第27話 勝負の結末※日和視点
「それでは、結果を発表させていただきます」
学校の会議室。司会進行の男の声が、静かに響いた。その一言で、会議室の空気が一段、張り詰めた。
長机を挟んで向かい合う、二つのパーティー。日和たちは席につき、手元の資料を確認する。トップクラスと言われる先輩探索士を相手にした勝負の、その答え合わせが行われる。
対面の田村は、軽く脚を組んで椅子の背にもたれていた。口元には、いつもの柔らかな笑みを浮かべている。余裕そうな態度。
その隣に並ぶ田村のパーティーメンバーたちの表情は、なぜか暗かった。
ひとりは机の一点を見つめたまま動かず、ひとりは小さく息を吐いて視線を伏せている。
なんだろう、この空気。その場の違和感に日和は静かに眉を寄せた。
「朝倉パーティー、合計――」
淡々と数字が読み上げられる。
「二億円強」
うん、と日和は小さく頷いた。事前に聞いた査定通り。経費を差し引いても、一人三千万を超える成果。学生にしては破格の数字だと思う。
「続きまして、田村パーティーの成果は合計――」
ほんの一瞬、間を開けてからその数字が告げられた。
「三億五千万円」
日和は、思わず軽く息を吐いた。
負け、か。
冷静に数字を受け止める。トップクラスの探索士チームと、仮資格の学生チーム。ソロで戦うならまだしも、チームで挑むとなれば全体の戦力差・経験・連携が物を言う。2億円という金額を聞いて、勝てるかもしれないと思ってたけれど、そんなに甘い世界でもない、ということかな。
「ありがとうございました。勉強になりました」
日和の言葉に続けて仲間たちも、それぞれ礼をする。美月が少し悔しそうに唇を結んでいた。伊吹は「はー、負けたかぁ」と頭の後ろで腕を組んでいる。神崎は無表情のまま資料をめくり、すずなは黙ったままだけど気落ちしているのが見てわかる。
日和は田村が率いるパーティーを訝しげに眺める。勝敗を告げられた後も、空気がおかしい。むしろ、結果が読み上げられた後の方が、田村側の空気は重たくなっていた。
勝ち誇るような笑みを浮かべているのは、田村ただ一人。
「待ってくれ」
そんな状況の中で突然、低い男の声が会議室に広がった。
田村の隣に座っていた男だった。三十代半ば、無精髭を生やした厳つい顔つきの探索士。彼は片手をテーブルに力強く突いて、ゆっくりと立ち上がる。
「その結果は――俺たちのパーティーだけが出した結果じゃない」
空気が、変わった。
「……どういう意味でしょうか」
司会進行の男が、努めて平静に問い返す。
「言葉の通りだ。今回の攻略には、別のパーティーが数組入っていた。事前に話を通して、稼いだ成果を全部こっちに合算した。三億五千万のうち、半分以上は俺たちが稼いだ取り分じゃない」
突然の告白に、しん、と会議室が静まり返る。そんな発言をする男の横で、田村は黙ったまま座っている。
「そんなもの、認めるべきじゃない」
男は仲間であるはずの田村の方を見ようともしなかった。視線は真っ直ぐ、司会進行と日和たちに向けられている。
「これは、勝負だ。一つのパーティー対一つのパーティーの、な。少なくとも俺は、そういうものだと考えていた」
他のメンバーたちが、静かに頷いた。
ようやく田村が脚を組み替え、笑みを少し深めた。崩れない。むしろ、待っていたとでも言いたげな表情だった。
「別に、ルール違反じゃないだろう」
穏やかな声音だった。それが当然、というように。
「今回の勝負は『どちらがより多くの成果を出したか』だ。複数のパーティーで稼いではいけない、なんて条件は最初からなかったはずだ」
「だが――」
「探索士の仕事は、成果を持ち帰ることだ。そのために、どんな準備をするかも含めて実力。俺は彼女たちに、それを示してやっただけだ。プロの世界ではこういうやり方もあるのだと」
「ふざけるな」
立ち上がっていた男が、田村を睨みつける。
「一つのパーティー相手に、こっちは複数だぞ。それを『準備』の一言で片付けるな。不公平にも程がある」
「学生相手にやることじゃないだろう」
別のメンバーも口を開いて否定する。納得いかないのだろう。
「向こうは仮資格だぞ。プロにすらなっていない、まだ学生だ。そんな子たちを騙すような真似をして勝ちを誇るなんて――下品だ」
次々と声が上がる。気がつけば田村の周囲は、いつの間にか味方の一人もいない場になっていた。
それでも、田村の笑みは消えなかった。
むしろ、口角を少しだけ上げた。
「その『ただの学生』が、2億円を稼ぐ結果を出したんだ」
会議室の空気が、また一段、違う方向にずれた。
「おかしいと思わないか」
田村の視線が、ゆっくりと日和たちの方に流れてくる。
「学校に通っているだけの子どもが、トップクラスの探索士と並ぶような数字を叩き出した。普通に考えれば、有り得ない。何か裏があると考える方が、よほど自然だろう」
