第五話「旅の思い出」
三番島東側の最東端まで行った後、僕は帰路に就いた。公共交通が行き届いていたので、車が無くても移動は難しくなかった。
最東端は、先が海に成っている崖の上に、石碑があり、「此処に到達した人々へ」と言うメッセージが書かれていた。
「此処に到達した人々へ。この地は五つの陸塊と二つの極地を旅した者達が、最後に到着した、理想郷の果てである。
この陸塊の西側の、恐ろしい天候と、絶壁のような山が探索を遅らせた。私達の成し得た旅を辿ってくれたあなた達に、当時の私達の得た賞賛を送る」
そう言った文章が、墓石のような丈夫な石に、細かく刻まれた居たのだ。
僕は、道中を公共交通に任せてしまった……何だったら、三十分以上歩く距離はタクシーまで使った自分を、少し恥じた。
そんなわけで、今は電車の中で、旅の思い出を思い出している所だ。
キノとは三日間の宿泊の間に、大分仲良くなって、色んな観光案内の歌を歌ってもらった。
その歌をヒントに、三番島の東側の「レアな観光スポット」を、入念に観察しに行った。
生まれて初めて、鍾乳洞に実際に入り込み、中の湿った空気を嗅ぎ、冷たく濡れた岩肌に触れてみたりした。
鍾乳洞の中の池を見たけど、「此処に飛び込んだら、どうなりますか?」と、ガイドの人に聞くと、「とんがってる石に腹を抉られますよ」と、笑顔で言われた。
やっぱり、僕の書いて居た「星降る夜のカスパール」は、空想の中のおとぎ話なんだなぁ。
メモのついでに、僕はキノと出会った町を舞台にした、女の子と男の子の冒険譚の設定を考え始めた。
女の子の方のモデルはキノだ。小説の中の女の子は、キノの年齢に近そうな十二歳とした。男の子の方も、同い年くらいで良いだろう。
丁度、思春期が始まる頃で、二人はあまり仲が良くない。
女の子の方は、宿屋で歌と踊りのパフォーマンスをする仕事をしている。男の子の方は、海でカヌーに乗り、漁の仕事を習って居る事にした。
男の子の方は、女の子に少なからず好意を抱いて居るんだけど、自分の心の中のもやもやをどう表現したら良いか分からなくて、女の子の仕事を邪魔したり、意地の悪いことをしたりする。
まだ、男の子方は、攻撃性と恋心の区別がついて居ないとした。
女の子の方は、男の子の「ツンデレ」なんて分かんないから、意地悪をそのまま受け取って、「この男の子は凄く意地の悪い、嫌いな奴」だと思っている。
その二人は、やがて、町を襲う異変に巻き込まれて行って、その渦中で相棒になる事になる……と言う、単純にそこまでの流れを作った。
最終的には、女の子と男の子の活躍で、異変を解決して、めでたしめでたしに成らな……ければならないんだよなぁ。
「読んでる子供が納得するエンディング」と言ったら、そう言うものだろう。
だけど、僕もここ暫く、「ハッピーエンドに続くハッピーエンド」を描き続けて来て、何だか変化が欲しくなって来ていた。
それに、本当に編集の人が言うみたいに、「ハッピーエンドだけが子供の納得できる終わり方」なのだろうか、と言う事が疑問だ。
世の中では、あまりに刺激が強い話が多すぎて、子供達が「読んだ話を全部ホラーだと思う」って言う現象が起きて居るらしい。
そう言う、情緒の歪みと言うか、今までの「子供像」が当てはまらない子供を作らないように、「刺激の少ない優しい話」が、大人達に好まれていると言う事は分かるんだ。
だけど、子供達が、読んだ物語を全部ホラーだと思ってるのではなく、「そう言う物語だったら面白くないか?」と言う発想で、大人に伝えて居るんだった、彼等は「優しい話は、刺激が少なすぎてつまらない」と、思っているのかもしれない。
