第八話「取調室へ」
四番島は、赤道に近い場所に存在する、熱帯の陸塊だ。三番島は亜熱帯の陸塊なので、船はどんどん南の方に向かっている。
世界地図を見ていると、全部の陸塊をパズルみたいに組み合わせたくなる。
実際、全部の陸塊が一塊に成るように集められたりするので、惑星ガイアで存在した「パンゲア現象」が、この星でも起こって居たのだろうか。
そんな想像をして気を紛らわせていたけど、僕の頭の中は相変わらず、ぼんやりと空っぽである。
執筆に関するファンタジーが、ほとんど思い浮かばない。普通の作家だったら、それは当たり前なのかもしれないけど。
調べて書くと言うのが基本であれば、今までの僕のように、「頭の中に溢れて来るイメージを書き留める」と言う方法は、あんまり必要ないのだろう。
三等室の中で、荷物の検査が行われた。どうやら、二等室で盗難が起こったらしい。
僕は自分のトランクを開ける時、「何が盗られたんですか?」と、船員に聞いてみた。
「パールのネックレスと、純金の指輪だ」と、不遜な船員は答えた。
僕のトランクは、散々掻き回された挙句、ポンッと投げるように突き返された。
折角、整頓してあったのに、と思いながら、荷の中身を整える。
その後、無事に盗難品は見つかり、犯人は船の中で御用になったと言う知らせが来た。
船旅を続ける間、三等室の人間は、甲板以外の場所に、出てはいけない事になっている。
他の階級の人達と、区別されている事は分かるけど、船倉に近い空間で手足も伸ばせないのは、なんとも窮屈だ。
僕は自衛のためにトランクを持ったまま、甲板に上がってみた。
警察のような服装の人達が、あちこちで聞き込みをしている。また、別の犯罪でも起こったのだろうか。
ラジオをイヤフォンで聞いていると、「人身売買」の話が出てきた。
子供をさらって、外国に売り飛ばす犯罪集団が居る、と言う話だった。
その集団にさらわれたと思われる子供達の名前の中に、「キリクス・フォークリッド」と言う名が出てきた。生前のキリクスの本名だ。
「子供達の目撃情報を求めています。彼等が誰かに連れられている所を発見したら、速やかに警察に電話を」と言う内容で、ラジオのニュースは途切れた。
電波の周波数からして、今聞こえていたのは、四番島の放送らしい。音質から考えると、長距離電波だ。
三番島では、一切「行方不明の子供達」の話は聞かなかった。しかし、陸塊を一つ移動しただけで、まだキリクスは、「さらわれた子供」として扱われている。
この辺りの事情を知って居るから、ヴィノ氏は僕達を、あの豪雨が支配する陸塊の西側に、閉じ込めたんだろうか。
此処まで書いて、僕は自分が「閉じ込められている気分」だった事に気付いた。
追跡能力を失った事で、意識の中の自由も奪われて、本当に僕は「閉ざされた」気分に成ってたんだなぁ。
締め切りを言い訳にしてたけど、僕が根本的に被害者意識を持って居たから、先日の一週間の家出があり、次に今回の取材旅行があるのだろうか。
何ともやり切れない思いがするけど、自分が「閉じ込められている気分」なんだとしたら、ちゃんとケアしてあげるのは良い事だ。
難しく考えず、折角の自由を満喫しよう。
今回の旅行の間に、イマジネーションの基になる風景や出会いが、得られれば良いんだ。
いよいよ下船できると言う時は、心が華やいだ。
太陽が注ぐ外は、灼熱の地と言って良いほど暑い。それだけで、気分が高揚してきた。
四番島の港に着き、身分証を提示すると、「ちょっと待って下さい」と、係員に声をかけられた。
数名の係員が、現地の言葉を交わし、別の係員が、僕を手招く。
「こっちに来て下さい。伺いたい事があります」
