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アイラの実りが揺れる声  作者: 夜霧ランプ
第七章~おはようを告げよう~
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第七話「旅路の始まり」

 アクスメディナの政府施設の一つに、病院のような施設がある。

 其処には、隔離された子供達が住んでいた。その子供達の所には、かつてナイジェル博士が「召喚」の術のために使おうとしていた、猫達がやってくる。

 一ヶ月に一回の、アニマルセラピーのために。

 唯のセラピーではなく、「魔力を操れる動物と接触させる事で、子供達の力の開発を促そう」と言う、目論みあっての企画である。

 その研究所から、ある日、一人の女の子が職員の手によって連れ出された。

 その子は、何かを覚悟しているように、暗い表情をして、押し黙っていた。

 研究室を出ようとする女の子には、一つのリュックサックと、一匹の大型犬が与えられた。

 リードをつけられた犬は、躾通りにしっかりと女の子の左側を歩いた。


 彼女を乗せた車はどんどん走って行き、人里離れたと言っても良い場所に着くと、リュックサックを担いだ女の子と、その子がリードを引いている犬は、車から降ろされた。

 女の子達を連れてきた、研究室員は言う。

「もう、帰って来ても、君の部屋は無いからね。これからは、自由に生きて行きなさい」

 無責任な自由論を説いて、「要らなくなった子供」を見えない場所に残し、彼等は車に戻った。

 走り出した車の中、無線で彼等は本部に連絡を入れる。

「該当対象『L・ENKA』は投棄した。媒介要因『S・AKU』を付属させる。マイクロチップの調子は?」

 ザザッと切り替えの時の音声の乱れがあってから、応答が帰ってくる。

「問題ない。追跡を開始する」

 運転手は再び無線を切り替え、「了解。それでは、これより我々も本部へ合流する」と、告げた。

「了解」

 遠くでそんなやり取りが行なわれていると知らないレンカは、犬の首輪に付いていたネームプレートを見て、愛おしそうにそれを撫でた。

 犬の頭も撫でてやり、それからリードを軽く引いて、「行こう、サク」と声をかけた。


 犬の名前を付ける事を、研究室で最後に決定させてもらえた。

 レンカの体に残っていた「主様」の力の名残を調べ終えた後、研究員達は淡々と事後処理をした。

 レンカはその様子を察し、不安を口にした事がある。

「私、これからどうなるの?」と。

 研究員は少し考えてから、「『自由』になれるよ。もう、この部屋に閉じこもって居なくって良いんだ」と述べた。


 山道は舗装されている場所ばかりではなく、時に土が剝き出しの地面を歩く事もあった。踏んだことのないザクザクとした質感の土道を、麓の方へ歩く。

「道に迷った時は、上のほうに歩くと良いんだって」と、レンカは犬に話しかけた。「サク。お前は、山で迷った事はある?」

 犬はその言葉を理解しているようだったが、少女をちょっと見上げただけで、特に返事はしなかった。


 麓に着くより先に、雨が降ってきた。少女と犬は、木の陰に入って雨を凌ぐ。

 なるべく幹のほうに身を寄せて、レンカは犬を抱きしめた。犬は特に抵抗もせず、主人の腕の中で大人しくしている。

 レンカは、細い声で、歌詞の無い歌を歌い始めた。ずっと幼い頃に聞いた覚えのある、誰が歌ってくれたのかもわからない歌だ。

「もう、誰も何も教えてくれなくなっちゃったな」と、レンカは独り言ちた。「サクは、分かんない事を誰かに聞かなくても、平気?」

 犬は、主人の顔を見上げ、鼻を鳴らす。

「そうか」と、レンカは、ぬいぐるみにそうして居たように、自分で答えを出した。

「分かんなくても、死にゃしないものね」

 犬のサクはもう一度鼻を鳴らし、少女の頬を舐めた。


