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第22話 先輩探索士の実力※日和視点

 訓練場に到着すると、いつもの雰囲気と違っていた。


 いつもなら数十名程度が黙々とトレーニングに励んでいる場所。それが今日は、なぜか数百名を超える人数が集まっていた。上級生から下級生まで、それぞれが思い思いの表情でこちらを見ている。


 どうやら、先輩探索士の田村がやって来ると聞いて集まった様子。


「あの田村先輩が特別指導してくださるらしいよ」


「田村先輩が直接? 羨ましい!」


「まさか一年に……?」


 それを聞いて、日和はすぐに察した。さっき、先生の一人に何かを吹き込んで走っていった。そのときに、言ったのだろう。そして集まった。


 ざわめきがさざ波のように広がる。田村はゆっくりと前へ進み出た。視線を集めることに慣れた動き方だ。首元を正す仕草も様になっている。


 やれやれ、と日和は内心で呟いた。



***


「日和!」


 背後から声をかけられて振り向くと、美月とすずながこちらへ早歩きで来るところだった。その後ろに、藤田をはじめとした男子メンバーが続いている。


「なんだか大変なことになってるみたいだけど、大丈夫?」


 こんなに多くの人たちの前で何かが行われようとしている。美月は心配そうな表情を浮かべていた。


「多分、大丈夫だと思う」


「……多分って」


「うん、多分」


 日和はそう繰り返した。根拠のない自信というわけでもないが、今のところ特に緊張もしていないのは確かだ。美月が日和の顔をじっと見て、それから小さく息を吐いた。


「……なんか、大丈夫そうだね」


「田村先輩直々のご指導だろ? 羨ましいな」


 男子の一人が羨ましそうな顔で言った。隣の別の男子もうんうんと頷く。神崎だけ微妙な表情を浮かべていたが、何も言わなかった。


 この温度差。


 まあ、それが普通の考え方ではある。


 美月が「人が集まっているし、大事になっていると思ったけど、ただの訓練だから大丈夫なのかな」という顔で日和を見ていた。その顔が少しだけ落ち着いている。日和のいつも通りの態度が、余計な心配を解いたらしかった。



***



 日和は田村と向かい合った。訓練場が沈黙に包まれる。シンと、静かに。二人に視線が集まる。


 田村は訓練用の剣を構え、余裕の笑みを口元に浮かべたまま日和を見下ろした。訓練用の剣といえど、侮れない。素材は頑丈で、当たれば骨の一本や二本はへし折れる代物だ。


 日和も同じ訓練剣を握る。重心を確かめる。バランスは悪くない。


「いいだろう。これまで磨いてきた君の実力を、存分に見せてもらおうか」


 田村の声が訓練場に響き渡る。ギャラリーがさらにざわめく。


「さぁ、来い!」


 先手を譲られた。


 日和は少しだけ考えた。いきなり全力を出すつもりはない。まずはこの男の実力を確かめてから。トップクラスに立つ先輩探索士が、実際のところどんな動きをするのか。それに興味があった。



***



 日和は軽く踏み込んで、速さを抑えた横薙ぎを放った。


 田村は素早く剣で受け、かわす。そのまま流れるように反撃してくる。


「こんなものか!?」


 速い。


 訓練場のギャラリーがどよめいた。田村の動きは確かに素早く、力強い。踏み込みの重さも、剣筋の正確さも、一般的な探索士の水準を明らかに上回っている。


 日和は田村の反撃を横に逸らした。師匠に叩き込まれた体と剣の使い方で、力を受け流す。


 またどよめきが起きた。今度は驚きの色が混じっていた。まさか、一年生が攻撃をかわすなんて。


 田村の連撃が続く。日和はそれを防ぎながら、相手の動きを観察することに徹した。踏み込みのタイミング。重心の移動。剣を振る軌道のクセ。やや右に流れる傾向がある。体重を前に乗せすぎる癖もある。でも、人とやり合うのに慣れているみたいだな。


 どんどん見えてくる。



***



「オリャオリャオリャッ!」


 田村が気合とともに連続攻撃に移行した。


 怒涛の連打だった。一撃一撃が重く、速く、途切れない。壁際のギャラリーが息を呑む。「これは彼女の負けか?」という空気が漂い始める。


 日和はその全てを捌き続けた。


 防御しながら、考えていた。


 これがトップクラスなの?


