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第23話 攻略準備※日和視点

「ダンジョン攻略での勝負、条件はパーティー編成での挑戦とする」


 通達の文面を端末で読み返して、日和は小さくため息をついた。


 先輩探索士の田村との勝負。正直なところ、日和の中ではもうあの人への関心はほとんど残っていなかった。勝負を引き受けてしまったが、今から断ることはできないだろうか。


 もう色々と準備が進んでいるみたいだし、駄目なのかな。


――面倒な勝負を受けてしまったな。


 それが、今の日和の偽らざる本音だった。


 指定されたダンジョンは、学校の実習で使う訓練用とは格が違った。資格を持つプロの探索士が日常的に出入りしている、実戦レベルの場所だ。


 出現するモンスターの等級。推定危険度。推奨パーティー人数。


 どの数字を見ても、学生が挑むには数段階上の領域だった。


 日和はまだ仮資格の身でしかない。本来であれば、このクラスのダンジョンに入ることは許可されていなかった。だが田村は手続きを進めて許可を取り付けたらしく、書類上は「プロ探索士監修の実地評価」という体裁が整えられている。見届人として担当の大人たちまで用意されていた。手回しがいい、とは思う。


 日和は先輩探索士との実力を比べるためにソロで挑むつもりで考えていたのだが、手続きを担当した人から安全規定を理由に却下された。単独攻略は認められない、と。パーティーを編成して挑まなければならなかった。