彼等の丁寧な言葉に、僕はホイホイと付いて行ってしまった。
テーブルと椅子だけがある、静かな部屋に招かれ、椅子を勧められた。
僕がそこに着席すると、チョコレート色の肌の係員が、向かい側に座る。
そして、出し抜けに聞いて来た。
「アラン・ハーディさん。キリクス・フォークリッドと言う少年を知って居ますか?」
僕は、突然の事に固まった。だけど、頭は素早く動いて、「誰の事でしょう?」と、しらばくれる事が出来た。
係員は言葉を重ねる。
「キリクス・フォークリッドが、貴方の家に滞在していたと、証言する人が居るのです」
僕は、きょとんとした顔を作ったまま、「誰が、そんな事を?」と尋ねた。
「マーカス・アブゼンと言う人に心当たりは?」
「いや、全く」
「マーカス・アブゼン氏は、あるバラバラ殺人事件の被害者の、親族です」
「はぁ」
「その被害者は、粘土を使った彫刻を作る彫刻家だったらしいのですが、彼が死亡した時に、貴方宛ての手紙が、被害者の家にあったのだそうです」
「それで?」
「手紙の内容は、支離滅裂なものだったようですが、『キリクス・フォークリッドを解放しろ』と言う一文があったと言います」
「へぇ」
「本当に、キリクス・フォークリッドを知りませんか? 彼は今、世界規模で探されている子供の一人なのです。貴方が、彼を連れさらったとは言いません。
もし、保護して一緒に住んでいる……と言う仲だったとしても、キリクス少年は、彼の親族の元に戻るべきです」
「そう言われましても、心当たりがないですねぇ」
僕は、きょとん顔を困り顔に替えて、無感情のまま返した。感情の鈍麻は、こう言う時に便利だ。
「そうですか」と、係員は引いた。「お手間をおかけしました。此処での事に気を悪くせず、良い旅を」
僕は帰って良いと言う合図を受け、招かれた部屋を退室して、さっき来た廊下を戻った。
上陸して早々に、取り調べを受けたわけだけど、四番島の暖かさと天気の良さで、僕の気分はあっと言う間に「ハイ」に戻った。
野外席のあるラウンジで、スパイスで炒めた米料理と、衣をつけて揚げられている魚料理と、それから濃厚なフルーツのジュースを頂いた。
美味しいと言う事は、感情が鈍くなっても分かるらしい。そりゃぁ、感覚に訴えかけて来る刺激なんだから、旨い飯は旨いのだ。
今回は、一応の取材旅行なので、予めホテルを予約していた。同じホテルに連泊するのは、二泊三日だけとして、四軒のホテルに予約を入れてある。
サービスの充実より、安全性のある宿を選んだ。オートロックの部屋で、ルームキーはカード式の施設を。
だけど、部屋に荷物を置いておくと、ホテルマン達に物色されかねないので、出かける度にコロコロとトランクを転がす事になった。
貴金属は身に着けて歩いているけど、トランクの中には「絶対に他人に見られたくないノート」が数冊入って居るので、手放すわけに行かない。
荷物のおかげで、前回のように、海の中にざぶざぶ入ったりできないが。
今回の旅の目的は、情報収集なのであるのだから、其処は勘違いしていない。
しっかりとカメラに風景を収め、カメラだけでは収集できない、匂いや湿度や気候や風向きなんかの情報を、入念にメモする。
ボイスレコーダーに、人々の話声や靴音、車の走行音、公共交通の中の賑わいを録音した。
バイオリンを道端で演奏している人の、楽器の音色を、秘かに収めたので、その人のバイオリンケースには、チップとして一番高い硬貨を投げて置いた。
宿に戻り、シャワー室で汗を流してから、ガウンに着替えた。
中々、濃密な一日だった。この調子で、どんどん「異国情緒」を取り入れよう。
そんな風に思いながら、僕はガウンのままベッドにもぐりこんだのだ。




