第十話「少年と猫」
次にキリクスが「鉄の城砦」を訪れた時、彼は城砦の外に居た。城砦の周りは、赤い電子線が、無数に通っている。
「君が敵対心を持って居る事を、悟られたんだろう」と、エリスの声が耳元で聞こえる。「まずは、この電子線のロックを解かないと」
「何をすれば?」と、キリクスが小さな声で聴くと、エリスは遠くを探したようだった。「町の中に、発電所がある。僕がそれを停めて来る」
「はい」
それだけやり取りをして、暫く待つと、町全体が停電に陥った。
「今のうちだ」と、再びエリスの声がする。
キリクスは、電子線の網の目が消えた城の中に、飛び込んだ。
一階のホールに走り込むと、其処は既に薄靄のような「影」が広がっていた。
「キリクス」と、足元から囁く声が聞こえる。アナントだ。「『影』が少ない所を通って行こう。こっちだ」
そう言って、猫は尻尾を高く立てながら、先に走り出した。
キリクスも、懸命にその後を追う。
どろどろと「影」が渦巻いて居ている通路は避け、遠回りながらに二階へ、三階へと進んで行く。
途中で、番兵人形が道を塞いでいる所があった。
遠巻きから、アナントが「あいつ等を何とかしなきゃ」と、キリクスに囁く。
「人形達の、動力源は?」と、キリクス。
「内側は、高濃度の『影』だ。壊すわけに行かない」
「それは、以前壊したことあるの?」
「まぁね。僕の頭がぐらぐらするくらいの、『影』を浴びる事になったよ」
「奴等は、足元ががら空きだ。アナントは其処から入って。僕は……ちょっとした力を、使ってみる」
「君は、何か出来るの?」
アナントがそう聞くと、キリクスも「まぁね」と返した。
二人が近づくと、番兵人形は左右から、槍のようなもので道を塞ぐ。
アナントはその足元をすり抜け、キリクスは右手に「力」を集中すると、駆け込みながら、フワッと番兵人形の方に手をかざした。
目に見えない何かが触れたように、番兵人形達は震え出し、頭の先から灰になって行く。
彼等の槍が床に落ちてから、キリクスは人形の消えた場所を越え、「ごめんね」と呟いた。
変わらず、アナントは先を行く。
二人の耳元に、エリスの声がした。
「王様人形は、四階の居室に居る。鍵は彼が所持したままだ。キリクス、さっきの番兵人形と、同じ事は出来ないよ?」
「鍵を盗んでから、抹消します」と、キリクス。
「それが上手く行ったら、そうしよう」と、エリス。
「ついた。此処だ」と、アナント。
三人の目の前に、重々しい扉が現れた。
「内側から鍵を外す」と言って、エリスの声は遠ざかった。
「お願いします」と、キリクスが言って間もなく、扉の内側で、金属質の何が落ちる、ごとりと言う音がした。
「行こう」と、アナントが声をかけた。
キリクスは、体を押し付けるように、重い扉を開け、アナントと一緒にその内側に入った。
扉の内側では、鉄の錠前が床に落ちている。
キリクスが、息をひそめて闇の中を見ると、王様人形はベッドの上で横たわっているようだった。
キリクスは、そっとその横に近づき、王様が鍵を身に着けていないか、軽くタッチしながら確認した。
胸元に固い感触があり、そっと上掛けを捲る。
その時に、王様人形は目を覚ました。
少年の手首を、王様人形がガチッと握る。
王様人形は、ベッドの上に上体を起こした。
「キリクス。何のつもりだ?」と、アランと同じ声で、話しかけてきた。
キリクスは応えないまま、アナントを見た。
アイサインを受け取ったアナントが、王様の胸元に噛みつく。
ポケットから溢れてきた鍵が、床に落ちた。
アナントはそれを銜えて、ベッドから離れた。
「私の意向に背くのか?」と、王様人形は言う。
手首を締め上げられながら、キリクスはこう反論した。