 瞼の裏が暗くなり、眠りから覚めた。どうやら僕は寝ぼけて唸って居たようだ。腹の上がずっしりと重たい。瞼を開けると、アナントが僕の体の上で丸まっている。

「おーい」と、僕は猫に声をかけた。「どいてくれー」と。

 アナントは耳を動かしてから、「仕方ない」と言う風に僕の腹の上に四つの足で立つ。それから床に飛び降りて、猫のポーズで伸びをした。

 僕はベッドの上に身を起こして首を鳴らしてから、執筆用の机の方に歩み寄った。

 今日、夢見に見たレンカの様子は、アクスメディナの研究施設から、運び出された直後のようだった。

「やっぱり、時系列が正しく見えるわけじゃないのか」と、僕も独り言ちた。

 それまでノートブックにメモしておいた「レンカの様子」をおさらいしてみると、こんな感じである。


 下着姿になったレンカは、禊場で水を浴びていた。夏場が近いとは言え、その水は触れると皮膚が赤くなるほど冷たい。

 最初は青ざめていたが、何度も手桶で水を体にかけているうちに、彼女の顔が薔薇色に変わった。

「そのくらいで良いじゃろう。上がって来ぃ」と、老婆の声が聞こえた。

 冷たい水を浴びた事で、体がほてっているらしく、レンカは震えることも無く禊場を去ろうとした。

 その背後に、青い光が燈っている。

 ハッと息を呑み、レンカはその青い光を振り返りった。水面に浮かんだ光は、雪の結晶のような六角形を描いている。

 その光は、レンカが振り返ったのを察したのか、一瞬閃いて消えた。

 まただ、とレンカは心の中で思った。

「何しとる?」と、老婆が呼び掛けて来る。顔に刻まれた皴の割には、腰も膝も曲がっていない健康そうな人物だ。

「エイラ婆。また、見えた」と、レンカは答える。

「ふぅむ」と、老婆は唸って、「何処に見えた?」と聞いてくる。

「泉の水の表面」と、レンカは答えた。

 エイラはもう一度、「うむ」と唸ると、少女の手を引き、家の中に招いた。


 エイラの家で、着替えを済ませ暖を取ったレンカは、卵とライスを混ぜて煮込んだお粥を、食事として与えてもらった。

「レンカ」と、エイラは呼びかけてくる。「この村に、腰を据える気はないか?」

 レンカは遠慮がちに苦笑いを浮かべ、「人を探してるからね」と答えた。

「あんまり長く此処には居られない。だけど、エイラ婆から色々聞けたのは助かった。

 これからは、ちゃんと自制しながら『力』を使うよ」

 それを聞いて、エイラは諦めたように息を吐く。

「あの犬が居らんなら、嫌でも引き留めた所がね。あんた達は、大人相手でも、しっかりやっていけそうだ」

「あれ? お墨付きをもらっちゃった?」と、レンカは冗談を言う。

「生意気を言えるだけ、元気なもんだ」と、エイラは応じ、片手を差し出して「お代わりは?」と尋ねた。


 そこまで読み返してみたけど、これは「直近」の出来事では無いらしい。ヴィノ氏にもノートブックを見せた事があったけど、「まだ『焦点』が当たってる感じじゃないな」とぼやかれた。

「どの程度『焦点』が当たってればいいの?」と聞いてみると、「つい昨日起こった事が、分かるようになる……くらいが理想的」との事である。

 僕とアナントも、気を引き締めなくてはならないようだ。


 その次の夢の中で、僕とアナントは「黒い森」の陰に隠れていた、犬のサクを見つけた。

「バーナード」と、アナントは呼びかける。それが、この犬の元の名前のようだ。「レンカの様子は?」

「新しい旅に出た」と、犬は答える。

「行く先々で、体の何処かを病んでいる老人から、『負』を請け負う仕事をしてる。

 今は、その『負』を払う方法を模索中だ。何処にでも丁度良く『泉』があるわけじゃないからね」

 そこまで聞いてから、僕も犬に訊ねた。

「レンカが度々見てる、『青い光』は、何なのか分かった?」

「まだ分からない」と、バーナードは答えたけど、「けど、その徴が見える場所には、『負』を払う力がある事は分かって来た」と述べた。

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