 学校の実習とは違うし、これまで少しレベルの高いダンジョンにも挑戦してきた。けれど、それよりもっと危険度が上がった場所。怪我のリスクも跳ね上がる。死亡のリスクも。


 田村との勝負自体はどうでもいい。だが、自分の都合で仲間を危険に晒すことになる。


 それだけが、日和の中で引っかかっていた。



***



 教室に六人が集まった。


 美月、すずな、神崎、伊吹、東郷。いつものメンバー。日和は立ったまま、全員の顔を見回した。そして、ダンジョン攻略に関する状況を説明する。


 説明しながら、日和は迷っていた。本当にこの五人を連れていくべきなのか。やっぱり、勝負を断ろうかな。


「パーティーを組んで攻略しないといけない。そこで、みんなの力を貸してほしい」


 そこまで言って、日和は背筋を伸ばした。それから、深く頭を下げた。


「自分の都合で巻き込むことになる。危険度も、今までの実習とは比べものにならない。それでも、一緒に挑んでほしい」


 すぐに美月が口を開いた。


「頭上げてよ、日和」


 呆れたような、けれどどこか嬉しそうな声。


「日和がそうやって頼ってくれるの、私はすごく嬉しいんだけど」


「美月……」


「私も」


 すずなが小さく、けれどはっきりと言った。


「日和さんの力になれるなら、それが一番嬉しいです」


 日和が顔を上げると、すずなは少しだけ頬を赤くしながらも、真っ直ぐにこちらを見ていた。


 普段のすずなと違う、と日和は思った。出会った頃のおどおどとした空気はない。友人のために覚悟を決められる芯の強さが、あの静かな瞳の奥にはっきりと見えた。


「ていうかさ」


 神崎が腕を組んで椅子の背にもたれた。


「いいんじゃない? トップクラスのプロと同じ条件でダンジョンに挑めるんだろ? 学生のうちにそんな経験、普通はできない」


「神崎の言う通りだ」


 東郷が頷いた。表情は真剣だが、声には確かな熱がこもっている。


「ここで結果を出せば、卒業後の評価にも直結するはず。むしろ、これはチャンスだと思う」


「チャンスっていうか、燃えるだろ普通に!」


 伊吹が勢いよく立ち上がった。椅子がガタッと音を立てる。


「トップクラスの探索士に勝負を挑まれて、それを受けて立つんだぜ? 最高じゃん!」


 日和は一人ずつ、全員の顔を見た。


 誰も嫌そうな顔をしていない。巻き込まれた、という空気もない。


 むしろ、全員が自分の意志で協力してくれようとしている。「参加させられた」のではなく、「参加している」。その違いが、日和にはわかった。そして小さく笑った。


「ありがとう。じゃあ、全員でやろう」



***



 その後の打ち合わせは普段よりも真剣で、熱を帯びたものになった。


「出てくるモンスターの主力は、ゴブリンソルジャー級らしい。授業でも対処法を学んだ。だが、群れで来ると厄介だな」


 神崎が早速、端末で情報を引き出してみんなに見せる。


「過去の攻略記録だと、キングゴブリン級が出てくる。ただ、周辺に護衛が常に複数体張り付いてるから、正面突破だと消耗戦になる可能性があるかも」


「燃えるな!」


「お前はいちいち燃えすぎだ」


 伊吹と神崎のやり取りに、東郷が苦笑する。


 美月はすずなと並んで座りながら、小声で話していた。


「すずな、刀の手入れしとかないとね」


「は、はい。昨日研いだばかりなんですけど、もう一回やっておきます」


「さすが、準備がいい」


 教室は活気に満ちていた。全員が前を向いている。その空気を感じながら、日和は一人だけ別のことを考えていた。


 ――楽しそうだな、みんな。


 それはいいことだ。仲間のモチベーションが高いのは悪いことではない。だけど、日和の頭の中にあるのは、そこではなかった。


 ――全員、無事に帰ってこないといけない。


 勝負の勝ち負けよりも大事なこと。どれだけ成果を出しても、誰かが怪我をしたら意味がない。先輩探索士との勝負に勝っても、仲間に何かあったら自分は絶対に許せない。


 伊吹が「ボス戦のとき俺が先に突っ込むから!」と拳を突き上げている。東郷が「作戦も決まっていないのに突っ込むな」とたしなめている。神崎が「まぁ伊吹には前線で暴れてもらったほうが効率いい」と身も蓋もないことを言い、美月が「ひどくない?」と笑っていた。すずなが「伊吹さん、怪我しないでくださいね」と真顔で心配し、伊吹が「大丈夫大丈夫!」と胸を叩いている。大丈夫じゃなさそうなセリフだった。


 日和は小さくため息をついた。気合の入っている彼らが無茶をしないように手綱を握らないと。この温度差は、いつものことだった。



***



 日和は本格的に準備を進めていく。


 まず、更に詳細なダンジョンの情報収集。


 神崎と分担して、対象ダンジョンに関するあらゆるデータを集めた。出現するモンスターの種類と行動パターン。各フロアの地形と構造。危険エリアの位置。過去に報告されたイレギュラー事例。安全に休憩が取れるポイント。推奨ルートと、それぞれのメリット・デメリット。ドロップ品の傾向と市場価値。


 膨大な量だったが、日和の手は迷わなかった。師匠といっしょに考えて組み上げたパーティーでのダンジョン攻略の手順が、そのまま体に染みついている。


 次に、戦術の策定。


 メンバーの特性に合わせた役割分担を改めて整理した。


 地形データを見ながら、日和は頭の中で戦闘をシミュレーションしていく。大広間ではすずなの太刀筋が活きる。逆に、狭い通路では刀のリーチが制限されるから、伊吹に先行させたほうがいい。美月の索敵範囲を考えると、後方からの探知で通路の先の待ち伏せを事前に潰せる。神崎がリアルタイムで情報を流し、東郷が全体を見て穴を塞ぐように立ち回ってもらう。


 想定パターンも複数用意した。通常の遭遇戦。多数に囲まれた場合。ボス戦。そして最悪のケース。それぞれの状況に対する動き方を準備して、全員に共有した。


 最後に、撤退ラインの設定。


 日和にとって、これが最も重要だった。


「撤退の条件は三つ」


 メンバーに向けて、日和ははっきりと告げた。


「一つ目、メンバーの誰かが戦闘続行不能になった場合。二つ目、想定外のモンスターが出現した場合。三つ目、私が撤退を判断した場合。この三つのどれかに該当したら、即座に引き上げる。その指示を出したら、絶対に従って」


 東郷が懸念点を指摘する。


「それだけでいいのか? もっと細かく条件を決めて、万が一の場合に対処できるようにしておく必要はないだろうか?」


「ざっくりでいい。現場では想定通りにいかないことのほうが多いから。リーダーの判断で即座に動けるようにしておくほうが、結果的に全員の安全に繋がる」


「まぁ、リーダーの日和が言うなら従おう」


 日和の言葉に東郷はあっさり引き下がった。これまでの実地訓練で、日和の判断が間違ったことはない。その積み重ねが、信頼になっている。


 神崎が端末から顔を上げた。


「ルート案、三パターンまとめた。日和、確認してくれ」


「ありがとう。見せて」


 データを受け取り、目を通す。神崎の情報整理は相変わらず正確で、日和が必要としている情報が過不足なく整理されていた。


「二番目のルート、ここのフロア間移動のところだけ修正したい。狭い通路が続くから待ち伏せのリスクがある。索敵を先行させるタイミングを一つ追加して」


「了解。美月に索敵ポイント追加しておく」


 やり取りは淡々と、確実に前へ進んだ。



***



 準備を進めながら、日和はふと気づいた。


 やっていることは、これまでの実地訓練と変わらない。


 情報を集めて、分析して、役割を振って、想定パターンを用意して、撤退ラインを決める。


 ――でも、求められるレベルが違う。


 プロの探索士が日常的に活動している場所で、プロと同じ条件で結果を出す。学生だから、という配慮はもうない。


 にもかかわらず、自分はいつもと同じ手順で準備ができている。戸惑いもなく、手が止まることもなく。


 それは、師匠の教えが最初から「現場基準」だったということだ。


 学生向けに手加減された内容ではなく、実際のダンジョン攻略で通用するレベルの知識と技術と判断力。師匠の特殊な事情によって得られた膨大な経験。それを当たり前のように教えてもらっていた。そこからの学びが今、存分に発揮されている。


