第三十七話 新たな秘宝とエンバーの想い
さらに翌朝。
完成したミートラット誘き寄せ装置の前で、俺は村のドラゴンたちに装置のマニュアルを手渡した。
ここはかつて危機に瀕していた洞窟村。
だが、俺たちの作った装置とフルーツボムのおかげで、しっぽミート問題はひとまず解決しつつある。
「これ、装置の使い方が全部書いてあるから。定期的にメンテナンスして、ちゃんと使えよ」
少し偉そうに言ってしまったのは、この装置を維持するには思ったよりも手間がかかるからだ。
羽根のバランス調整やフルーツボムの補充方法、水車の軸受けへの注油など、やることはたくさんある。
「ありがとうございます、ソータ様! これで私たちの村も安定します!」
エンバーが恭しくそのマニュアルを受け取る。
その目には安堵と感謝の色がにじんでいた。
すると周囲のドラゴンたちが一斉に息を弾ませ、まるで祝福するかのように囃し立て始める。
「これが新たな村の秘宝か!」
「素晴らしい! 私たちの未来を救う装置だ!」
いやいや、ただのDIY装置だから。
そんな秘宝扱いしなくても……。
とは思うものの、これが彼らにとって“救世主”のような存在であることは否定できない。
ミートラットのしっぽが今後も安定して手に入るとなれば、飢えの心配も少なくなるし、村の存続自体が揺らぐ事態も回避できるだろう。
(まあ、喜んでくれてるならいっか)
俺はその雰囲気を壊さないよう、控えめに頷き返す。
ウルフも「ガウウッ」と楽しげに吠えていた。
そんな熱気に包まれる中、エンバーが一歩前に進み出て、俺に向かって深々と頭を下げた。
彼女はいつも冷静で気丈な雰囲気のドラゴン娘だけれど、今は明らかに感極まった様子だ。
「ソータ様、村を救っていただいた感謝の印として……こちらをお渡しします」
エンバーが差し出したのは、布に包まれた小さな物体。
長年大事にしまい込まれていたのだろう、その布はかなり古びているが、丁寧に扱われているのが伝わる。
彼女が両手でそっと握っている姿を見ると、まさに“秘宝”という印象を受けた。
「これが……【飛行石】です!」
「おおっ! ついに! 俺の空賊の夢が!」
胸が高鳴る。
俺はかつてから“空を自由に駆ける”ことに憧れ、いつかは空飛ぶ船や乗り物を作れないかと妄想していた。
そんな夢が、ドラゴンの秘宝によって実現するかもしれない――そう思ったら興奮がおさまらない。
(やった……まさかこの世界で、そんなロマンを手にできるなんて!)
意気揚々と布を開いた俺だが、次の瞬間、言葉を失った。
「……え?」
中にあったのは、小さな石の欠片。
いや、石というよりは乾燥した骨のかけらのようにも見える。
「これは……?」
エンバーが誇らしげに口元を綻ばせる。
「それは【スカイドラゴンの化石のカケラ】です! ご先祖様は縦横無尽に空を飛び回っていたと言われていて、その体の一部が化石となったものです! 我が村の秘宝ですよ」
「……そうですか……ありがとうございます」
肩すかしを食らったような感覚に、思わず身体から力が抜ける。
【飛行石】って、【かつて飛行していたドラゴンの化石】のことかぁ……。
たしかに省略すれば【飛行石】だけどさ。
俺が想像していた謎の浮遊能力や飛行魔法が詰まった宝石とはまるで違う。
むしろ、化石って……。
いやいや! でもこれは、エンバーたちのご先祖様の大切ないちパーツ(?)なんだ。
残念がっていてはいけない。
「とっても、うれしいよ……」
「どうしたんですか!? そんな絶望に苛まれたような、ひどく悲しいお顔をして!!」
エンバーが心配そうにおろおろしている。
そのまっすぐな目が、逆に胸に痛い。俺は無理にでも笑ってみせるしかなかった。
この飛行石、もちろん空を飛ぶための実用性は皆無。
けれど、その気持ちはありがたく受け取ることにする。
※ ※ ※
少し時間が経過して。
村を出発する前に最後の荷造りをしていると、エンバーがひとりで俺の元を訪れた。
差し込む夕陽が岩壁を赤く染め、周囲のドラゴンたちはそれぞれ夕食の支度や水汲みに忙しくしている。
そんな中、エンバーだけが静かに歩み寄ってくる。
「ソータ様……旅立たれるのですね」
夕陽に照らされたエンバーの目が、わずかに潤んでいるのに気づいて、思わず言葉を詰まらせた。
彼女の鱗が淡く光を反射し、まるでうっすら頬を染めているように見える。
「ああ。でもまた、顔を見に来るさ。村がどうなってるかも気になるしな」
精一杯、明るい声を出してみせる。
エンバーはそれを聞いてかすかに微笑んだが、その瞳の奥にはまだ寂しげな色が残っていた。
「ソータ様がいなければ、今の村はありませんでした。本当に感謝しています」
彼女は小さく頭を下げる。その仕草に思わずドキリとする。
(いやいや、エンバーはベビードラゴン、ドラゴン族の一員……なのに、なんでそんな可愛い女の子に見えちまうんだよ)
自分に必死で言い聞かせながらも、心臓が落ち着かない。
鱗に覆われているはずの頬が、人間の少女のような可憐さを帯びている気がして、目をそらせなくなる。
「……おいおい、そんな堅苦しいこと言うなって。俺はただ、借金返すために頑張ってるだけだからさ」
そうは言ったものの、エンバーは小さく首を振り、つぶらな瞳をまっすぐ俺に向けた。
「それでも、ソータ様のおかげです。皆もそう言っています。私も、村のみんなも、ずっとソータ様に救われ続けています」
エンバーが一歩近づき、そっと俺の手を握った。
その手は見た目に反して暖かく、柔らかい感触が伝わってくる。
まるで人間の少女の手を握っているようだ。
なにこれ!? 相手、爬虫類だよ!? なんなの!?
この感覚!?
「どうか……お気をつけて。いつでも村は、ソータ様の帰りを待っていますから」
「……ああ、わかったよ」




