第九話「王様人形」
アランが、四番島を満喫して居る頃。
キリクスの夢の中に、城砦が現れるようになった。昔風の石煉瓦のものではなく、金属で出来ている、ギラギラした城だ。
その城の中には、無数の人形が溢れていた。表情や視線から、人形であると分かるのだが、彼等は人間のように振舞い、人間のように喋った。
ほとんどの人形は、銀色の衣服を着ており、時々黒い服の人形や、白い服の人形が居る。
パステルカラーの服を着ている人形も、少なからずおり、彼等は良く目立った。
「何だか、先生の見ていた夢とは、様子が違うみたいです」と、寝起きのキリクスは、リビングでエリスに報告する。
「イメージとしては、未来的と言うか。サイエンス・フィクションの中の世界みたいでしたね」
その話を聞いて、エリスはダージリンを淹れながら、「そうか」と答えた。
「『中継拠点』は、個人の好みが反映されるからね。きっと、君の気に入るようにデザインされているんだろう」
「だけど、なんで人間じゃなくて、人形が居るんでしょう」
「それは僕も良く分からないけど、君の中の『違和感』の表れじゃないのかな。知らない信号を出している人が、『人形』として見えているのかも」
「何だか、僕って、人でなしなんですかね」
キリクスの台詞を聞いて、エリスは歯を見せない苦笑いを浮かべた。
「そう、悲観する事でもないよ。他人の事を『全く受け入れていない』ってわけじゃないんだから。それに、アランの時は、人間より猫の登場が多かったんだよ? 彼の方こそ、人間嫌いなのかもね」
「それは何か……否定できないなぁ」
そんな会話をしていると、新しく作った「自宅」で昼寝をしていたアナントが、頭で扉を押して、クローゼットの中から出てきた。
猫のポーズで伸びをし、大きく口を開けて欠伸をする。
「何だか、アルミニウムで出来た猫ベッドで、眠ってる夢を見た」との事だ。
「早速、アナントの方にも影響が出てるね」
そう言いながら、エリスは二個あるお茶のカップの一方を、キリクスの前に差し出す。紅い茶の上には、薄切りのレモンが乗っていた。
「ありがとうございます」
しっかりお礼を言って、少年はティースプーンでレモンを潰し始める。
「それ、酸っぱくならない?」と、エリスは尋ねる。
「お砂糖入れるから、大丈夫です」
その応答を聞いて、エリスは何故か微笑んでいた。
キリクスが、城の夢を見るようになってから、数日後の夜間。
ソファの上で毛布を掛け、眠ってる姿勢で休憩して居たキリクスは、先の鉄で出来た城の、地下牢の一室に、「アラン」が居る事に気付いた。
ボロボロの囚人服を着て、頬が抉れるほど痩せ細って、力なく首を倒している。
「先生」と、夢の中のキリクスは呼びかける。その声に気付いて、項垂れていたアランは顔を上げた。
「キリクス」と、アランは呼びかけてくる。希望を見出したその表情は、無感情になる前の彼のものだった。「此処から出してくれ」
檻を掴んだ骨の浮く手には、手錠がかけられており、足首には枷がはめらていた。
「え……えっと……」と、キリクスは辺りを見回し、牢屋か、もしくはアランの手錠と足枷を外す、鍵を探した。
自分の服のポケットを叩いてみても、それらしい手応えはない。
何も出来ない事を察して、キリクスは会話を試みた。
「先生は、なんでこんな所に?」
「閉じ込められたんだ。ずっと前に」と、アランは訴える。「この城の、王様を探してくれ。彼が鍵を持って居るはずだ」
「王様の居る所って……」
「何処かは分からない。寝室か、居室か、玉座の間か……。しらみつぶしに調べてくれ」
「分かりました」
そうやり取りをして、キリクスは地下牢の上り階段を、駆け上がった。
