第九話「猫、舞い踊る」
昼間に散歩を許されている猫達が、数匹ずつ連れ立って、「樹果」の町の真ん中で、円く陣取れる場所を探している。
「此処なんて、おあつらえ向きじゃないか」と、白黒猫が言う。それは、公園の真ん中にある、古びた噴水の事だった。
「だいぶ古風なデザインだね」と、アナントは答えた。「だけど、皆を集めるには丁度良い」
「それじゃ、決まりだ」と、尻尾だけ縞々の白猫が言う。「時刻も丁度、十七時だ」
長毛種の若猫が、尻尾の先をふわふわさせながら問う。
「呼び鈴を鳴らすには?」
「今居るのは何匹だ?」
「ひい、ふう、みい……。大体十五匹って所だ」
「それじゃぁ、『土羽』は呼べるね」
「それじゃぁ、噴水を囲もう」
そう言い合って、猫達は夫々が場所についた。
宵闇が迫る頃、公園に集まる猫達の数は、最初に居た猫達の三倍になった。
「指揮は誰が取る?」と、キジトラの猫が言う。
「それじゃぁ、私が」と、雌の錆猫が名乗りを上げた。
アナントは彼女を見て、かつてアランが「シューベルト」と呼んでいた猫を思い出した。
生憎、その雌猫の名は、シナモンと言ったが。
シナモンは、ヴィルヘルムとは違って、言葉で指揮は取らなかった。
噴水の縁を歩きながら、ツンと尻尾を立てて「注目」の姿勢を取ると、噴水の方々で空中を掻く仕草をしたのだ。
他の猫達は、その手の動きを真似て、両手で空中を掻く。
猫達は、ふわりふわりと舞いを舞う。
その波が次第に大きくなり、最高潮に達した時、噴水の中から水が零れるように、青白い光が溢れ出した。
その頃、家で夕飯を食べていたルシアは、思わずパッと顔を上げて、箸を置いた。遠くを見るように、視線を彷徨わせる。
「ルシア」と、僧侶の祖父が言い聞かせる。「彼等の邪魔をしちゃいけないよ?」
「あ。うん」と、ルシアは答えると、視線を手元に戻して、箸を持ち直した。
同時刻。やはり夕飯を食べていた朔が、食事の手を止めた。彼は彼で、何だかぼんやりしている風だ。
「朔。食事中は、よそ見をしない」と、トリノが優しく声をかける。
「アナント」と、朔は言い出した。「アナント、踊ってる」と。
意味が分からないと言う風に、トリノは首を傾げ、一緒に食事を摂っていたレンカの方を見る。
口の中の物を飲み込んでから、レンカは疑問の視線に答える。
「猫達が、儀式をしてるの。何かを呼び出そうとしてるんだろうね」
それを聞いたトリノは、慌てて食事の席を立つと、受話器を取り、暗号番号にかけた。
「猫達の儀式」と、エリスは復唱する。「それが今、『樹果』の町で起こってると?」
「そのようだ」と、トリノは訴えた。「何か、大きな動きの前兆かも知れない」
「分かった。アランに追跡を頼んでみる」
「頼んだよ」
それだけやり取りをして、トリノは、やれやれと言う風に食卓へ帰還した。
厚切りのブレッドを一枚齧りながら、新しい物語の執筆をしていたアランは、ドアのノックの音に少し苛立った。
口の中の食物を飲み込んでから、「はい?! 誰?!」と、大声で返事をする。
「僕だよ。開けても良いかい?」と、エリスの声。
「お好きにどうぞ!」と、アランは、投げやりに叫ぶ。
外側から鍵を開ける音がして、カジュアルウェア姿のエリスが姿を現した。
エリスの目には、何だか部屋が薄暗いように感じた。電光が暗いからだろうか。
「大分、追い込まれてるみたいだね」と、エリスは作家に挨拶する。「締め切りは何時?」
「明日の昼の十二時までに、船舶便で送らなきゃならない」と、アランは述べた。
ダストボックスに、丸められたレポート用紙が山のように入って居るのを見て、エリスは何時もの歯を見せない笑顔を浮かべる。
「今回は、苦戦中みたいだね」