 ――やっぱり、師匠はすごい。


 いつもの結論に行き着いた。


 けれど今回は、少しだけ違う感慨もあった。


 師匠がすごいのは大前提として――その教えを受け取って、ちゃんと実践できている自分たちがいる。仲間がいる。一人では辿り着けなかった場所に、六人で立とうとしている。


 成長しているのは自分だけではなかった。すずなの剣は出会った頃とは別物になっているし、美月の索敵精度は実習を重ねるごとに上がっている。神崎の情報分析は日和の思考を先回りするほどだし、伊吹は無茶をするが突破力は本物だ。東郷の冷静さがなければ、チームは何度か崩れていたかもしれない。


 そんな彼らを、今回も頼りにさせてもらう。



***



 攻略前日の放課後。


 教室に、再び全員が集まった。


 日和はホワイトボードの前に立ち、最終ブリーフィングを始めた。


「明日のメインルートはBプラン。神崎がまとめた第二案をベースに、索敵ポイントを追加した修正版。全員、資料は頭に入ってる?」


 全員が頷いた。


「もう一度確認するね。前衛はすずなと伊吹。すずなが切り込み、伊吹が追撃と側面のカバー。中衛は私と東郷。私が前線指揮と遊撃、東郷が全体把握と後方への連携ね。後衛は美月と神崎。美月が索敵と罠察知、神崎が情報管理とサポート」


「了解」「はいっ」「おう」「問題ない」「任せて」


 それぞれが短く応じた。


「ボス戦は、私とすずなで前衛を張る。伊吹は護衛の排除を優先。東郷は全体の状況を見て、崩れそうなところを補う。美月と神崎は後方から索敵と分析を継続。ボスの行動パターンが読めたら、神崎から全員に共有して」


「了解した」


 神崎が短く答えた。


 日和は全員の目を見て、最後にこう言った。


「無理はしないで。ちょっと違和感を見逃さずに、危険だと感じたら、遠慮なく声を出して。私が撤退と判断したら、全員すぐに引くから。何度も言うけど、成果よりも全員で帰ってくることが最優先だからね」


「大丈夫だよ、日和」


 美月が笑った。安心させるような、なんの焦りもない穏やかな笑みだった。


「日和さんについていきます」


 すずなの声には、迷いがなかった。どこまでも、ついてきてくれる。


「任せろ。全力で暴れてやるよ」


 伊吹が親指を立てる。おそらく突撃してしまうのだろうけれど、伊吹なりの信頼の示し方だということを、日和はよく知っていた。


「俺たちのリーダーは日和だ。お前の判断に従う」


 東郷がまっすぐに言った。


「情報面は完璧に仕上げてある。前だけ見てくれ」


 神崎がいつもの皮肉っぽい口調ではなく、静かに告げた。日和は少しだけ目を瞬いた。神崎がこんなふうに素直な言葉を口にするのは珍しい。


 ――みんな、本気なんだ。


「……ありがとう。それじゃあ明日、よろしくお願いします」


 深く頭を下げた日和に、五人は笑顔を返した。



***



 翌朝。


 ダンジョンの入口前に、六人が並んで立っていた。


 学校の実習で使うダンジョンとは、空気からして違った。入口付近にはプロの探索士たちが準備をしている姿があり、装備も表情も学生のそれとは明らかに異なる。ここは訓練の場ではなく、仕事の場だった。


 少し離れた場所に、見届人らしき人物の姿が見えた。田村の姿もある。


 隣では伊吹が腕を回してストレッチをしている。神崎が端末で最終確認をしていた。東郷は静かに入口を見据えている。美月がすずなに何か声をかけて、すずなが小さく頷いた。


 いつもの六人だった。


 日和は正面を向いたまま、静かに息を吸った。


 やることは変わらない。情報を集めて、分析して、役割を振って、仲間を守りながら攻略する。これまでと同じ手順で、同じように。


 ただ、結果が問われるだけだ。


「行こう」


 日和の短い一言に、五人が動き出す。


 六人は、ダンジョンの中へと静かに踏み出した。

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