城中を走り回る間、キリクスは「こっちが大広間。こっちがゲストルーム」と、内部の様子を記憶して行った。
やがて、黒い服の人形だけが出入りする階に、足を踏み入れた。
「貴殿。此処は王族の間。立ち入りは禁ず」と、番兵のような人形が言う。
「お願いします。通して下さい。僕の大事な人が、大変なんです」と、キリクスは訴えた。
「大事な人とは?」と、番兵は聞いてくる。
「アラン・ハーディ先生です」と答えると、廊下の左右に居た番兵人形達は、顔を見合わせた。
「どう言う事だ?」と、右の番兵。
「王が有罪を述べた人物だな」と、左の番兵。
「どうか、王様に、お目通りを」と、キリクスは食い下がった。「先生が有罪になるなんて、あり得ません。きっと、誤解があるんです」
「王の審判に逆らうのか?」と、右の番兵。
「しかし、この者は」と、左の番兵。
「僕からも、王に再審判を進言する」と、キリクスには聞き覚えのある声がした。
振り返ると、鯖模様の猫がいる。
「アナント」と、キリクスは猫に呼び掛けた。
「キリクス。アランをよく見つけてくれた」と、アナントは言う。「さぁ、王に会わせててくれ。玉座の間で良い」
その言葉を聞た、番兵人形達は、顔を見合わせて頷いた。
「ならば、玉座の間へ」
そう言って、番兵人形達は、アナントとキリクスを一つ下の階に連れて行った。
廊下を歩く間、アナントはキリクスに申し伝えた。
「キリクス。此処の王様に会っても、驚かないでくれ」
「何か、驚くようなことがあるの?」
「ああ。僕達にとっては、悪夢みたいな化け物だ」
キリクスは頷き、「覚悟しておくよ」と応じた。
玉座の間への大扉は、別の番兵人形に守られていた。
キリクス達を連れてきた人形が、玉座の間の番兵達に声をかけ、アナントを指さしてみせる。
理由は分かったと言う風に、玉座の間の番兵人形達は、大扉を左右から開けた。
どろりとした黒い霧が、扉の隙間からこぼれ出る。
アナントは、「僕は此処に入れない。キリクス、頼んだ」と訴えた。
「うん」と答えて、キリクスは泥のような霧の中に踏み入った。ざわざわと、霧に体中を触れられているような感覚がして、気持ち悪い。
怯えない事を心にとめて、キリクスは王様の様子が見える場所まで、歩を進めた。
そして、王冠を被って、銀色の衣を纏い、玉座に座っている人物の顔を見た。
それは、アランとそっくり同じ顔を持った、無表情な人形だった。
そこまでのイメージを見て、目の覚めたキリクスは、止めていた息を、ようやく吸えた。
昔、心臓のあった場所が、強く拍動しているような気がする。
クローゼットの扉を押して、「自宅」から出て来たアナントが、無言でキリクスの近くに来る。
「見ただろう?」とだけ、アナントは言った。
キリクスは疑問を呈す。
「うん。何で、先生は閉じ込められているんだろう。それに、先生とそっくりの人形が、影を操ってる」
アナントは言う。
「アランの『状態』が、象徴的に反映されてるんだと思う。僕が最初にあの城に行った時は、アランの顔をした王様人形が、居室で食事を摂ってた」
「牢屋に居た先生を助けたら、何か変わるのかな?」
キリクスがそう問いかけると、エリスの声がした。
「それは、助けてみないと判断できないね」と言いながら、彼はリビングの出入り口を潜る。
「エリス。君も見てたのか?」と、アナント。
「ああ。俯瞰から見た視点だったから、君達みたいに『体験』をしたわけじゃないけど」
キリクスは、「何とか、あの王様人形から『鍵』を奪わないと」と、先の事を提示する。
エリスも頷いた。
「そのためには、キリクスがあの王様人形と、『戦う』必要があるかも知れない」
キリクスは悩む顔もせずに、「ええ」と請け負ったのだった。




