第三十八話 【博物館】と【水族館】
彼女の純粋な目を見ていると、これ以上の言葉が出てこなかった。
どこか切なくて、でも甘酸っぱいような感覚が胸を満たす。
俺のいままでの人生。
小中高とパッとしない男子生徒。
美少女ゲームとかアニメとか、フィギュアに興味をもってるフツーのオタク。
就職した先はおそるべきブラック企業(思い出したくもないので詳細は省かせてもらう!)。
そこで朝起きて夜寝るまでずっと仕事の毎日。
休日は、そういったテーマのアニメがあったからという理由で、DIYとソロキャンを趣味でかろうじてやるだけの日々。
聖地巡礼も楽しかったなぁ。
てな感じで過ごしてきた俺の人生に、リアルな3次元の美少女の影なんて、あるわけなかった!!
胸を張れることじゃないけどな!!
そんな俺が、幻想をみた。
目の前のベビードラゴン。
エンバーが、
ほんの一瞬だけ、可愛らしい人間の女の子に見えて……。
そんな美少女と向かい合っているような――。
これ、大丈夫か? 俺……。
恥ずかしくなってしまい、思わず俯く俺。
いや、いいじゃないか。
相手がドラゴンだろうと。
中身は、とっても可愛い女の子。
俺はそう思う。
油断すると、すぐに黒焦げにしようとしてくるドジっ娘ちゃんだけどな。
隣ではウルフが「ガウッ」と軽く鳴き、俺たちのやり取りを見守っている。
ウルフが気を使ってくれているようで、少し恥ずかしいやらありがたいやら、よくわからない感情だ。
そのままエンバーは、少し恥ずかしそうに微笑んでから一歩下がった。
背後には村の景色が広がり、ドラゴンたちが岩屋から顔を出してこちらをちらちら見ている。
皆が俺の出発を見届けようとしているのが伝わる。
「さようなら、ソータ様……またお会いできる日を楽しみにしています」
彼女の柔らかな声が夕暮れの風に溶けていく。
心なしか、村全体が静まり返っているようにも感じる。
「じゃあな、エンバー。また来るから、その時はうまい飯でも作ってくれよ」
軽く手を振りながら、背を向ける。
ウルフが俺の横をしっぽを振りつつついてきた。
村を出る一歩一歩が、なぜかいつもより重く感じられるのは、気のせいではないだろう。
荒野に出るはずの足取りなのに、まるで違う世界に引き戻されそうな妙な名残惜しさがある。
(けど、いかんいかん! よこしまな考えは俺には似合わねえ!)
心の中でそう叫んでみても、エンバーが手を握ったときの温もりが脳裏に焼き付いて離れない。
「ドラゴン族だから」と自分に言い聞かせるほど、彼女が愛らしく見える自分が怖い。
それでも、借金は返さなきゃならないし、この世界での冒険はまだまだ始まったばかりだ。
とにかく前を向いて歩こう――それが俺の流儀だ。
遠くから「ありがとう、ソータ様!」という村人たちの声が聞こえる。
エンバーの姿ももう見えないけれど、あの純粋な瞳はずっと記憶に焼き付いたまま。
「ふう……行くか、ウルフ」
ウルフが「ガウッ」と応え、俺の足並みに合わせて走りだす。
夕日を背に受けながら、俺は新たな冒険と借金返済の日々に向かって歩み出す。
※ ※ ※
そうして、ドラゴン村の盛大な見送りを受けた後。
俺はふたたび、いつもの小川のベースキャンプへと戻っていた。
時間は夜。
たき火に当たりながら、明日のことを考えている。
DIYでつくった木製の椅子にもたれかかってぼんやりとスカイドラゴンの化石のカケラを見つめていた。
夢がかなった……わけじゃないが、まあ新たな課題が生まれたというか、どうやってこれを活かすのか見当もつかない。
その時、突然ウィンドウが目の前に現れた。
「ん? 女神から……?」
ウィンドウには【プロデューサーレター】と書かれている。
「何がプロデューサーだよ!」
世界を支配しているのはお前とでも言いたいのか!!
ちょうしぶっこいている女神の顔が脳裏に浮かぶ。
疲れているところに、最悪の連絡だった。
俺は毒づきながらウィンドウをタップすると、レターが開く。
『早く借金返してね! あと30億円!』
「クソガァあああ!」
思わず叫んでしまう。
よくわからないクソプロデューサーは、俺に異世界ライフを楽しむように仕向けながらも、莫大な借金を負わせてくる。
ウルフが「クゥーン」と怯えた声を上げたので、慌てて声のボリュームを落とした。
「す、すまん。ウルフ……」
はぁはぁ、おちつくんだ。
くそっ……。まじでなんなん!?
こいつ、なんのために連絡してきた!?
……と、苛立ちながらもそのレターをスクロールしていくと、次の文章が目に留まった。
『心優しくて最高に美人で可愛い女神のエリシアちゃんは、キミに【博物館】機能と【水族館】機能をアップデートしておいたよ! 』
なに?
【博物館】機能と、【水族館】機能……?
ちょっと興味が湧いた俺は、そのままメニューを開いてみることにする。