「流儀を決めちゃうとね。苦戦する時はあるよ」
「流儀?」
「『読む子供を絶対傷つけない』って言う、流儀」
「気を回しながら執筆しているのか。それは悩むだろうね」
大人二人がそんなやり取りをしていると、キッチンに居たキリクスが、氷で冷ましたブラックコーヒーを持って来た。
「エリスさん。今晩は」と、トレーを持ったまま、しっかりした挨拶をする。
それから、散らかりすぎている机を避けて、サイドテーブルにコーヒーグラスを置いた。
「先生。こっちに置いておきますよ」
「ありがと!」と、アランは語尾を強めに礼を言う。
エリスは、作家がペンを操る合間に、こう切り出した。
「忙しい所、申し訳ないんだが。アナントが何かの儀式に参加している」
それを聞いて、アランはようやくエリスの方を見た。
エリスは、ようやく目の合った友人に、説明する。
「町の猫達を集めて、少し大掛かりな『召喚』を行なおうとしてるみたいなんだ。
何の『羽』を呼び出そうとしてるのか、もしくは『天使い』を呼び出そうとしてるのか、君の能力で追えないかな?」
アランは一度目を伏せ、僅かに右の方を見ると、「山場を抜けたら、三十分の仮眠をとる予定」と答えた。
エリスは意外そうな顔をする。
「前みたいに、『想像力』は湧かないの?」
「そんな事に頭を使ってる場合じゃないんだ」と、相当イライラしているらしいアランは、友人に反発した。「まずは、目の前の飯の種を作らないとならなくてね」
エリスは苦笑しながら、眉間の皴を押さえた。
「タイミングが悪かったか。いや、これはアナントの作戦かな?」
「何が?」
「君が忙しい時なら、『覗き見されずに儀式が出来る』と思ったのかもね」
そう言ってから、エリスは「作家先生を当てにして悪かった。この件も、僕の方で何とかするよ」と残して、アランの家を去った。
マンションに帰って来たアナントは、アランの部屋の前でエリスに遭遇した。
「やぁ。門番さん。今晩は」と、アナントはとぼけようとする。
エリスはにこにこしながら、「今晩は。大分、楽しいお祭りだったみたいだね?」と、鎌を掛けて来た。
アナントは「まぁね」とだけ答えた。「出来る事なら、ドアの前からどいてくれるとありがたいんだけど」
「それはちょっと難しいなぁ」と、エリスは首を傾げる。「今、作家先生は『締め切り前の追い込み』の時間みたいだから」
「へー。それはそれは」と、アナントはあくまでとぼけ、エリスの足元で座り込んだ。「僕が執筆の邪魔になるってこと?」
「そうとは言い切らないけど、アナントはアランの眠気を誘発するからなぁ」
「最近は、男の約束を守ってるから、僕が眠りに引き込む事は無くなったよ」
「男の約束?」
「アランにくっついて眠らないって事」
「何でそんな約束を?」
「あの状態を見れば、分かるでしょ?」
エリスはそう言われて、さっきのアランの様子を思い出した。
電光が薄暗いのか、と思っていたが、「もしかして、『影』が部屋中を覆ってる?」と言う疑問に辿り着いた。
「そう。飼い慣らせるようになった頃から、どんどん『影』の量が増えてるんだ。執筆中は、少し納まるんだけどね」
「君がアランを避けてる理由はそれかい?」
「いや、別に」
やはり、この猫氏は、肝心な所では口を割らない。
仕方なく、エリスは「詮索しないほうが良い不思議な力」を、少しだけ使った。
視線を合わせるようにアナントの前に屈みこみ、その背中を撫でたのだ。
何かを読み取られた事を知って、アナントの体の毛が逆立つ。
「記憶霊視って言うんだ」と、エリスはアナントの疑問に先に答えた。「あんまり、気分の良いものじゃないだろう?」
猫氏は怒った表情をして、逆毛が立ったままの尻尾を、横方向にぶんぶん振り回した。




