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アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第七章~おはようを告げよう~
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第九話「新しい視点」

 先のメモをしたためた翌日。うちに来たヴィノ氏が、レンカの事に関するノートブックを読ませてくれと言う。

 勿論、断る理由は無い。

 ヴィノ氏はキリクスのソファベッドに座る許可を得てから、腰を下ろし、ノートブックを広げた。

 神経質そうな細い指が、時系列がバラバラの状態でメモしてある何ページかを、行ったり来たりしている。

 紙の上に視線を落としている彼の白い睫毛が、文字を追う間、瞬きに揺れていた。

「エイラと言う老婆の下からは、随分前に去ったのか」と、ヴィノ氏は呟いた。

 僕はこう述べた。

「そうなる。サク……いや、バーナードの話では、だいぶ前から『治療として老人達から負を吸い取る』って言う仕事を、生業にし始めてるみたい。

 もしかしたら、僕が見てないだけで、もう『長距離列車』に乗れるくらいまで貯金を貯めてるかもね」

「だとしたら、もう少し近日の情報が必要だね」と、ヴィノ氏は言って、パタンとノートを閉じた。「それで、君の執筆の調子はどうだい? 文字を書く事が、苦痛に成ったりはしてない?」

「苦痛ではないけど」と、僕は前置きし、「時々退屈に成っちゃうんだよね。自分が考えている物語以外の、突拍子もないストーリーなんかを知りたくなる」と続けた。

「他の作家の小説を読んだりは?」と、ヴィノ氏は疑問形で勧めて来た。「アリス・テイルズ社の幻想小説の中に、君の気に入りそうな話があるよ」

 僕は、「それより、僕達の本命の話をしてくれよ」と、ねだってみた。「全然聞けてなかったからね。メリュー達の話」

 ヴィノ氏は口を結んで、考えるように視線を宙に彷徨わせた。

「それは今の状況には、相応しくないかも」

「なんで?」

「少なからず、君の見る夢に影響を与えるからさ。今は、レンカの『調査』だけに集中してほしいんだ」

 僕は「やっぱり駄目かぁ」と呟いた。


 ヴィノ氏は僕に「調査に集中してほしい」と言ってたけど、僕の頭の方は、勝手な夢を見るようになった。

 また、海原で、木造の大きな船に乗っている。竜巻による時化と、大陸の岬にある浅瀬を、クリアした後のようだった。

 人間大の猫達は、古風なスーツとドレスに身を包み、船の中の広間で吟遊詩人の紡ぐ歌に聞きほれている。

 その吟遊詩人は、やはり人間大の猫の姿をしていた。船が立ち寄った港から乗り込んできた猫物だ。

 その猫物は、布のゆったりしたドレスを着た、三毛だった。恐らく「彼女」であってるだろう。彼女は、小型のハープを奏で、こんな物語を唱えていた。

「遥か星霜の彼方に。二十四の惑星が浮く。石鉄で作られた船は。その一つへと向かって飛び立った。眠り続ける生命を抱え。やがてその眼が開く場所へと」

 どうやら、惑星神話を物語っているらしいぞ、と、夢の中の僕は考えた。

「生命の雫が。大地を照らした。大いなる波が。渦巻く海原は。消えてしまった嘆きの数だけ。毒をはらんで居る。しかしそれは幸と成り得る。きっと夜明けを迎えるための」

 ほうほう、中々冴えた言い回しを使う詩人じゃないか。

 そんな事を考えながら、僕は彼女の声に聞き入った。

 やがて、船の広間の風景がフェードアウトして行った。


 紺色の宇宙の中に、僕は浮かんでいる。いや、体は無いようだ。視線だけがその空間に浮かんで、星屑の風景を見ていた。

 僕が見つめる先に、少女の姿をしたミラが浮かんでいる。

「アランダディ」と、ミラは呼びかけて来た。「ようやく、この視点を手に入れたのね」

 ――どの視点?

