり中部校より提出されてきました。実技成績の異常値、ダンジョン内での判断速度、戦闘技術の習熟度。いずれの項目においても、過去の生徒データと比較して、ですが」


 そこで一度、言葉が切れる。


「比較対象になりえる生徒データそのものが、存在しないというのが現状です」


 卓を囲む何人かが、同時に該当ページへ目を落とした。


「今回の件で示された実績は、これまでの想定をはるかに超えるものでした」


「想定外、ということでよろしいか」


「はい。想定外、という認識で統一していただければと」


 返答に、迷いはなかった。わずかに、空気がざわめいた。


「もう一点、認識しておいてもらいたい事項がございます」


 担当者が、別のページを開いた。


「朝倉日和は、入学当初の時点では、優秀ではあるものの突出した存在ではない、というのが現場の評価でした。実技成績は上位ではあった。けれども、今日ご覧いただいているような数字とは、明確な隔たりがあった」


 会議室の何人かが、書類の該当箇所を確認するように手元を動かした。


「ですが、入学からそれほど時を置かずに、彼女は急速な成長を見せ始めます。短期間でクラスのトップに立ち、更に学年の上位を抜き、現在に至っては、トップクラスの探索士に匹敵し得る実力を備えていると見て間違いありません」


「成長曲線が、明らかに通常の枠を逸脱している、ということですな」


「はい。そして、その背景について、これまで継続して調査を進めてまいりました」


 そこで担当者は一度、言葉を区切った。


「結果、ある人物との接触が確認されております。朝倉日和本人が、『師匠』と呼んでいる人物です」


 長机の空気が、僅かに変わった。書類をめくる手が、いくつか止まった。


「正体は、現時点で不明です」


 不明、という言葉に会議参加者たちは反応した。どういうことなのか、と。


「調査を実施しておりますが、人物の特定には至っておりません。職業、所属、年齢、背景――いずれも不明のままです。朝倉日和から聞き取り調査も行いましたが、決定的な情報は得られておりません」


「現時点では、何も掴めていない、と」


「左様です。彼女の急成長の鍵を握っている可能性が極めて高い人物ですが、依然として、謎のままです」


「調査リソースの問題でしょうか」


「いえ、そうではありません。調査そのものは継続しておりますが、どの糸口からも辿れないのです」


 なぜ正体がつかめないのか。誰かの口から、低いうめきに近い声が漏れた。


「率直に申し上げます」


 防衛省の若手の課長が、姿勢を正した。


「このまま学生として扱い続けるべきなのか。即戦力として運用すべきではないのか。少なくとも、検討の俎上には載せるべき案件かと」


 古参の高官が、ゆっくりと顔を上げた。


「正規の探索士資格を、特例として発行する。そういうご提案ですか」


「選択肢の一つとして、です」


「年齢制限がありますが」


 学校側、中部校の校長が、初めて口を開いた。


「探索士の国家資格は、十八歳以上の取得を原則としております。朝倉日和は現在、十六歳。あと二年、待つ必要があります」


「だがしかし、二年は長い」


 別の声が、割り込んだ。


「彼女ほどの実力を、学生という枠の中で遊ばせておく余裕が、我が国にあるのでしょうか」


「特例処置の前例を作る、ということになりますな」


「だが前例を作ることそのものが、問題になる可能性が」


 慎重派の声が、明確な反論として上がった。


「探索士制度が国家資格として制定されてから、まだ数年です。ルールは固まりきっていない。一度ここで例外を認めれば、その例外が次の基準になる。基準が緩めば、資格全体の価値が揺らぐ」


「ですが、目の前に逸材がいる」


「逸材だからこそ、慎重に扱うべきです」


 議論は早くも、互いの主張をぶつけ合う段階に入っていた。


「世論の問題もあります」


 財務担当の官僚が、別の角度から指摘する。


「特例で十六歳の少女に正規資格を与える。報道された場合、国民の反応は読めません。ポジティブな方向へ作用してくれたのなら良いのですが、反発が生じた場合には探索士制度全体への信頼に傷がつく」


「反発は短期的なものでしょう。実績を示せば収まる」


「短期的な反発が、政策の継続を妨げることがある。我々はそれを何度も経験してきたはずです」


 声と声がぶつかり合い、紙面を叩く鈍い音がそこに混じった。一人の生徒の処遇を巡って、国家の中枢がここまで熱を帯びる。


「国際情勢を考えれば、悠長な議論をしている場合ではない」


 推進派の一人が、議論の射程を一気に広げた。


「現時点で、幸いにも日本はダンジョン攻略の点で世界の最前線にいます。けれどもこの優位は、永久のものではありません。中国やロシアは方針を転換しつつあるという情報がある。アメリカは資金力で人材を吸い上げ続けている。ヨーロッパも各国の足並みを揃え始めた」


