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俺たちが死にそうになったのは、ベトナムっていう国での慰問演奏のときから始まったんだ。
ベトナムってのはいい国だよな。これは自慢なんだが、俺にはベトナムの家族がいる。勘違いするなよ。俺が浮気をして隠し子を作ったとかじゃない。俺の息子が、結婚をして、家族を得たってことだ。当時はさ、戦争に家族を連れて行くのが当たり前だった。俺たちのような慰問者だけでなく、前線で戦う兵士も同様にな。まぁ、俺たちが遭遇した事件をきっかけに、家族を連れて行くことは自粛されるようになり、今では禁止されている。よくよく考えれば当然だよ。あまりにも危険な行為だって思うだろ?
その日俺たちは、いつも通りに軍人が集まる会場を訪れ、演奏を始めた。かなりの盛り上がりだったよ。現地の人間も多く、いつになく楽しかったな。事件さえ起きなければ、最高の一日だったんだ。
公演前の俺は、長男を連れて街を散歩した。まぁ、普通は危険だからと止められるんだが、ベトナムって国は別だった。世界一優しい国と呼ばれていたんだ。歩いているだけで、人間ってのはみんなが繋がっていると感じられる。明るくて人見知りのしない性格が国民性だからとかは関係がない。彼らはみんな、自然体なんだよ。生まれたままの心を持って生きている。
俺には当時子供が六人いた。当時は三番目の妻と結婚したばかりだったな。俺にとって、最後の結婚だよ。まぁ、その後も色々あるにはあったが、ミカンの娘以上に愛した女がいないのは事実だよ。それでも今、俺の家には最初の女房が転がり込んでいるっていう事実もあるんだが、それの説明をすると言い訳になってしまうんだろうな。つまりはさ、愛の形ってのはいっぱいなんだよ。彼女とは再会後、二人の子供をもうけたんだ。その子たちも今や大人だけどな。まぁ、他に未婚の隠し子ってのはいないはずだから安心してほしい。多分な。
最初の女房との間には三人の子供がいるんだが、後から生まれた一卵性双生児の女の子は、このときの少し前に生まれたばかりだったんだ。縁を完璧に戻していたわけではないが、あいつとはいつだって良好な関係を保ってきていたんだよ。二人目の妻との間に生まれた三人の娘は、学校が忙しくて連れては行けなかった。三番目の妻との間に子供はいない。すぐに別れてしまったからな。あの結婚は、勢いしかなかったんだよ。
ちなみに今では孫も大勢だが、そんな説明はいらないよな? 勝手にスティーブで調べてくれよ。俺の家族や女遍歴が全て記録されているはずだ。ついでに男遍歴まで記録されているって噂だよ。まったく、どこでどうやって調べてきたんだろうな?
ベトナムには三番目の妻と、すでに大人にはなっていたがまともな仕事をしていなかった長男を連れて行ったんだ。俺にとっての長男っていう意味だ。最初の女房の子供だよ。まぁ、俺に息子はそいつ一人きりなんだがな。そいつはいい奴なんだが、やりたいことが多過ぎて空回りしていた時期だったな。スポーツに熱中していたかと思うと突然絵を描き始めたり、音楽やエイガにも当然のように立ち寄ったな。どれもが中途半端だった。当時の長男は、家でなにやら訳のわからない映像をスティーブで見ていたようだ。つまりはなにもしていなかったってことだよ。なんの思考もなく、ただ流れる映像を目で追いかけ、耳に伝わる音を拾っては捨てるっていう作業を繰り返していた。俺もたまにはそういうことをするんだ。疲れたときや、退屈だけどなにかをする気になれないときにそうしていると、三十分もすれば疲れも取れるし、やる気も回復する。俺の場合はな。長男のように一日中スティーブの映像を見ながらボケーッとするなんて信じられないよ。まぁ、今ではそんな輩が大勢いて、スティブっ子なんて呼ばれているだけじゃなく、自らをそう呼び、それを凄いことだと主張しているんだから驚きだよな。