 僕がそう言葉を思い浮かべると、ミラは「今見えてる視点よ。此処に来るのは初めてでしょう?」と言って、彼方に銀河が渦巻く、宇宙の一方を指さした。

「今、向こうから石船が来るわ。移動速度がすごく早いから、見失わないように」

 そう言われて、僕は星屑の中に目を凝らそうとした。

 次の瞬間、石か鉄か分からないもので出来た流線型の船が、僕の目の前に迫った。

 それは一瞬で視点を飛び越え、物凄い勢いで、僕が後方だと思って居る方角に飛んで行った。

 ――あれが、石船?

 僕はミラに聞くつもりで問いかけた。

「そうよ。ガイアからの旅を続けてきた船」

 ――ガイアって何だい?

「ずっと遠い場所にある、アイラの生物達の祖先が来た、『故郷(ホーム)』よ」

 ――その、ガイアの生物は、あの船に乗って居たの?

「その通り。だけど、あの船もだめね。もう、『毒』を含んでた。恐らく、旅の途中で『フラヌ』からの影響を受けたんでしょう」

 ――それだと、何か困った事があるの?

「ええ。『フラヌ』の毒に浸された者は、純粋な生命を育めなくなる。『故郷』とは条件の違う力を得たり、その力に乗っ取られたりする。例えば、この星で『魔力』って呼ばれている力と、似たような物とかをね」

 ――『魔力』は、すごい事が出来る、特別な力じゃないの?

「その力を持たない者としたら、そう見えるでしょうね。だけど、アランダディ。貴方も、『影の水』の事は、よく分かるでしょう?」

 そう言われて、僕は「ミラ」を受け取ってからの事を思い出した。常に鬱々としていて、腹の底から笑える事が無くなった。愛想笑いが出来ても、心の中は何処か静かだ。

 僕が何か言う前に、ミラは答えをくれた。

「『影の水』の中では、感情が殺されて行くの。ノワもそうだった。小さい時は、よく笑う子だった。両親からの扱われ方もあるのでしょうけど、成長する間に、彼女の感情は段々朧げになって行ってた。

 でも、貴方には『影の水』の影響を乗り越えられる力があるわ」

 ――どんな力?

 そう尋ねると、ミラは「言葉よ」と答える。

「貴方は言葉を操って、世界を作り出す事が出来る。『影』の世界にも、言語はあるわ。その世界を知り、理解する事が出来る。アランダディ」と、彼女は僕に呼びかけてから、少し黙った。深呼吸をするような間をおいてから、再び口を開く。

「理解する事を、諦めないでね」

 その言葉の後に、僕は再び船の広間に戻って来た。

「先生?」と、僕の隣にいたキリクスが聞いてくる。「そんなに感動したんですか?」

「え?」と、僕が聞き返すと、キリクスは自分の眼を指さして、「涙」と言ってくる。

 どうやら、僕の眼球は、許容値いっぱいまで涙で潤っていたらしい。


 夜中に目を覚まして、さっき見た夢を記録している。電灯をつけるわけに行かないので、蠟燭に火を燈して。

 暫く書いてみてから、あの船の夢のキリクスと、実際のキリクスは「連動」しているのか? と疑問が湧いた。

 キリクスのソファベッドを見てみると、彼は横になって目を閉じている。一見、眠っている風だ。

 僕は執筆用の机を離れ、少年の方に歩み寄った。

 気配に気づいたのか、ぱちりと目を開ける。

「先生? 何ですか?」と、寝ぼけた様子もなく聞き返してきた。

「キリクス。あの……眠ってた?」と、僕は変な質問をしてみた。「それとも、目を閉じたまま、身動きを取ってないだけ?」

「ああ……」と、キリクスは仄かに笑む。「ようやく、僕の変な所に気付きました?」

「どんな所?」

「僕、睡眠を取らなくても平気なんですよ。だけど、活動してると霊体は消耗するから、目を閉じて横になってます。そうすると、一日で消耗した分くらいは回復するんですよね」

 僕はそこまで聞いてから、南極地でもキリクスがほとんど眠って無かった事を思い出した。自分で記録をつけていたのに、キリクスの行動が何か変だと気づくことも無かった。

 これは、ミラが望んでいる「影の世界への理解」にも、時間がかかりそうだなぁ。

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