 速さは確かにある。力もある。技術もある。一流の剣士としてみれば、優秀だと思う。上位層だと言われれば納得できる。


 だけど。


 透と比べたら、どうだろうか。


 答えは考えるまでもなかった。師匠の動きを間近で見てきた日和には、明確に分かる。田村の攻撃には、透のそれが持つ"重さ"がない。速度も、圧力も、見た目以上のものが何もない。全てが予測の範囲内に収まっている。


 透の動きは違う。速さの次元が違う。対峙したときに感じるあの圧迫感、重力のようにのしかかる存在感。コレを普通の言葉で表すとしたら、格の差としか言いようがない。


 やっぱり師匠は、トップクラスどころのレベルじゃない。遥か上にいる。


 日和はそう静かに結論づけた。



***



 田村の攻撃が一瞬だけ間を置いた。


 その隙に、日和は考えた。


 倒してしまうと、また余計な注目を集めることになりそう。面倒だ。正直に言えば、今の生活はそれなりに落ち着いていて、そこに余計な波風を立てたくない。


 けれど。


 もし今日わざと負けるようなことをしたら、この男に師匠を名乗られることになるかもしれない。それは嫌だった。心理的に嫌だし、師匠に対して申し訳ない気がした。


 こうなったらもう、周りの評価がどうなっても、別にいいか。



***



 田村の次の踏み込みを待った。


 来た。


 防御に徹していた日和が、前に出た。


 速度の段階が変わった。


「なに……!?」


 田村の目に、一瞬だけ動揺の色が走った。剣先が揺れる。体重が乱れる。


 パンッ。


 乾いた音が訓練場に響いた。


 田村の手から訓練剣が弾かれ、きれいな弧を描いて宙を舞った。そのまま地面に突き刺さる。


 シン、と静寂が落ちた。



***



 誰も動かなかった。


 ギャラリーの半数は、何が起きたかわかっていない顔をしていた。気づけば田村の剣が飛んでいた。それだけだ。プロセスが目で追えなかった。日和のスピードに誰も追いつけない。


 田村は自分の右手のひらを見ていた。剣を手放した手を、ただ見ていた。


 唖然としている。


 やがて、田村はゆっくりと表情を切り替えた。動揺を塗りつぶすように、口角を上げる。


「凄いな。予想以上だよ! 君の実力は素晴らしい」


 拍手でもしそうな口調だった。


 ギャラリーの間でざわめきが広がる。


「田村先輩の剣が……」


「え、今何があったの?」


「見えなかった」


 日和は静かに訓練剣を下ろした。


「ただ、剣をうまく扱えるからと言って油断してはいけない」


 田村は続ける。口調は穏やかで、まるで勝者が後輩に語りかけているようだった。負けたことには、触れていない。


「探索士の真の実力を試されるのはダンジョン攻略で成果を出した時だから。次は、ダンジョン攻略で勝負しよう。そこで、本当の実力が明らかになるだろう。もちろんこの勝負を受けてくれるね? 将来有望な、君の探索士としての実力を見せてほしい」


 日和は田村の顔を見た。


 話がどこかへ行ってしまっている。さっきまでの勝負の話が、いつの間にかダンジョン攻略の話にすり替わっている。完全に別の勝負の話になっている。


 なんだか、面倒なことになった。


 内心でそう思いながら、日和は曖昧に頷いた。


「……わかりました。では次は、ダンジョン攻略の勝負で」



***



「今の日和さんの動き……、凄い」


 すずなの小さな声が聞こえた。実力者に対する尊敬の念が籠っている。


 一緒に親友を見守っていた美月も頷いている。表情は穏やかだが、目だけははっきりと理解している色をしていた。友人は凄い実力者だったけれど、想像していた以上。あの先輩探索士に勝てるなんて。


 男子たちのほとんどは、まだ混乱した顔のままだ。


「どういうことだ? 気づいたら田村先輩の剣が飛んでいたんだが」


「速すぎて、見えなかったな」


「誰か説明して」


 ざわめきは収まりそうになかった。


 田村は丁寧に礼を言いながら訓練場を出て行った。ダンジョン攻略に向けて準備をするからと。そんな彼の背中は整っていたが、足の運びがいつもより少し急いでいるように日和には見えた。




***



 訓練場を出たところで、美月が隣に並んだ。


「日和の言っていたとおり、大丈夫だったね」


「うん」


「多分、って言ったわりに全然慌ててなかったけど」


「まあ、うん」


 美月がため息をついた。どこか呆れたような、それでいて安心したような顔だ。


 日和は教室へ戻る道を歩きながら、ふと空を見上げた。


 やっぱり師匠はすごい。


 コレが実感だった。田村の動きを実際に体感して、比較して、改めてわかる。透との差は、数字で表せるようなものじゃない。速さも、重さも、感覚の鋭さも、全部が別の領域にある。


 まだ、全然届かない。


 でも、それが嫌じゃなかった。あの背中がどこまで遠いのか、今日もまた少しだけわかった気がする。わかったところで縮まる距離じゃないけれど、見えないよりはずっといい。


 もっと、強くならないと。


 今日持ち帰るべきものは、それだけだった。


 それで十分だった。

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