第六話「祭りの終幕」
南極地での、後日談。
猫達は祭りを解散した。
ダンスの部の佳境で、灰青猫の「ハヤブサアオイ」と、シャムの「ポリエチレン」が、ダイナミックに決めポーズを取った写真が、ずっとスクリーンに映し出されている。
帰りの支度をし始めた猫達の中で、実況の雉猫が僕にマイクロフォンを傾ける。
「一般市民の人間の方。この度の大祭の感想は、いかがですか?」
「まぁ……たまには、こう言う……大騒ぎも好いものかと」と、僕がたどたどしく答えると、「何だか元気がございませんね」と、解説猫のブリューゲルに言われた。
「連日のお祭りでしたからね」と、僕の代わりに雉猫が答える。「一般市民の人間の方も、お疲れになったでしょう? ささ、皆様も、自宅に帰ってごゆっくりおくつろぎ下さい」
そして最後に、二匹はこう名乗った。
「此度の祭りの実況を務めましたのは、スフィンクス・アーチャー!」
「解説は、ブリューゲル・ドクでした!」
聞き覚えのある苗字にドキッとしてた僕を他所に、二匹の声が揃って挨拶をする。
「それではみなさん、さよーならー!」
続く猫達の喝采。
次の瞬間、僕は自宅のベッドの上で目を覚ました。
アーチャーに、ドク……。いや、それは……僕が以前に聞いた話を気にしていたから、そう聞こえただけだろうか。
後にヴィノ氏達から聞いた話。
岩人間達は、主様にフラれたためか、それとも全体数が少なくなったためか、見る間に大人しくなって、南極地の何処かに隠れてしまった。
追いかけようとしても、彼等しか知らない抜け穴とか、隠れ家を上手く使って、逃げおおせているらしい。
「これからも、彼等との会話は不可能だと思われる」と、ヴィノ氏はぼやいていた。
空間の歪みの中に、肉体を持ったまま侵入した朔は、見た目以上に極度の疲労によるダメージを負って居た。
南極地から、船で中央大陸に戻ってくるまでに、彼は眠ったまま、ウィールの「火」による治療を受け続けた。
レンカは船で運ばれる事は無く、駐屯地に迎えに来たヘリコプターに乗せられて行ったそうだ。
彼女も、最後まで意識を失ったままだったと言う。
朔とレンカの事を危ぶみながら、僕は先日から書いて居るノートブックへのメモを終わらせた。
レイユーは、今回の仕事の後も、ヴィノ氏達に協力する事にした。調査チームの中で、別の国同士のメンバーの通訳として働いている。
ウィールも、僅か十一歳にて、親元を離れる事になった。調査チームの中で「術師」と呼ばれる課に配属になり、其処で自分の能力の開発に力を向けている。
彼等のその後はヴィノ氏に託そう。
キリクスは、我が家に帰って来てから、大張り切りで助手の仕事をしている。
「先生が、次の締切を守れてるかが、心底心配でしたよ」と言うのが、彼が家に帰ってきた時の第一声だ。
「君は、アクスメディナ政府には、見つからなかった?」と、僕も心配していた事を尋ねる。
キリクスは思い出すように、斜め上を見た。
「一応、僕も隠れてたんです。だけど、今回の彼等の目的は、レンカだけだったみたいで、彼女を回収してから、さっさと居なくなっちゃいました」
「レンカのその後は分かる?」
「そうですねぇ。エリスさんが、レンカを回収に来た人達と、何か話してました。後から、聞いてみたら良いかも」
そのやり取りをしてから、僕は「そう」とだけ返事をした。
僕の身にも、変わった事は起こっていた。影の水に心臓が浸されたためだろうか。以前のような気軽さが無くなって、常に何となく憂鬱である。
僕を守るようになった「ミラ」は、黒い霞のような状態で、常に僕の周りを漂っている。
彼女と、かつてのようにやり取りをしようとしてみた事もあるけど、霞状の姿では、人間の言葉を発する事は出来ないようだった。
