第五十八話 戦争
悔しさと怒りがこみ上げる。
すると騎士の一人がニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「そうだ。我らが砦を築くには余計なものだからな。そもそも貴様がやってた商売が森の住民を元気づけていたらしい。全部ぶっ潰して、簡単に従わせるほうが手っ取り早い」
「そんなんで、スローライフしてる俺を巻き込むのかよ……」
バカげてる。
貿易で少しこの森が豊かになっただけで、国が砦を作る邪魔になるなんて。いや、それだけ戦争ってのは容赦ないものなのか?
まだ頭が追いつかないが、騎士はさらに追い討ちをかけてくる。
「なんなら今からでも貴様を奴隷にして、砦の建設にこき使ってやってもいい。まあ、帰り道にも暇つぶしが欲しいからな」
背筋が凍る。奴隷化なんて単語、まさかこんな形で聞くとは。
ウルフが「ガウガウ!」と猛烈に吠える。
「クソッ……どうすれば……」
拳を握りしめ、痛む頬から血が伝っている。
こんなことになるなんて夢にも思わなかった。騎士たちは無言で剣を構え、こちらを囲むように位置を変えている。
あわや一触即発。
地面には炎の明かりがちらちらと映り、俺のログハウスが背後で燃え盛っているのを感じる。
なんという理不尽……。
そのとき、ゴーレムが「ゴゴゴゴゴ……」と低く唸るような音を立て、モノアイが青から真っ赤に変化。
ズシンと一歩前に出て、拳を振り上げた。
「ぐわっ!」
騎士のひとりがパンチ一撃で吹っ飛ぶ。
あまりにも強烈な打撃に、そいつは甲冑ごと転がって悲鳴を上げる。
残りの騎士が「こいつ、ただのガラクタじゃないのか!?」と動揺する。
ウルフも「ガウガウ!」と低い姿勢で牽制しつつ、鋭い動きで騎士の足元をかすめるように飛び回る。
複数相手には分が悪いが、ゴーレムの一撃があまりにも強いせいで、騎士たちは戦意喪失しかけてるようだ。
「こ、こいつ……動くのかよ! 退け! いったん退避するぞ!」
リーダーらしき騎士が撤退命令を出し、慌てて茂みに消えていく。
夜の闇の中でガサガサと甲冑が擦れる音が遠ざかり、森は再び静けさを取り戻す。
しかし、俺の背後ではログハウスがゴォォッと火柱を上げて燃え続け、まるで地獄のような光景が広がっていた。
「……助かった……」
俺はかすれ声で呟く。
外の世界では戦争が起きていて、その波がここまで及んでいる。
ここはエルフやドラゴンが平和に暮らす森だったはずなのに、国が砦を築くなんて……どうなっちまうんだ?
ウルフが「ガウ……」と俺の足元にすり寄ってくる。
ゴーレムは静かに佇んでいるが、先ほどまでのモノアイの赤光がかすかに残っているように見える。
まるで「危険は去ってないぞ」と言ってるようだ。
「こんなのって……本当にやめてくれよ……」
炎の熱気が肌を刺し、煙が目にしみる。
せっかく作り上げた拠点がこうもあっさり燃え落ちるなんて、しかも理由が戦争って……冗談じゃない。
ドサッと屋根が崩れる音がして、火の粉が舞い上がる。騎士たちはひとまず退いたが、またいつ襲ってくるかわからない。
「これ……どうしようもないじゃん……」
声にならない嗚咽が込み上げる。
ゴーレムが近くで佇み、ウルフが俺の足元にすがるようにしている。
炎の赤い光が彼らのシルエットを揺らし、まるで地獄絵図だ。
「こんなのって……ないだろ……」
血の気がひいてく。
せっかく稼いだクルナも、ここでの生活も、みんな消えていくような感覚。
騎士たちの言葉によれば、これからここは戦争に巻き込まれるらしい。
貿易もへったくれもない。
「うっ……」
情けない。
こんな大惨事の前では、結局何もできない無力な自分を思い知る。
ウルフが「ガウガウ……」と不安そうに吠え、ゴーレムの赤いモノアイが明滅する。
煙が目に沁みて涙が出るのか、悔しくて泣いてるのか区別がつかない。
だけど、このままじゃ終わりたくない。
こんな理不尽な状況を、見て見ぬふりなんかできるか。
それでも、今は炎を眺めるしかない。
呼吸するだけで苦しいし、ウルフとゴーレムを連れて安全な場所へ逃げるしか選択肢はないだろう。
「……行こう。ここにいても焼け死ぬだけだ」
ウルフが小さく「ガウ……」と頷き、ゴーレムがドッシンと一歩動く。
燃え盛るログハウスを背に、俺は夜の闇へと足を踏み出した。
暗闇の中、騎士たちがいつ再び襲ってくるかもわからない。
この森はもう安全とは言えない。けれど、俺の胸にはまだ燃え尽きていない炎がある。
そう、絶望の炎を浴びても、再起してやる……そんな無茶な気持ちが、くすぶっているんだ。
ウルフが「ガウガウ!」と小さく吠え、ゴーレムが力強くその拳を握る。
俺は二人(?)を連れ、夜の闇に消えていった。




