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パンクジャズ  作者: 林広正
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 ノーウェアマンとライクアローリングストーンは、世界を変える。そんな言葉はもう過去だ。世界は確かに変わったんだからな。

俺たちの人気は、世界に様々な影響を与えた。単純に音楽を楽しむ者もいれば、真似をする者もいる。そして、人気が出るってことは、同じくらい批判も出るってことだった。まぁ仕方がないよな。音楽とはなんなんだ? なんていう論争もあった。音を楽しむなんて理解ができないとか、今では意味のわからないことを論じ合っていたよ。

 俺たちの存在は、世界で認められるようになった。人気があるからってだけでなく、その活動を目の当たりにした奴は皆、その現実を受け入れざるを得なかったんだな。批判をぶつけていた奴らも、俺たちのライヴを観れば心が騒ぐんだ。理解はできなくとも、楽しいって気持ちを偽ることもできない。批判は消え、いつしか音楽を自然と楽しむようになっていった。新しい文化の始まりなんてこんなものなんだよな。音を楽しむ自然な行為に、世界が自然と馴染んだだけだ。俺もそうだが、この世界の誰もが、音楽のなかった時代を思い出すことさえしないんだ。っていうか、できないでいるってのが事実だな。あまりにも自然すぎる行為に、 過去を思い出すことができないんだよ。そりゃそうだって、今では思う。今生きている若者たちは、母親のお腹の中にいるときから音を楽しんでいるんだからな。外から聞こえる音と、内なる母の響きをな。

 街に音楽が溢れると、世界が楽しくなるんだ。不思議だが、本当だ。音楽が止まると、人は哀しみやら恐怖やらを感じるものなんだよ。俺はいつだって、真夜中だって、頭の中ではなにかが鳴っている。無心になることは、恐怖の他ならない。

 と言っても、それは俺の個人的感想だな。一般的には、寝るときくらいは音を消すようだ。起きているときも、無音を追求って輩も大勢いるよ。まぁ、無音っていうのは、音があってこその無音なんだけどな。動があってこその静、それと同じだ。無音の追求っていうのは、いわば自然の音を探求するってことだな。俺はそう捉えているよ。己の鼓動、草木のざわめき、空気の流れを感じれば、それが音楽なんだ。そんな自然の音を探し、楽しむのが無ってことだな。

 まぁ、俺は正直、無なんてものはわざわざ探求するもんじゃないと考えているよ。だってそうだろ? 無っていうのは、音と同様に、自然な存在なんだよ。名前は忘れたが、おかしな作曲家でさ、四・二一なんていう曲を発表した奴がいる。四分二十一秒間、なにもしないってだけだ。音源では無音を流す。ライヴではなにもせずにその場でそのときの気分で突っ立っていたり座ったり、思いのままの四分二十一秒間をやり過ごす。奴が言うには、無音の間に起こるざわめきや空気の流れ、漏れて聞こえる街の騒音を楽しんで欲しいっていうのが狙いだそうだ。まぁ、気持ちはわかるが、俺としてはありきたりすぎてつまらないな。俺たちの曲にも、数秒間のブレイクは存在する。ライヴでも、静けさを作り出す工夫はしているんだ。開場時にはガンガンに俺たちのジャムセッションを流し、観客がいっぱいになり、期待が高まった頃に音を止めるんだ。空調さえ止めてしまう。時間はそのときによって違う。俺たちのライヴは、そんな無から始まるんだ。そして最後も、音は全て消してしまう。観客の足音や話し声だけが会場に響くんだ。それもまた、音楽だって思わないか? 最近では余計なビージーエムを流す奴もいるが、俺には邪魔で仕方がない。あれをしてしまうと、楽しかったひとときに浸りきれないんだよな。まぁ、クールダウンするにはもってこいだが、それをしたくないって思わないのかね? 俺はライヴ終了後、その興奮のままに新しい曲を作ったり、妻や仲間と楽しんだりするのが好きなんだけどな。いまだにね。

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