「貴方なんて、知らない」
開いていた片手に「力」を宿して、キリクスは王様人形の頭に手をかざした。
ブンッと言う、ノイズが聞こえ、王様人形は頭を振る。
「私の意向に。私の意志に。私に異存を」と言いながら、王様人形の頭がぐずぐずと崩れて行く。
キリクスは、王様人形の手を振りほどき、胸元にも「力」を浴びせた。
ボコッと音がして、王様人形の胸に穴が開く。そこからも、金色と銀色をした、何かの鍵のようなものが零れ落ちた。
「これで全部だ」と、鍵を集めながら、アナントが言う。
王様人形が、完全に砕けるのを見ないまま、キリクスとアナントは鍵を手に取り、地下一階に向かった。
「王が襲撃されたぞ!」と、早くも伝令が叫びながら走っている。
城の内部放送でも、「少年と猫を見つけたら、直ちに捕縛するように」と言うお触れが流れている。
キリクスとアナントは、それまで以上に複雑な経路を、「見張りをかいくぐりながら」通過し、時には換気口の中や、壁の割れ目を通り抜けて、どうにか地下一階に辿り着いた。
牢の並ぶ通りには、分厚い影の壁が出来ている。
アナントは歩を止め、鍵を足元に置いた。
「僕には通れそうにない」と、アナントが言う。「キリクス。僕が持って居たのは、牢屋の鍵だ。君の持って居る銀と金の鍵は、アランの戒めを解くための鍵だ。間違えないで、使ってくれ」
猫が何故、念を押すのかは理解できなかったが、キリクスは「分かった」と言って、アナントの足元の鍵を手に取った。
以前、アランが閉じ込められていた、牢の前に行くと、其処にはやはり、痩せ細っているアランが首を倒していた。
何故か、その周りを色の濃い「影」が覆っている。
「先生」と声をかけて、キリクスは、まず牢屋の鍵を使った。
埃の溜まっていた布団を叩いたように、「影」が入り口から舞い上がる。
ゲホゲホと息を吐きながら、キリクスは返事をする力もないアランの、手の錠と足の錠を外そうとした
しかし、金色と銀色の、どちらを使えば良いのか分からない。
よく観察すれば、何かヒントがあるかもしれない。
そう思って、キリクスは牢の中のアランの様子を、つぶさに見た。
手足を括っている錠は銀色をしており、アランの胸に、別の金色の鍵穴がある。
それに気づいてから、キリクスは銀の鍵で、アランの手足の戒めを解いた。
痩せ細ったアランの体が、どさりと牢屋の床にあお向ける。
キリクスは、緊張しながら、アランの胸の金色の鍵穴に、金の鍵をさし、回した。
途端に、ガタガタとアランの体は震え出し、耳からシューッと蒸気を発した。
口と目から光を放ち、機械のように開いた胸の中から、きらびやかに輝く、心臓の形をした宝石が見えた。
「キリクス。それを持って行って」と、エリスの声がする。
キリクスは、両手で宝石を取り出した。それは温かく脈打っている。
エリスは語りかける。
「玉座の間に行く必要がある。急ぐ必要はない。以前来た時、道は覚えているね?」
「はい」と答え、キリクスは両手に、心臓宝石を支えたまま、城砦の中の通路を歩いて行った。
少年を捕まえようと、襲い掛かってくる番兵人形達は、宝石の光の近くに来ると、ガタガタと震え出して膝を折った。
アナントも、宝石心臓の光が届く範囲で、息をしている。
「もうじきだ」と、猫は言った。「もうじき、アランが帰ってくる」
キリクスは、「うん」とだけ答えて、玉座の間へと進んだ。
玉座の間には、濃密な「影」が蔓延って居るが、誰も居なかった。
アナントは、キリクスの足元から肩に登りつき、宝石心臓の光の輪の中に居る。
玉座が近づくと、「キリクス。そこに座って」と促した。
少年は言われるままに、玉座に就いた。
光が、泥のような「影」を引き裂いた。