だからと言って、子供達のドーパミンに慣れてしまった頭に、更なるドーパミンを放出させる物語を書いても……やっぱり情操教育上、良くない気がする。
僕は暫くメモをぐちゃぐちゃと書いてみて、「纏まらないなぁ」と思いながら、車窓に目を向けた。
夜行列車の外では、大きな丸い月が、果樹園を銀色に照らしていた。
アナントは、すっかりお腹も具合も良くなって、元気にキャットフードを食べている。
キリクスは、ヴィノ氏から「メリュー達の冒険譚」を聞いている。
どうやら、彼等はヴィノ氏の隠れ家に、滞在しているらしい。
ヴィノ氏の隠れ家は一戸建てではなく、庇の広いアパートメントだった。向こうは相変わらず雨のようだ。庇が大きいので、窓が雨粒で汚れる事もない。
開放的な大きな窓がついているけど、窓全体を覆う遮光カーテンの影響で、家の中の明かりも外に漏れてないようだ。
「その後、アルゴ達はどうなったんですか?」と、キリクスが質問する。
ヴィノ氏は語る。
「彼女達は、アプロネア神殿を離れて、理愁洛の内陸の村に住む事になった。三人姉妹の医術師として、協力して暮らしている。
彼女達のエネルギー変換能力は、邪気を発生させる以外にも、使い道があったからね。それに、物覚えの良い子達だったから、一般の薬学と人体構造学もすぐに覚えた。
メリュー達の町は穏やかさを取り戻して、彼女達は相変わらず『有志自警団』として町を守っているよ。
アン・セリスティアの一家も、明識洛から、理愁洛に引っ越した。
何せ、アンは明識洛の政府から『要注意人物』として、目をつけられたままだったからね。
アプロネア神殿とアクロポリス医療団の職員達は、それまでの悪行が明るみに成って、法に裁かれた。
ニーベルンゲン博士だけは、ミノン・フォーカスの血液から呪いに感染して、内臓がじわじわ石化すると言う難病にかかった。
彼は、その症状で生き地獄を味わった後、治す手立ても無く病死したそうだ」
その結末を聞いて、キリクスは「すっきりした顔」をした。
「それで、メリュー達は幸せに成ったんですか?」と聞くと、ヴィノ氏は少し考えるように視線をそらし、息を吸ってから、「まぁ、暫くはね」と答えた。
「確かに、この一件だけで『めでたしめでたし』にしておきたいけど、何せ、生涯って言うのは、色んな波乱万丈があるんだ」
メリュー達の冒険譚は、まだまだ続いて行くようだった。
それにしても、ヴィノ氏は何時まで経っても「物語を切り上げよう」って、言う気配を見せない。
本当に、メリューと言う人物達が存在していて、その子達の「生涯の行く末」を見守ったような語り方をしている。
その点をおかしいと思った事は無かったけど、最初の頃のヴィノ氏は「何処かの外国にいる女の子の話」として、メリュー達の話を語り始めたはずだ。
だけど、僕が「追跡能力」を手に入れても、結局、七つの陸塊の何処にも「理愁洛」と言う国は見つけられなかった。
そうすると思い当たるのが、ヴィノ氏が宇宙人ではないかと言う、すごく前に持った仮説だ。
もしかすると、何処かの「惑星アイラ」か、「惑星テラ」での事を、ヴィノ氏は話しているのかもしれない。
でも、ヴィノ氏は、この惑星アイラで遺跡になっている「石船」には、乗って来ていないと言っていた。
そうすると、宇宙空間を、何らかの方法で、遊泳してきた? と言う事になるんだけど。
それもヴィノ氏の持って居る、「詮索しないほうが良い不思議な力」による現象なのだろうか。
僕は周りの人に聞こえないように唸った。
魔力が星の発している「力」なのだとしたら、ヴィノ氏は、元居た星から宇宙空間に行った後も、遊泳出来るほどの能力を維持していたと言う事だけど。
謎は深まるばかりだ。