「他国に追いつかれ、追い越される未来は、決して遠くない」


「一人の天才を遊ばせておく余裕が、本当に我が国にあるのか。という話です」


 部屋の空気は、もはや国内の制度問題を遠く離れていた。


 ダンジョン、魔石、エネルギー、医療、食糧。それら全てが絡んだ国家間の競争という、より大きな枠組みの中で、一人の少女の処遇が語られている。


「お待ちください」


 進行役が、両手を軽く挙げた。


「議論が広がりすぎています。一旦、整理させてください」


 声に、明確な制止の意図が込められていた。


 紙面を辿る指の動きが、ぴたりと止まった。会議の参加者たちも白熱していたことを自覚して、落ち着きを取り戻そうと水を飲む。


 水差しから水を注ぐ音が、やけに大きく響いた。



***



「論点を、一度切り替えさせていただきたい」


 進行役は水を一口含み、続けた。


「運用するか、しないか。資格を出すか、出さないか。この二択で議論を続けていても、結論は出ないかと存じます」


 居並ぶ面々が、姿勢をほんの僅かに崩した。


「そこで、お尋ねしたい。朝倉日和という存在を、どう活かすか。という問いに切り替えれば、議論の方向も変わってくるのではないでしょうか」


 短い沈黙の後、中部校の校長が口を開いた。


「一つ、お伝えしておくべきことがあります」


 書類束の最も奥から、別の資料が引き出される。


「朝倉日和の周辺、つまり彼女と同じパーティーを組んでいる生徒たちの成長曲線についてです」


 校長は、資料を卓の中央に滑らせた。


「彼らもまた、入学時の評価から現在に至るまでの伸び幅が、通常の生徒と比較して著しく大きい。これは、偶然と片付けるには無理がある数字です」


 高官たちが、滑らされた資料を覗き込んだ。


「朝倉日和という個人だけが、突出している。という認識でいたのですが」


「我々もそう捉えておりました。けれども、最近のデータを並べて見ますと、別の見方も成立し得ると」


「指導環境、ということですか」


「あるいは、本人を含めた何らかの要因です。彼女たちが共通して受けている影響、共通して用いている訓練方法 ―― 」


 校長は、一拍置いてから続けた。


「あるいは、共通して接している人物」


 長机の幾人かが、顔を上げた。


「先ほど話題に上がりました、あの『師匠』と呼ばれる人物。あの存在が、朝倉日和の周囲のパーティーメンバーにも、何らかの形で関わっている可能性は、決して否定できないと考えております。朝倉日和を経て同じ人物の影響を受けているからこそ、揃って急成長している。そう考えれば、説明がつくのです」


 会議室の空気が、一段と静まった。正体不明の人物が、一人の少女ではなく、一つのパーティー全体に影響を及ぼしている可能性。それがさらに、学校全体へと影響を広げていく。それは、議論の意味合いを微妙に、けれども確実に変えるものであった。


「いずれにせよ、その人物の特定が進まぬ以上、確証はございません。けれども、調査と並行して、現場の指導環境そのものを見直していく価値は十分にあると、我々は考えます」


 部屋を、別の種類の沈黙が満たした。


 それまでの対立の沈黙ではなく、新しい論点に向き合う沈黙であった。


「であれば、提案がございます」


 防衛省の別の高官が、口を開いた。


「朝倉日和を例外として処理するのではなく、新たな基準として扱う。そういう発想の転換は、いかがでしょうか」


「と、言いますと」


「全国八校の在校生を対象に、改めて実力の再評価調査を実施する。朝倉日和の現在の実態を一つの参照点として、他に同水準の生徒が埋もれていないか、洗い直す。これが一つ」


 ページをめくる速度が、議論の流れに合わせて速くなった。


「もう一つは、教育カリキュラムの見直しです。彼女と彼女のパーティーの成長要因を分析し、その知見を全校の指導内容に反映する。国立探索士高等専門学校のカリキュラムは、率直に申し上げれば、まだ完成されたものではない。発展途上にある。ならば、改善の余地は十分にあるはずです」


「学校側のご見解は、いかがですか」


 問いを向けられた校長が、ゆっくりと頷いた。


「我々としても、異論はございません。むしろ、ありがたいお話と受け止めております」


 校長の声には、微かな緊張と、同じだけの覚悟が滲んでいた。


「本校のカリキュラムが未完成であるという認識は、我々も共有しております。情報を取り入れ、内容を整理し、磨きをかけている途中です。朝倉日和という生徒の存在が、我々にとって非常に参考になり、カリキュラムを組み直す良い機会になり得ます」


「では、方向性としては、こうですな」


 進行役が議事録係に目配せし、議論を整理していった。


「朝倉日和の即時昇格、特例資格の付与については、保留とする。当面は監視・観察対象として扱い、定期的な報告を中部校より上げていただく」


「異議なし」


「並行して、全国八校を対象とした実力再評価調査を実施する。朝倉日和の実態をベースラインとした、新たに特別な評価基準の策定を含めます」


「異議なし」


「さらに、中部校の指導内容を起点として、全校カリキュラムの見直しに着手する。詳細は別途、専門部会を設置して詰める方向で」


「異議なし」


 返答が、整然と積み重なっていった。


「それでは、以上をもちまして本日の議題は終了といたします」


 進行役が資料を閉じると、居並ぶ面々もそれに倣った。


 椅子が引かれる音。書類束を抱え直す音。低い声での確認のやり取り。


 会議室は、入室時と同じ重さの空気を保ったまま、ゆっくりと解かれていった。

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