風の唸る、白い空間での事。
僕は頭の上の方に、白い雲が浮かぶ青い空が見えているのを知っている。
だけど、そっちに目を向けることをしないで、何処からこの風が吹いてきているのかを突き止めようと、白い空間の中を、右へ左へと見回していた。
僕の足元には、はっきりとした黒い影がある。
僕は、ノワがそうして居たように、影に片手をつき、「ミラ?」と声をかけた。
影がぐにゃりと伸びて、一度大きく膨らみ、それから一体の少女の姿を作った。
「何か御用かしら?」と、ノワの姿を反対色にした彼女は言う。
「特に用はない」と、僕は答えた。「本当に呼び出せるか、試したかっただけ」
「あら。そうなの」と、意外そうでもなくミラは答え、「それなら、影の番人から、一つプレゼントをあげる」と、片手の人差し指を上に向ける。
「あの雲が離れるを待ってみて」
そう言って、ミラは一つの綿雲を指さした。吹き付け続ける強い風に、見る間に押し流されて行く。
白い鳥が、その向こうから飛んできた。あの象徴世界で見た時より、ずっと大きな翼と、大きな姿を持って。
その鳥は、僕の目の前に舞い降り、「クルルル」と喉を鳴らした。その両眼は、影のような漆黒の瞳。
「ノワ……」と、僕は呼びかけ、一歩踏み出した。「ノワなのか?」
白い鳥は、大きな嘴を使って頷いた。
僕はまるで少年のように、おずおずと歩を進め、ノワの羽毛に触れられる位置まで足を引きずった。
ノワは、消えたわけじゃなかったんだ。影の世界で姿を変えられてしまったけど、ちゃんと彼女として生きていたんだ。
そんな事を思ったら、急に目頭が熱くなってきて、僕の涙腺は、壊れた蛇口みたいに涙を流し始めた。
白い鳥になったノワは、頭の羽毛で僕の涙を拭ってくれた。
翌朝。「良い夢見たなぁ」と思って目を開け、机の方に目をやると、一枚の大きな白い羽と、その羽をペンにして描いた文字が、開いたノートに残っていた。
「おはよう。アランダディ」と。
そうだよなぁ。あの子くらいの年頃だったら、確かに僕は「ダディ」だろう。
一ヶ月後。朔が意識を取り戻したと言う知らせを聞いた。
ヴィノ氏からそれを聞いた僕は、「良かったねぇ」と答えたんだけど、ヴィノ氏は全然「丸く収まった顔」をしていなかった。
「何かまだ困った事が?」と問い質してみると、「あるねぇ」と、ヴィノ氏は唸る。
何回か、僕の方をちらちら見てから、「君に頼みたい事があるんだ」と言う。
ヴィノ氏から僕に、お願いなんて珍しい。
そう思って、「良いよ。何だい?」と、応じると、ヴィノ氏はこう述べた。
「アクスメディナの『居留地』から、レンカが逃げ出したらしい。その情報の真偽は不明だけど、実際に『居留地』には彼女はもう居なかった。
レンカに起こった事と、彼女の行き先を、君の能力で『捉える』事が出来ないか、試してくれないか?」
「僕の能力……レンカの様子を『観て聴く』ってこと?」
「その通り。どれだけ時間軸がねじれても構わない。直近の情報だと判断できるイメージを捉えてくれたら、後は僕達で追跡する」
そこまで言い切られたので、僕も「了解」と、気軽に返した。
さて、そうなると、どうにかしてレンカの夢を見なければならない。
今までも、南極地事件に関わった子供達の夢は見てたけど、意図的に特定の子の夢を見ると言う芸当が、僕に出来るのか。
予め、アナントには「誘導」してくれるように頼んでおいた。
その上に、白い空間で会う事になるノワとミラの協力も得られれば、夢と言う揺らぎやすい情報でも、少しはしっかりした物になるだろう。
後は、目が覚めるまで、その日に見たイメージを忘れないように努める事が必要だ。