「――おい」
「俺は別に、全部を疑っているわけじゃない。ただ、可能性の話をしている。本当にズルをしているのは、彼女たちの方かもしれない。そういう線も、疑った方がいいんじゃないか。真実を明らかにするべきだ」
「テメェ、何を言ってる」
「証拠もなしに何を言うんだ!彼女たちは、ちゃんと実力を示しただけだろう!」
仲間の探索士たちが、今度こそ田村に向かって声を荒げた。
「主張するなら、証拠を出せ!それが、お前がさっきからご丁寧に説いていた『プロのやり方』じゃないのか」
「俺はただ、可能性の話を――」
「黙れ」
厳つい男の手が、田村の胸ぐらにかかりかけた。
***
目の前で急に仲間割れが起こっていた。当事者であるはずの自分たちは、いつの間にか議論の場から完全に外されていた。先輩探索士たちが勝手に揉め、勝手に怒り、田村を糾弾する。
日和は巻き込まれないように気配を消して、その様子を静かにうかがっていた。
隣で身を縮めるようにして見守っていた美月が、小声で囁く。
「……ねえ、日和。あれ、なに?」
「わかんない」
言い争いがヒートアップしていく。これ、いつ終わるのかな。早く帰りたい、というのが正直なところだった。
「君も、何か言ったらどうだ」
そんな状況で急に、田村が日和に矛先を向けてきた。会議室の温度が、一段下がった。
「黙っているということは、否定できないってことだろう。違うなら、はっきり言えばいい。自分たちは正々堂々戦ったと、胸を張って言えばいいだろう」
一度視線を逸らしてから、日和はあらためて田村を見た。
まっすぐに、表情も変えず、ただ見た。
「もちろん、正々堂々と戦いましたよ」
短く、それだけを答える。
「……」
田村の口元から、笑みがゆっくりと消えていった。何か言い返そうとするように唇が動きかけて、けれど言葉にならず、そのまま閉じられる。視線が一瞬だけ宙を彷徨い、日和の顔の上で止まる。何かを探すような、確かめるような目つきだった。
日和はそれを、ただ静かに見返した。
本当にズルなんてしていない。なんでそんなに疑われているのか意味がわからないけれど、聞かれたことを正直に答えただけ。それ以上でも、それ以下でもない。
田村は、それ以上は何も言わずに黙り込んでいた。
***
会議室は、その後しばらく機能しなかった。
田村と仲間との言い合いは収まらず、声はどんどん大きくなり、怒鳴り合いに手を出すところまで発展した。司会進行役や様子を見守っていた教師たち、周囲の大人が慌てて間に入り、ようやくその場を散会させたのは、それから一時間も後のことだった。
勝敗は、有耶無耶になった。
田村パーティー成果については「合算分の扱いを再検討する」ということで、評価は保留扱い。日和たちの2億円の結果について再確認されたが、計画書や報告書など確認されて問題無しと判定された。だが「勝負」としての結論は、結局出ないままで終わった。
それでいいや、と日和は思った。
その後の先輩探索士たちのことは、噂話として耳に入ってきた。
田村の評判は、あの会議室を出た時点で、もう半分は崩れていたらしい。半分どころか、ほとんど全部だったかもしれない。あの場に居合わせた探索士たちが何も話さないわけがなく、業界内に話が広まり、広まれば広まるだけ尾ひれもついたのだとか。
田村のパーティーは、ほどなくして解散したらしい。
あの日テーブルに手をついて立ち上がった男を始めとして、メンバーの大半が田村の下を去った。田村は新しい仲間を集めようとしているらしいが、件の噂が先回りしていて、まともな探索士は誰一人として声をかけてこない。今は単独で、低難度のダンジョンを細々と回っているのだとか、いないとか。
力ではなく、信用を失った。
仲間と、信用と、立場と。
失ったモノを並べてみれば、田村が日和に勝負を挑んで手にしたかった「勝ち」は、もうどこにも残っていない。
***
「ちょっとだけ、申し訳ないかな」
ある日の夕方。教室の窓際で、日和はぽつりと呟いた。
「何が?」
隣の席で課題のプリントに集中していた美月が、顔を上げる。
「田村さんのこと」
「えー」
美月が、本当に意外そうな顔をした。
「日和は無駄に気にしすぎ。アレは完全に、向こうから突っかかってきた。自業自得ってやつでしょ」
「……うん」
「日和は、別になんにも悪いことしてないよ。普通に挑まれた勝負を受けて、普通に成果出した。それで相手が勝手に転んだだけ」
美月の言い方に、思わず日和は小さく笑ってしまった。
まったく、そのとおりだった。
日和は小さく息を吐き、ぽつりと呟いた。
「まあ、仕方ないか」
その短い一言の中に、田村という人物に対して日和が抱えていたすべての感情を、静かに片付けてしまった。




